6-12
部屋を出るとすぐにエリザベスはフロランに話しかけた。
「留学に来てた時、フロランは皇子様で、大公様でもあったんだね」
「エリー、皇子、大公、どっち好き?」
「えー、どっちも好きってわけじゃ…。騎士団長なら憧れるけど」
「キシダンチョー…。ちょっと、それ、なるムリ」
エリザベスに選ばれた職業はハードルが高すぎて、とてもフロランにはなれそうになかった。
「私だってムリだもん。簡単になっちゃったら、決闘申し込むからね」
実力以外でその職を得たら力で奪い取るという宣言だ。本当にやりそうで、フロランは肩をすくめた。
「エリー、もしワタシ大公なる、ダイジョブ?」
フロランにそう聞かれ、全く可能性がないわけでもないことを考慮し、素直に思ったままを答えた。
「別に…。私のことは置いといて、…フロランがやりたいならやってもいいと思うけど、代理は所詮代理、代理でもやりたいくらいの情熱がないのならやめといたほうがいいと思うよ。私、散々人の仕事やらされてきたけど、なーんにも面白くないから。ほんと、勧めないよ」
自分と同じ意見のエリザベスに、フロランは満足そうに頷いた。
「…でも、エルヒューム大公家って、後継は直系実子限定なんだね。ルージニアじゃ実子より男子優先だから、婿養子が爵位継承するのよくあったけど。男女どっちでもいいから続けられたのかなぁ…。てことは、夫人に子供できなかったらやっぱり、…愛人とか、第二夫人とか、…作っちゃうの、かな…。ちょっと、大公、…嫌になってきたかも…」
その言葉を聞き、フロランは笑いながらエリザベスの肩を引き寄せた。
「ダイジョブ。ワタシ、エリーだけね」
二人を見送るために重い腰を上げたヴィクトルは、聞こえてきた二人の会話に引っかかるものを感じた。ルージニア語すべてがきちんと聞き取れたわけではないが、大公家の後継者は直系を優先するが、実子限定だっただろうか。
形だけの見送りを終えた後、ヴィクトルはこれからのことを検討するため執務室に向かった。
フロランは一度ホテルに戻るとラフな格好に着替え、エリザベスと共にピネタの街を散策した。
食事のおいしい店はエリザベスのおすすめのままに、魚介をふんだんに使ったパスタに二人でにんまり笑みを浮かべた。
途中宝飾店に立ち寄り、フロランの勧めで近い将来のために指輪のデザインを見比べ、互いの趣味がずれていないことを確認できた。
”僕のカフス、選んでもらっていい?”
フロランの依頼を受け、フロランに似合いそうなデザインを探し、悩みに悩んでようやく一つみつけた。
”これなんかどう?”
四角くカットされた、深い青色の宝石のついたものを指さすと、
”うん、いいね。ではこれを”
と、あっさりエリザベスが選んだものに決まり、本当にそれでよかったのかエリザベスはちょっと不安に思ったが、フロランが嬉しそうにしていたので大丈夫だと思うことにした。
エリザベスがお金を出したわけではないが、想い人が身に着ける物を選ぶのは楽しく、それを身に着ける所を思い浮かべると、自分もそばにいるようで嬉しくなった。
”これ、試していいかな?”
フロランは小さなネックレスを指さし、店主が頷くと手に取りエリザベスの胸元にかざした。
小指の先くらいの、カフスによく似た青い宝石がついていたが、華美ではなく普段使いできそうなデザインだ。エリザベスの表情からこれでいいと確信したフロランは、背後からエリザベスの首に腕を回し、首の後ろで留め金をつけた。
背後で顔を寄せられ、意識が首に集まってふと触れる指先から熱が伝わり、ドキドキが止まらない。
”うん、似合ってる。店主、これはこのままつけていきたいんだが”
”かしこまりました”
しばらく鏡に映る宝石を見ていたが、遅れてようやく
”あ、…ありがとう”
と礼の言葉を口にしたエリザベスに、フロランは優しい笑顔で頷いた。
街の中にある教会を訪れると、司祭は以前相談に来たエリザベスのことを覚えていて、
“ようやくお相手が来てくれましたか”
と、二人で訪れたことを歓迎してくれた。
フロランは結婚の手続きのことでもエリザベスを困らせてしまっていたことに改めて気づいた。
一人で結婚の手続きに行き、一人ではだめだと断られ、当惑し、落胆しただろう。エリザベスを沖の船に向かわせたのは、叔父の言葉だけではない。こうしたことの積み重ねがエリザベスの自信を奪い、不安にさせてしまっていたのだ。
“私達を祝福していただけますか?”
フロランの言葉にエリザベスは驚いてフロランを見上げたが、司祭は笑顔で
“ええ、もちろんですとも。少しお待ちいただけますか”
と答え、数分で支度を整え、エリザベスとフロランの永遠の誓いの場を設けてくれた。
「本当に、…? いいの? だって三日待つって…」
「大公、結婚、別の話ね。エリーいいなら、ダイジョブ。…いい?」
エリザベスは差し出された手を取った。
司祭に続き誓いの言葉を唱えた後、宣誓書に二人の名を連ねた。
フロランのポケットから出されたのは、ついさっき二人で選んだ指輪だった。指にぴったりなサイズになっている。あの場で選んだのに、どうして?
不思議そうにしているエリザベスに、フロランは笑っているだけだ。
「ワタシ、エリーのもの。エリー、ワタシのもの。”この命続く限り、エリーを愛し続けると誓います”」
左手の薬指に指輪を通し、その手を取ると指輪ごと口づけした。指に柔らかな唇が当たり、指先が震えた。
”この命続く限り…、フロランを、…フロランを愛し続けると、誓います”
エリザベスもフロランに倣い、フロランの左手を取り、指輪をはめ、その指に口づけを落とした。
これでいいのか不安げに視線を上げると、フロランは小さく頷き、唇を重ねた。
二人だけの宣誓式を終え、司祭の承認のサインが入った宣誓書を渡された。
”これを持って公館に行けばすぐに婚姻届を受理してもらえますよ”
”ありがとうございます”
二人はそのまま街の公館に行き、フロランがエリザベスに送ったものは使わず、真新しい婚姻届にその場でそれぞれがサインをし、列に並んで宣誓書を添えて提出すると、
”少々お待ちを”
と言われ、引き換え札を渡された。
待つこと十五分。婚姻届は無事受理され、日付と受理を証明する印章が押された宣誓書を返してもらった。
「別に、…止められなかったね」
”指名手配はされていなかったみたいだ”
三日間は待つと言ったその日に二人が先んじて結婚を果たそうなど、バルリエ大公は思いもしなかったのだろう。
二人は顔を見合わせ、プッと噴き出すと、そのまま声をあげて笑い合った。
公館にいる人達の目も気にせずフロランはエリザベスを持ち上げ、その場で一回転した。床に足がつくと同時に強く抱きしめ、
”やっと……。…もう、離さない…”
エリザベスもその言葉に応じるように腕を伸ばした。
二人の新しい一歩に、その場にいた人達は拍手で祝ってくれた。
2026.1.8 6-9 エピソード抜けに気がつき加筆しました。
フロランが婚姻届をエリザベスから一旦返してもらうところを追記しています。
6-9はかなり長くなったので、完結後、頃合いを見て2話に分割予定です。




