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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第一章 学校編
9/17

1-9

「…エリーなら…」

「ん?」

「エリー、一緒にいる人なる。イングレイ語ダイジョブ。貴族の作法できる。話面白い。ノープロブレム」

 突然の「一緒にいる」発言に、エリザベスは頭が追い付かなかった。ついさっきまでブリジットに告白して玉砕した話をしていたのに。


「…それ、 …まさか、プロポーズじゃないですよね?」

「ん?」

 笑顔でごまかそうとしても、ごまかされるものではない。

「何か急いで見繕ってます? 誰でもいいんですか?? 本命にフラれたから、とりあえず近くにいる女でごまかそうとか考えてる? 最低。そんなんだからフラれるんですよ。私だってお断りです」

 いつも愛想よく笑っているフロランが険しい顔になった。

「エリー、ワタシの本当知ったら断れないよ。私望めばエリー側妃ね」

 突然手首をつかまれ、驚いたエリザベスはとっさに自分の手首をひねってフロランの手を振り切り、距離を取った。

「なるほど、武術、知ってる。ますますいい」

 机を挟んで反対側に逃げたがドアはフロランのいる側だ。もめごとは起こしたくないが、自分を守るためなら躊躇はない。


 フロランはエリザベスの牽制の蹴りをたやすくよけた。足をつかまれそうになりぎりぎりでよけ、続く後ろ蹴りも軽すぎたが、フロランがよけたすきに椅子を蹴飛ばした。

 さらりとよけて笑っているフロラン。フロランも武術の訓練を受けているようだ。逃げきれないと思ったエリザベスは拳を振り上げ、殴ると思わせておいて掴ませた右の拳をそのままに、わきの下に入り込んでフロランの腕を後ろにひねりあげ、その場に倒して抑え込んだ。

”いたたたたた! ギブ! ギブアップ! エリー!”

 エリザベスはひねりあげた腕を緩めるどころか、一切容赦なく更に締め付けた。

“ワルカッタ エリー!”

“ユルサン!“

“ハナス ホントノコト イウカラ! ユルシテー!”

 イングレイ語の悲鳴にイングレイ語で返すエリザベス。学習効果はバッチリだった。


 騒ぎを聞きつけ、ドアが開いて学生が二人入ってきた。フロランを締め付けるエリザベスを見て慌てて二人を引き離し、エリザベスを羽交い絞めにした。足を踏んで逃れようとしたが、鍛え上げた男は向こう脛を蹴ってもうめき声だけで耐え、エリザベスを締め付ける手は緩まなかった。学生服を着ているが、フロランの護衛に違いない。


「離して。ワタシ、悪いこと試した。エリー悪くない」

 フロランの言葉ですぐにエリザベスは開放されたが、友達だと思っていた人に襲われそうになったことが腹立たしくて仕方なかった。護衛に簡単に捕まり、逃れられなかったのも悔しくてたまらない。


「いやあ、エリー、強いね」

 痛む肩をさすりながらいつもと変わらずにこやかに応対するフロランに対し、エリザベスは警戒モードのままだった。


「フロランって名前も偽名でしょうか」

 エリザベスの声は低く、フロランを見る目は殺気立っていた。

「側妃? ああ、あなたはどこぞの王子様ですか。留学は女あさり? 楽しいですか? 身分を隠して楽しく暮らして、困ったら身分に頼って脅せばいいんですからね。不敬を働いた私を捕らえますか? 死刑にでもしますか?」

「エリー、そんなことしないよ。ワタシたち、友達」

「友達? 友達だと思ってた人に急に襲われそうになって、私が恐くなかったとでも?」

「…」


 いつまで経っても本題に入らないフロランにしびれを切らせ、エリザベスは部屋を出ていこうとした。

 もうフロランが何者でも、事情があろうとどうでもいいや。チューターもこれっきり断ろう。

 ほんとに、今年のエリザベスの男運は最悪だと確信した。

 男なんてろくでもない奴ばっかり。


「待って、エリー」

“アンタハ トモダチヤ ナイケン”

 呼び止められたエリザベスは、振り返るなりイングレイ語でまくし立てた。

“ワタシハ ソクヒニナンカ ナランケン。 アンタミタイナンノ ニバンモ サンバンモ、 イチバンデモ オトコワリヨ。 ブリジットサマモ ヨーフッテクレタワ。 アンタミタイナ クソオトコ、 コノクニカラ オランナッタラ エエンヨ。 ハヨ クニニオカエリ!”

 (エリザベス、心の訳:私は側妃になどなりません。あなたのようなかたの二番手も、三番手も、一番でもお断りです。ブリジット様もよく振ってくださいました。あなたみたいなくそ男はこの国からいなくなればいいのです。早く国に帰ってしまいなさい)


 腹立ちまぎれに言ったその言葉は、はじめその場に沈黙を呼び、フロランがこらえきれずにプッと噴き出したのをきっかけに護衛も笑い声を漏らし、殺気立っていたその場が一瞬にして緊張が解けた。



 何かやらかしてしまったらしい。エリザベスは真っ赤になった。やらかしたのが文法か、単語の間違いか、もしや間違えて卑猥な言葉でも言ってしまったんだろうか。なんにしろ、とにかく逃げるしかない。

 しかしフロランは見逃すことなくエリザベスの肩越しに手を伸ばし、ドアを押さえると、ドアとフロランの間に挟まれたエリザベスの耳元に顔を寄せてささやいた。

「その通り、ワタシ、くそ男…。…ごめんね、エリー」

 故意かわざとか、耳元で話すフロランの唇が耳たぶに当たり、エリザベスは鳥肌を立てて

「どわあああああっ!」

とかわいげのない悲鳴を上げ、ドアではない方向に逃げてしゃがみこみ、フロランを睨みつけながらブルブル震えていた

 それを見たフロランは少し驚きながらも、威嚇する野良猫を見守る猫好きのように優しい目で見守り、深追いはしなかった。


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