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今週のイングレイ語の課題は、ウィスティアのデートスポットだった。
ウィスティアのメインストリートの地図を描き、お店の場所、名前、何を売ってるか、店のおすすめなどを説明しながら書き込んでいった。エリザベス以上にフロランの方が詳しく、おしゃれなカフェ、軽食の店、お菓子屋さん、アクセサリショップ、花屋、などなど、デートにおさえておくべき店をよく知っている。
レッスンが終われば、実用的なデートおすすめ地図が出来上がっていた。飲食店はおすすめメニューまで載っていて、屋台の情報まである。
「これ、もらってもいい?」
エリザベスが聞くと、フロランは冷やかすように笑った。
「いいけど、デートに使う?」
「うーん、デートじゃなくていいんだけど。私の方がウィスティアにいるの長いのに、全然遊びに行ってないなあと思って…」
何度も通ったことはあるけれど、ほとんどの店は素通りしている。ちょっと興味をひかれた店もあるにはあったが、お菓子屋さん二件を除けば立ち寄ったこともなかった。
そういえば、あの服を買いに行った時にフロランを見かけたことを思い出し、地図を指さして
「そういえば、この前、フロランここでデートしてましたよね?」
と聞いてみると、
「そのあたり、よく行くよ。女の子好きなお店、多いね」
とけろっと答えた。フロランにとっては日常のことらしい。故にエリザベスにも
「一緒に行く?」
と軽く聞いてきた。
フロランはチューターにして友人だ。しかし二人で行くとあらぬ誤解を受けるかもしれない。こうしてイングレイ語のマンツーマン授業を受けているのだって勘繰る人がいる。しばらくの間は見合い継続中アピールをすることになっているのに、誤解を受ける行動は禁止だ。約束を破ったからと新しい見合い相手を持ってこられても困る。
「あー、今、お見合い中なのでやめときます」
エリザベスの断り文句に、フロランはちょっと驚いた顔をしていた。
「おみあい…?」
もしかして、「お見合い」という単語を知らない…?
「えーっと、結婚するかもしれない人に会って、どんな人か探ってるところ? かな?」
「……」
やはり知らない単語だったらしい。
「相手、いい人?」
何気に聞かれて、危うく正直に答えそうになり、
「え、ええ、まあ、……ふつう?」
ごまかしたら中途半端な返事になった。それを聞いて何か察したらしく、
「ふうん?」
と目を細めたが、お出かけの話は無理強いされなかった。
それから数回後の勉強会で、その日は溜め息ばかりをつくフロランに、
“ドシタン?”
とエリザベスがイングレイ語で問いかけると、ルージニア語で
「ダメかも…」
と返ってきた。
「エリーとワタシ、仲良しですと噂になっていて、ワタシ、ブリジット嬢にたくさん女の子だます悪い男と思われている」
どうやら勇気を出してブリジットに話しかけたようだが、その誤解はエリザベスにとってもあまり良くない展開だ。
「うーん、私のことは誤解だとしても、他の女の子については自業自得ってやつでは…。フロランは“オンナノコ シンセツスル ハ アタリマエ”って言うけど、女の子なら自分だけを大事にしてほしい、自分が特別でありたいと思うものじゃないですか?」
エリザベスの言葉にフロランはシュンと落ち込んだ。
「もしかして、とうとう告白、しちゃったり、した?」
と聞いてみると、こくりと頷いたが、頷いたまま俯き、顔が戻って来ない。
「わぁ…。婚約者いる相手に告白しちゃったんだ。ブリジット様みたいなご令嬢は、家で決められた婚約者を裏切るようなことはしませんよ。普段あれだけ目を逸らせておいて? いきなり告白?」
恋愛に疎いと思っていたエリザベスからのダメ出しに、いつもはエリザベスをからかっているフロランがしょげかえってる。
「二人きり、チャンス、話しかけた…」
「何て言ったんですか?」
「ワタシ、ずっとあなたといたい」
友達になって、でも、付き合ってください、でもなく? ラブレターの練習しながら「愛の言葉には余韻を含ませろ」と言っていたのは誰だ?
女慣れしているはずの遊び人が、本命になるとうまくいかない典型例だ。
「ブリジット様ならこうおっしゃったのでは? 『婚約者がいるわたくしにそのようなことをおっしゃるなんて。そんな尻軽な女だと思われていたとしたら侮辱ですわ!』」
エリザベスのブリジットのものまねはこんな時なのに似ていて、それが余計フロランの心をえぐった。
「…『尻軽』言わなかった。令嬢『尻』言わない」
ものまねが場をより暗くし、エリザベスはしくじったと頭を掻いた。




