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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第六章 エルヒューム編
79/81

6-17

 フロランが待つと約束した三日目の朝、大公ヴィクトルから訪問の先触れを受けた。

 さすがに現在平民の二人の元に大公直々にお越しいただくのは申し訳なく、使者に二人が大公家に伺うと返信を渡したのだが、その返信の返信より早く直接ヴィクトルがやってきた。なかなかにフットワークの軽い人だ。

 エリザベスはまた何か言われるのではないかと思うと胃のあたりがずんと重く感じたが、敵に背を見せるのはシーモア家では恥。ぐっと奥歯をかみしめて平気なふりをしたものの、顔は完全に引きつっていた。それはヴィクトルから見ても同情を誘うほどだった。


”そんなに警戒せんでもええ。…まずは、二人の結婚を祝わせてもらいたい。…おめでとう”

 すんなりと祝いの言葉を告げられたが、エリザベスは”しかし”と続くだろう次の言葉に警戒していて、

”ありがとうございます”

と笑顔で応対したフロランに出遅れ、慌てて小さく礼をした。

”もう娘との結婚は考えとらん。…娘にも怒られた。…あれはなしじゃ”

”それはよかった。お互いメリットはありませんからね”


 第一関門突破。しかし人生には常に罠がある。エリザベスはすっかり疑心暗鬼になり、フロランに任せながらも警戒を怠らず、爆弾を投げられても投げ返してやる意気込みでいた。


”二人は、…これからどうやって暮らすつもりなんぞ?”

”そうですね…。独立を支援した国から声がかかっています。帝国から独立したい国からも知恵を貸してほしいと言われていますが、帝国を離れた私にできることはそう多くないので、そちらは断るつもりですが…”

 エリザベスには初耳だったが、そういう申し出はあってもおかしくない。エリザベスはルージニアに戻ることも一案として考えてはいたが、すぐに掌を返すルージニア王や面倒な貴族達を気にしながら生きていくよりはずっと前向きだと思えた。


”今更じゃが、…大公になる気はないか?”

”私にはその資格はありません”

 きっぱりと答えたフロランに、ヴィクトルは落胆を隠さなかった。

”…ですが、この国のことは心配しています。海運権を取り戻し、銅山発掘を有料に切り替える手続きは終えていますが、今後減収が数字になって現れた時、帝国がどう絡んでくるかが読めません。再び属国にしようと何かしかけてくるかもしれない。さすがに元首を誘拐することはないでしょうが…”

 フロランの心配はヴィクトルの持つ不安と同じだった。母が身をもって守ってきた国だ。自らの手で帝国から切り離したばかりのこの国の行く末が気にならない訳がない。


”私は皇子とは名ばかりで、離宮の片隅で小さくなって生きていくしかなかった。宰相補佐を務めても隠れて密かに事を進めはしましたが、面と向かって皇帝に逆らうことはできませんでした。そんな私にこの国を守れるだけの力はありません。そもそもご令嬢との結婚もなくなった今となっては、大公の影となって働く道もなくなったのでは?”

”それなんじゃが…”

 ヴィクトルは何度か言い淀みながらも、意を決してフロランに告げた。

”おまえ、私の養子にならんか?”


 エリザベスは首を傾げた。他国では養子縁組での爵位の継承は珍しくないが、大公家は直系実子が継ぐと言っていたはずだ。継承に関わる法典を書き直したのだろうか。

”大公家には、配偶者を大公にしたらいかんきまりがあるのは確かじゃ。入り婿やろが養子に入ろうが実子と結婚したら大公を継ぐのは実子の方じゃ。実子が死んでも配偶者は継ぐことはできん。過去に諍いがあって、姻戚に権力を持たせんためにできた決まりごとよ。ほやけど養子をとれんわけやなかった。五代前のご先祖は子供に恵まれず、遠縁から養子をとり大公を継がせとった。実子と結婚せんかったら養子でも大公になれる。これが正解よ。…おまえさんらが心配しとったように、何が何でも実子を生むために妾をようけこさえるようなことはせんでもええっちゅうことや”


 このパターン、つい最近似たような話があった。それもかなりビックな家(皇家)でだ。

 順調に継承が進んでいる家ほど相続の決まりは口承で伝わっていくことが多いようだが、大公家では実子との婚姻で継承に制限はあっても、養子による継承は可能だったのだ。


”娘と結婚させるんやなくて、フロランを直接養子にしたらフロランを大公にしたい閣下の要望は満たせるし、フロランの婿入りしとない希望も満たせるってことやろか…”

 エリザベスは自分の理解があっているか、確認のために聞いてみたが、

”エリー、僕の希望は婿入り反対じゃなくて、エリーと結婚することだよ”

 フロランが、「そこ、テストに出るから」とでも言いたげに修正を入れてきた。

 婿入りを反対しているのではない、エリザベスと結婚することがフロランの希望。あえて修正を入れてまではっきりとそう言ってくれたフロランの言葉を反芻し、嬉しくてニヤつきそうになったが、ここはあえてこらえた。

”そしたら、大公閣下が私に文句つけんかったら、後はフロランが大公なるかどうか決めたらええ、言うことやね”


 エリザベスの言葉にフロランは目を見開き、ヴィクトルの眉間のしわがほどけた。

”…おまえに何も不安がないとはよう言わんが、…おまえらのことはもう反対せんけん、セットで養子に迎えたるわ”

 ヴィクトルはフロランの条件を呑んだ。これで後はフロランの決意次第だ。


 しかし、フロランの心は揺らいでいた。

”私は、…よそ者です。一時は大公だったとはいえ、そのことさえ知らなかった。私の仕事はこの国に大公を返すことで果たされました。私には、…ここは母の国であって、私の国ではない。この国の人だって、突然現れた私のような者に国を任せることを、…受け入れられないのでは…”

”えぇー? 私、王様に国任せてかまんなんて思たことないけど?”

 エリザベスの言葉に、フロランもヴィクトルも驚いた。遠く離れているとはいえ、民の発言としては危険な内容だ。しかしエリザベスは言葉を止めなかった。


”あのルージニアの王をどう思うか言われたら、…あんまり……、うん、…やけど、王様やけん、国治めるのは当たり前、ええも悪いも、私らの意見なんか通らんと思とるけど? みんなほうやない?”

 王政とはそういうものだ。大公国もまた王政に準じた国。大公を決めるのに国民の意思は関係ない。革命でも起こらない限り。


”領でも上に立つ人がええ人やったら幸せやし、一所懸命やってくれたらもっと頑張ろう思える。変なんが上に立ったら、我慢するか出ていくかよ。シーモア領は小さいけど、父も加わってみんな一致団結して助け合うてたよ。国の人に受け入れられるかなんか後からわかるんやない? それよりフロランが自分の国と思えるところ探そや。この国も来たばっかしやし、もうちょっと見てみたらよ?”


 帝国の皇子フロレンシオとしての自分がいなくなり、フロランには今、自分の国と言えるところはなかった。それはこれから探さなければいけない。この国はその選択肢の一つになるかもしれない。


”…エリーは、僕が、大公になっても、いいと、思ってる?”

 フロランは、つい数日前にもエリザベスに聞いた同じ質問を繰り返した。

”どっちでもええよ? ならんといてとも言わんし、なってほしいとも言わん。…閣下、いつまでに決めたらええんやろか”


 さっきまで身構え、ヴィクトルを敵を見る目で見ていたエリザベスが目を合わせて問いかけてきた。ヴィクトルは驚くとともに頼もしく思った。あれだけのことをした相手に見せる度量の広さ。フロランに対して真摯で思いやる姿勢。大公になってくれと応援してもらえないのは残念だが、これまでの仕打ちをその程度で済ませてもらえるなら充分だ。


”ほやな。…フィオレが披露宴の準備するゆうとったけん、大公になってもええ言うてもらえるんやったら、そん時に一緒に発表できたらええが…、一週間では短かろうな”

”一週間?!”

 フロランとエリザベスが見事にハモった。返事も、披露宴の準備も一週間では短すぎるだろう。

”フィオレが一週間で準備する言いよったが”

”おばあさまに諦めさせる方法ないやろか…”

 エリザベスの疑問に、フロランは

”諦めさせるのは難しいな。フィオレは昔からやると決めたらやる人だから…”

 それにはヴィクトルも深く頷いていた。この中にフィオレを止めることができる人はいないということだ。


”こっちは返事は急かさんけん。できれば一年以内には決めてほしいとは思とる”

”…いえ、他への返事もあるので、一月以内には結論を出します”

 一月以内というフロランの決意に、エリザベスはひらめいた。

”閣下、私フロランと一緒にこの国回ってくるけん、披露宴一か月後にしてほしいって、おばあさまに伝えてもらえるやろか? 母親の祖国言うてもフロランには知らんことだらけで決めかねるやろけん、新婚旅行兼ねて行ってくる”


 それは名案ではあったが、披露宴を間近に控えた新婦の発言とは思えない。

”主役がおらんでどうするんじゃ。ドレスの採寸もできんやろが”

 娘の結婚で新婦の準備が大変なことはよくわかっているヴィクトルは心配したが、当のエリザベスは全く気にしておらず、

”ドレス? そんなんいらんいらん、みんなで楽しに飲み食いできたらかまんよ。何やったらドレス代、お酒のええのに回してくれたら”

と破天荒な回答をした。

”言うてはみるが、それで済むかのう…”


 エリザベスの普通の令嬢では見られない反応に戸惑う叔父を見て、フロランはついさっきまで敵対モードだった二人が意外と気が合いそうなのに安心し、そのやり取りを楽し気に見つめていた。


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