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小説

オレンジ色がなくたって

作者: ちりあくた

 大雪が街の景色を白一色に染めている。

 こたつの温もりにくるまりながら外の様子を見つめていると、ふとおぼろげに、小学生の頃の記憶が浮かび上がった。


「メリークリスマス!」


 常夜灯の下、父が陽気な声を上げながらケーキを運んでくる。

 赤い帽子をかぶった姿は本家のサンタクロースそっくりだ。

 私はきゃあきゃあと声を上げて、母は家族を盛り上げようとわいわいと騒ぎ立てて、姉はぷいと横を向いて悪態をついて、とにかく我が家は喧噪に彩られていた。

 食卓には父がいて、母がいて、姉がいて、そして私がいた。


 あの日の天気も、今みたいな雪だった。でも、記憶の色はしんとした白だったり、常緑樹の重苦しい暗緑なんかじゃなくて、暖色光に照らされたクリスマスケーキの淡いオレンジ色だった。


 あんな日はもう訪れないかもしれない。

 両親は離婚して、私は母へ、姉は父へと着いていった。風の噂では姉はもう家を出て、知らない誰かと結婚したのだという。きっと今夜はその彼とケーキを囲むのだろう。私が、父が、母が、そんな幸福な瞬間を再び手に入れられるのはいつになるだろう。


 SNSで「くりぼっち」なるワードを目にした。仲間内でそんな言葉を使ってつつき合えるなら、まだ孤独なんかじゃない。つまらない意地で上京してきた私には、大学での友人もおろか、SNS上で繋がれる人間すらいない。

 当時印象に残ったケーキの色は再現できる。でも、私の心にあの橙色は灯らないだろう。得られるのはきっと、色のない虚しさと、木枯らしのように冷たい自己嫌悪だけだ。

 感情がマイナスへと傾いていく。気分を無理矢理切り替えようとして、私はテレビの電源を点けた。


 それはありふれた音楽番組の特番だった。ちょうど司会者が次に歌う人たちの名前を呼ぶところで、結構有名なバンドだったのもあって、私はぼうっと光る画面を眺めていた。

 バラード調の曲だった。ボーカルの繊細なメロディーとピアノの和音から始まって、曲は次第に盛り上がっていった。サビでは静かに叫ぶような歌声と、ピアノとリズム隊の小気味よいビートが絡み合って、雪の日にはちょうどよい柔らかな、それでいて弾むような、癖になる旋律が奏でられていた。

 二番に突入したところで、私は曲に合わせて指をとんとんと上下させながら、画面右上にあった簡単な曲の説明を見た。どうやら大人気ドラマの主題歌だったらしい。この曲が付いてるなら人気も伸びるだろうな、と呑気に思う。


 そういえば。

 家族でクリスマスを祝ったときも、なんかの歌を聴いた気がする。


 それは両親が流したのか、テレビに映る音楽番組だったか、それとも私の勝手な思い込みか、そこまで覚えていないほどの曖昧な記憶だった。でも、「あのクリスマスに歌があった」という認識は心の内に深々と根付いていた。

 なんの歌だったろう。あの当時の流行り? それとも両親の趣味か、私が子供向けの番組で気に入ってたやつか……。


 首をかしげてみても、無理に「うーん」と唸ってみても、相変わらず「あの歌」は霧の向こうから出てこなかった。ぼやけた認識をいじくり回しているうちに、私は一つの結論に至った。


 ……なんでもいっか。


 気付けば、テレビから流れる歌は二番のサビに突入せんとしていた。

 歌詞が画面下に映し出される。私はなんとなく、一番のメロディーの記憶をたぐり寄せながら、ぽつりと口ずさみ始めた。

 上手いボーカルと重ねて歌うと、なんだか私まで上達したようでいい気になってくる。そういえば、あの日の姉の歌声も良かったな。仏頂面でいる彼女を母がおだてて、そのうち姉も気分が乗ってきて、歌い出して……そうだ、私は彼女に合わせて歌うのが楽しくって、楽しくって。


 今と昔が混ざったような不思議な気分だった。目の前にケーキはないし、暖かな光もないし、あの日の歌だってない。

 でもいつの間に、愉快に感じていた。淡々と降っていた外の雪も踊っているように思えた。部屋に漂っていた閉塞感も次第に薄れていく。目の前には流行りの歌があって、不安な未来も、懐かしむばかりだった過去も、一緒くたにまとまって、私は今を楽しめていた。


 そのうち、歌は終わりを迎えた。私は後に続くアイドルたちをなんとなしに見つめていたけれど、もうさっきの楽しさは姿を見せなかった。

 プツンとテレビの電源を落とす。所詮、歌はただの歌だったみたいで、「あの頃は良かった」的な後ろ向きな思いは消えておらず、六畳半の時間は再び錆び付き始めた。


 でも、私は残念に思わなかった。数年ぶりに外向きな思考を、未来を向いた考えを心に浮かべたんだ。母や父に会いたいとか、姉と連絡を取ってみたいとか、彼女の結婚相手にも少し興味を持ったりとか。


 こんなクリスマスだっていいもんだな。

 そう思えたのは、本当に久しぶりのことだった。


 きっと私は、平凡な今日のことを思い出すだろう。

 オレンジ色がなくたって。

 ひんやりとした雪色のクリスマスも、悪くはないんだって。

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