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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第六章 エルヒューム編
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6-18

 フィオレの披露宴一週間計画を頓挫させるため、翌日から新婚旅行に出かけることにした。有無を言わさぬための作戦だ。


 準備をしていたら突如見知らぬ女性がホテルの部屋を尋ねてきた。

 フロランが応対し、なにやら二言三言言葉を交わした後部屋に招き入れた。一礼した女性が手招きすると、外で待っていた女性達が大きな鞄を手に入ってきて、エリザベスを奥の部屋に連れて行った。総勢六名、広げた鞄の中には布地やレース、リボンの見本、靴のサンプル、デザイン画などが入っていた。どうやら仕立て屋ご一行のようだ。その鞄の中からメジャーを取り出すと突然エリザベスの採寸が始まった。

”これから仕立てるん?”

”はい、お時間に余裕ができたようですので、張り切って作らせていただきます!”

 どうやらフィオレは延長一か月を受け入れたようだ。


 続いて大公家の姉妹ミレーヌとクロディット、それにフィオレがやってきた。いろいろなデザイン画を見比べながらレース使いがどうだ、裾のラインがああだ、ヴェールがこうだ、と次々と意見を出し、最初に訪れた女性がメモを取りながらデザイン画を数枚選び出し、比較しながらデザインを検討していった。

 エリザベスの意見も聞かれたが、

”そんなにひらひら広がらんでも…、大きなリボンなんて似合わんし…”

 華やかな衣装を作りたい面々はエリザベスの消極的な答えに業を煮やし、

”こっちで決めるけん、まかしとき”

と主導権は奪われた。


 エリザベスに代わり途中からフロランがドレスのデザイン選びに参加した。頭の周囲から足の裏まで測られてうんざりしているエリザベスに

”エリーは襟なしかスタンドカラーだったら、スタンドカラーかな?”

と話しかけると、

”うん、隊服みたいでかっこええよね”

 フロランは笑って聞いていたが、周囲は残念そうな目でエリザベスを見ている。しかしフロランがペンを借りてデザイン画に書き足すと、皆納得の笑顔を見せた。

”さすがフロレンシオ様、とても品のある仕上がりになるかと存じます”

 フィオレは笑顔でフロランをべた褒めした後、採寸だけでギブアップ気味なエリザベスに向き直り、

”この程度で音ぇ上げてどうするん。フロレンシオ様が大公になったら、あんたは大公妃やけんね。誰にも文句言わせんくらいみっちり鍛えてあげるけん、楽しみにしとき”

 そう言って世にも恐ろしい笑顔を見せた。


「ふ、フロラン、無理して、大公にならなくても、いいから、ね??」

 エリザベスの言葉にぎろりと睨んだフィオレは、多少なりともルージニア語がわかるようだ。

”ゆっくり考えるよ。ゆっくりね”


 フロランは妻に、親類に、かつての教育係に囲まれてこんな時間を過ごせている今が夢のように思えた。エリザベスに導かれる世界はいつでもきらきらと明るい光が降り注ぎ、フロランに希望を与えてくれる。

 それはフロランがずっとほしかったものだ。




 その翌日から二人はエルヒューム国内を巡る旅に出かけた。大公は専用馬車を用意すると言ったが、人々の普段の生活を見たいからとエリザベスが断った。それならせめて護衛をと言われたが、大公家の護衛と勝負し、持っている剣は伊達ではないことを証明して二人だけの身軽な旅を認めてもらった。


 まずは北から。あの船酔いした船に再チャレンジし、波が穏やかで前回ほどは酔わなかったが、陸が恋しくなったのは以前と同じだ。


 エリザベスは二周目の旅だったが、改めて行ってみると見逃していた場所や、その季節にしか見られない風景や変わった行事、季節限定のごちそうもあった。

 乗合馬車で南下しながら街を廻り、途中放牧地を横切り、牛の列に馬車の行く手を阻まれたが、牛追いの少年はまるでやる気がなかった。立ち寄った牧場で口にした牛乳もチーズもおいしかったので怒りは帳消しになった。ご当地のお酒もチェックし、気に入った銘柄はメモしておいた。


 一人で廻った土地を二人で廻り、空想の中にいた話し相手は空想以上に驚き、喜び、時には想像と違う言葉が返ってきた。食べ歩きする時も別々のものを頼んで食べ比べをし、一人では気付かなかった景色に声をかけてもらった。二人で旅する楽しさを感じながらも隣にいるのに時々不安になって、フロランの袖をつかむと、優しく撫でられ、手をつなぎ、時に抱きしめられ、ちゃんとここにいると教えてくれる。夢なら覚めなければいい。その言葉を心の中で繰り返しながら眠りにつき、目覚めれば朝一番に顔を合わせるのはいつもフロランだ。

 平気になったかと思えばまた不安が押し寄せてくる。波のように何度も何度も繰り返しながら、やがてこの不安は収まっていくのだろうか。エリザベスは心の中で、いつもフロランが言うように「ダイジョブ」と唱えてみた。


 フロランの希望で銅の鉱山にも行った。帝国の有償発掘への移行がまだ手続き中で、採掘は止まり、鉱夫達は賃金が払われるか不安な様子だった。鉱夫達は過酷な仕事をしながらあまり豊かな暮らしをしているようには見えなかった。帝国が支払いを拒否すればエルヒュームで鉱夫を雇うことは決まっていた。職を失うことはないと伝えると鉱夫やその家族たちは安堵の表情を見せた。



 やがて馬車は元来たピネタに到着した。戻れば披露宴の準備の確認やら、仮縫いしたドレスの試着やら言われるままにがっつりこなした。道中で味わった酒や食べ物の情報を伝え、途中で耳にした盗賊の噂話も情報共有して、五日後、次は南へ。



 平野を抜け、海岸沿いの崖の一本道は波は穏やかだったが、隣の客の帽子が飛ばされ、覘きこめば小さく泡立つ波が岩をたたきつけ、帽子が吸い込まれるように落ちていった。相変わらずスリリングだ。

 前回川下りをしていた時に見えた大公家の別荘にも立ち寄った。大公家が使う機会は多くなく、希望すれば街の人も利用することができ、時にパーティ会場や来客のゲストハウスとして使われることがあるそうだ。尋ねた日はたまたま管理人が不在で中に入ることはできなかったが、美しく手入れされた庭を見せてもらうことができた。


 漁村のおじいさんにも再会し、連れて来た夫に驚かれながらも北部で仕入れたお酒を差し入れすると大いに喜ばれ、今回もおじいさんのところで一泊した。その日釣れた魚で作ってくれた料理は煮ても焼いても生でもおいしかった。


 前回は折り返したその先にも行ってみた。エルヒューム駅馬車の最南端の駅に着き、何か目的があったわけではないが、達成感はあった。滅多に来ない客を村の人は歓迎してくれた。村の子供が食べたことのない果実をくれたが、数えられる数は十まで、足し算も難しいようだ。文字を読めるのは村長とその家族だけだった。この果実を街に出せば収益につながりそうだが、村人がそれを望んでいるかはわからない。



 帰りは元来た道をたどり、再びピネタに戻った。その日はあの海の見える宿に泊まった。

 エリザベスが夫としてフロランを正式に紹介すると、宿のおかみさんも旦那さんも自分の子供のように喜び、祝ってくれた。


 食堂を使う常連客が

”前に一緒にご飯食べとった人より、この人の方が似合てるわ”

と言うと、フロランが恐い顔になってしまったので、新聞記者のディルクのことを話した。セリオンから追いかけてきたと聞いてさらに不機嫌さを増したが、ディルクの提案で掲載された「ブリジット・レポート」の愛読者でもあるフロランは、渋々ながらも納得してくれた。

 エリザベスに限って男っ気はないと油断していたのかもしれないが、ちゃんと嫉妬されて嬉しくなったのは秘密だ。


 海で見る夜空は星で満ち、ザザザと寄せる波の音を聞いているうちに星が降ってきそうな気がした。

 大公にならないならこの国を出ることになるだろう。大公になればこんなラフな格好で周遊することはできなくなる。それでも

「またこんな風に旅をしたいね」

と言ったエリザベスに、フロランは

「うん、行く時、これからも一緒ね」

と答えた。

 その夜は遠くに波の音を聞きながら、フロランの胸に抱かれて眠りについた。




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