6-19
フロランはエリザベスと旅をしているうちに、この国はもう知らない国ではなくなっていた。
旅から帰ってきたフロランは、エルヒュームの現状と見えてきた課題について考えていた。帝国との問題だけではない。平和であっても国にはいろいろな課題がある。鉱夫の雇用、鉱山周辺の街の活性化、酒や果実、作物の流通、治安や識字問題…。国を治めるのは簡単なことではないが、少しでも役に立てることがあるなら…。
”うちの領くらい小さかったら、みんなとすぐ仲良になれるし、やりよいんやけどね”
エリザベスはフロランがエルヒュームの広さに圧倒されているのではないかと思ったのだが、
”帝国に比べれば、よくまとまっているよ”
より広い世界を知る者にとっては、エルヒュームでもお手頃サイズらしい。
フロランはすでに答えが出ているようだ。しかしエリザベスは先んじて問いかけることなく、フロランが言葉にするのを待っていた。
旅から戻って二日後、フロランは叔父の養子になり、この国に住むことを決意した。
しかし大公を継承するのはまだ保留にし、現大公に自分の仕事ぶりを判断して決めてもらうことにした。そのための期間を三年と定め、フロランはヴィクトルからエルヒュームの統治を学ぶことにした。
それを機に、二人は住む所をホテルから大公の館に移した。
そこには大公はもちろん、エリザベスの祖母フィオレも待ちかねていて、二人をいろいろな意味で歓迎してくれた。三年など待たずとも、二人にとってフロランは将来大公を継ぐことは確定事項だ。むしろ課題多き大公夫人を、その良さを潰さないようにしつつ一流の貴婦人に仕上げなければいけない。こちらは三年で何とかなるのか、それさえも未知数だ。
フィオレは自分史上最難の課題を喜んで引き受けた。
”絶対太ったらいかんよ”
と厳命されていたにもかかわらず、エリザベスは旅でおいしいものをたらふく食べたが、その分よく動いていたおかげで何とかドレスが入る体型を維持できていて、祖母の怒りを買わずに済んだ。
Aラインのドレスは装飾は少なく、ビスチェスタイルで胸元が広く開いていたが、その上にスタンドカラーのレースのボレロを重ねることで胸元を隠している。おかげでエリザベスは恥ずかしがることなく着ることができた。
エリザベスは秘かにベルトでダガーを太ももにつけた。フロランからもらったダガーは辺境騎士団時代も旅の間もずっと身に着けていて、晴れの日も共にありたかった。
フロランの母が持っていた大公家に伝わる宝飾品は離宮の隠し部屋に保管されていた。盗賊達に見つからず、離宮の火災を逃れたそれらはフロランの手で大公家に戻されていた。それが今エリザベスの耳元や頭の上を飾っている。ボレロの下にはフロランにもらった青いネックレスをこっそりとつけていて、角度によってレースの隙間から青い光を放っていた。
離宮には皇帝が母に送った宝石類もあったが、隠し部屋にはおかず、宝石箱に入れられ、簡易な鍵をかけてクローゼットに置かれていた。母がいた頃からそうやって置かれていたが、一部は留学の際に売り払い、残っていたものは囮としての役割を果たし、主人のいない間に心ない使用人や盗賊に持ち逃げされた。雑な扱いで引きちぎられ床に散らばった破片は火災で炭の中に消え、何も残らなかった。フロランの母が最後まで皇帝の身勝手な執着を受け入れることはなかったが、その思いを現しているかのようだった。
二人の披露宴は、ピエタの街を大いに賑わわせた。
まずヴィクトルが大公になったことが正式に国民に伝えられた。
そして現大公ヴィクトル・バルリエが直々に新たに養子にしたフロラン・バルリエと、今話題沸騰のルージニア王国のシーモア家の令嬢にしてエルヒュームの名家ユベール家出身の母を持つエリザベス・シーモア・バルリエ、二人を紹介した。
フロランのお披露目は大公国民にとって予想外の驚きだった。フロランはヴィクトルとも似ていて、親世代にとって先の大公セラフィーヌの面影もある。セラフィーヌの夫セルジュを思い浮かべる者もいた。フロランが何者なのか、口にはしなくとも想像がつく者は少なくなかった。
今は後継者を名乗らなかったが、将来この国を担うであろうことは間違いなく、帝国の傘下にあったこの国の独立の象徴であり、人々は結婚の祝賀と重ねて大公国の繁栄を祈った。
エリザベスはこの披露宴で初めて母方の親類に会った。
母には兄と姉がいて、披露宴当日はゆっくり話をすることはできなかったが、翌日祖母を交えて母の話を聞くことができた。
エリザベスの母クリスティアーヌはずいぶんお転婆で、エルヒュームでは有名な剣の使い手に師事し、弟子の中では三番手の実力者だった。母と同世代で母より強い人はおらず、将来は大公の護衛になると意気込んでいた。それなのに突如ルージニアに留学すると言い出し、反対を押し切って旅立った。そこで知り合ったエリザベスの父、レナード・シーモアと結婚し、二度とこの地に戻ることはなかった。
母が姉に送った最後の手紙を見せてもらった。エリザベスが生まれる直前に書かれたもので、祖母もこの手紙を見たのは初めてだった。これ以降ルージニアから手紙が届くことはなく、すべては帝国の侵略のせいだと思われていた。
みんな変わりないだろうか。
五人目の子供を授かった。男の子ばかり四人続いたので、今度こそ女の子であることを毎日祈ってはいるが、無事生まれてきてくれるなら男の子だって構わない。
女の子ならかわいいだけじゃなく、強い子に育てたい。きっとこの子の兄達が鍛えてくれるだろう。
こちらは帝国が隣国フォスタリアまで迫ってきている。戦に家族を取られるのが怖い。早く落ち着いてほしい。
戦が終われば夫と子供達を連れて遊びに行きたいと思っている。私のかけがえのない宝物を紹介したい。夫は領主だから長期に領を空けるべきではないのだが、置いて行くときっと泣いてしまうので連れて行くことになるだろう。どうかいじめないでほしい。
ルージニアでの生活は楽しく満ち足りているが、海がないのが難点だ。気がつけば西を見て、太陽の沈む先に海がないのが寂しく思う。勝手に国を離れたくせにと母には言われそうだが、あの海をもう一度見たい。
海を見に帰るから。また会おう。おいしい魚の用意を頼む。
ルージニアに留学し、そのままその地で嫁いだ母は、離れてなお海を見たいと望んでいた。その海は今、エリザベスのすぐ近くにある。
エリザベスも、そしてフロランもいつか海を恋しく思うようになるのだろうか。そう思えるようになった時、エルヒュームは二人の祖国になっているのだろう。
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字ラ出現ご連絡ありがとうございます。
またしばらくの間予告なくあちこち修正してます。
なにとぞご容赦のほど…。
大事な追記 :
活動報告でも書かせていただきましたが、私の唯一の書籍化作品「警告の侍女」がこのたびコミカライズされます。
サザメ漬け様作画 アリアンローズコミック
1月30日より公開
ピッコマ先行公開になります。
私自身コミカライズが好きで、なろうはコミカライズ原作を追いかける所からはじまっており、非常に光栄に思っています。
是非ご一読いただけましたら。




