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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第六章 エルヒューム編
75/81

6-13

 夕食は街の酒場を兼ねた食堂にいき、ビールで乾杯した。おいしいものをほおばり、終始にこにこしているエリザベスに、何度か店でエリザベスを見かけていた店主が

”今日は彼氏連れて来たんか。またえらい男前じゃ”

と声をかけると、更ににんまりと笑顔をほころばせ、

”彼やないけん。夫やけん”

と自慢げに話した。驚く店主にフロランは笑顔で小さく頷いた。


”おっと?? 結婚しとったんか”

 実にタイミングのいい質問だ。エリザベスはすっくと立ちあがり、得意げに左手の甲を突き出して、店主に真新しい指輪を見せつけた。

”今日、結婚したんよー!”

”おおっ、そらめでたいなぁ。おめでとう。よし、祝いじゃあ。”

 店主はスパークリングワインの栓を抜くとグラスに注ぎ、エリザベスとフロランに、そして周囲にいる客にもふるまった。


”かんぱーーい!”

と高々とグラスを掲げ、周りからも

”カンパーイ”

”おめでとう”

と声がかかった。くーーっと一気に流し込む姿に、フロランはこれはまた今夜も寝落ちしてしまうんだろうなぁと覚悟し、おぶって連れて帰る姿を思い浮かべていた。

 しかし、その日エリザベスは寝落ちすることはなく、フロランと腕を組んで鼻歌を歌いながら街を歩き、フロランの滞在先であるホテルに戻った。良くも悪くもエリザベスはいつもフロランの予想を裏切る。


 部屋に戻ると、

「もう一回、見せて」

と、今日手に入れた宣誓書を目の前に広げ、自分の左手の薬指をしげしげと見た。

「夢かな…。目が覚めたら、まだ海の見える宿に一人でいたりして…」

”夢かもしれない”

 そう答え、フロランはエリザベスの隣に座った。

”夢でもいい。今だけの夢でも、こうしてエリーといられるなら。目覚めなければいいんだ”

 見つめ合った二人はどちらからともなく唇を寄せ、互いを引き寄せた。


 初めて触れ合った素肌には傷跡があった。エリザベスには小さな傷やあざがあちこちに、フロランの脇腹には命を落としかけた大きな傷が刻まれていた。

「痛かったよね。…生きていてくれて、よかった」

 エリザベスは指でフロランの傷跡をなぞった。

”くすぐったい”

 その手をつかむと、フロランはエリザベスの手に残る傷跡に口づけ、体に残る傷跡を唇でたどっていった。


 長い距離と時間を乗り越え、ようやく二人は想いを遂げた。




 目覚めてすぐ、間近で眠るフロランが目に入り、エリザベスはほっぺをつつきたくなる気持ちを抑えて寝顔をじっと見ていた。


 二年の期限間近、再会数日で、よもや本当に夫になろうとは。本当に長く待たされたのに、気がつけばあっという間。それに後悔はなく、むしろ不安が消えて心が凪いでいる。

 ただ、結婚しながらまだどこで暮らすことになるのかは決まっていない。普通なら二人で暮らす家を先に決めてから結婚だろう。いかにも自分らしいが、フロランと一緒ならどこでだって何とかなると思えた。


 大公家が面倒なことを言うならルージニアまで戻り、シーモア領で暮らしてもいいと思っている。ルージニアは遠いが、駅馬車を乗り継ぐか、安い荷馬車でも買ってのんびり旅をするのもいいかもしれない。フロランの妻兼護衛兼馭者だってこなせる自信はある。ずっと綴ってきた「ブリジット・レポート」の道をたどり、一緒にやりたかったあれやこれや試してみるのも楽しいだろう。


”おはよ、…エリー”

 目が覚めたフロランはけだるい目でエリザベスを見ていた。その視線がちょっと色っぽい。昨夜を思い出すと少し恥ずかしい気もするが、目の前にいるのは夫。自分の夫だ。


「おはよう。トランクと一緒に木刀持って来てくれてたでしょ? 朝食の前にひと試合する?」

”…うん。…十分…待って…”


 エリザベスはフロランをそのまま寝かしておき、着替えてホテルの中庭で素振りをした。やっぱりそこら辺の木の枝より木刀のほうが振りごたえがいい。朝の鍛錬に力が入る。

 遅れてやってきたフロランと木刀を交え、余裕で勝てると思っていたが意外と互角だったのに驚いた。

”エリーが城の護衛と鍛錬してたって聞いて、僕も相手になってもらってたんだ。腕がなまってなくてよかった”

”私もちゃんと鍛錬しよ…。剣は負けたない…”

“僕の奥さんは頼りになるね”

 こんなことでも負けん気を見せるエリザベスがかわいく見えて、フロランは肩に手をかけ、一緒に朝食をとるため部屋に戻った。




 その日の午後、二人が滞在するホテルにフィオレが尋ねてきた。

”フロレンシオ様、…孫娘と話をさせていただくことはできますでしょうか”

 フィオレの用件はフロランの説得ではなく、孫であるエリザベスとの面会だった。

“けんかしに来たんじゃないよね? エリザベスに聞いてみるけど、嫌がるなら会わせられない。いいと言っても一人じゃなく、私も同席させてもらうよ?”


 エリザベスを守ろうとするフロランの意気込みに、フィオレはフロランの本気を感じた。かつて離宮にいた頃は使用人にさえ気遣いながら大人しく目立たないよう過ごしていたが、あの頃とは違い自分の意思をはっきりと主張し、大切なものを守るために周囲と戦うことも厭わない。それは良い変化だとフィオレは思った。


 エリザベスはあの祖母らしきこわーい人が来たと聞いてにちょっと引きはしたが、わざわざ会いに来てくれたのに追い返すのもためらわれ、とりあえず会うことにした。


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