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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第一章 学校編
7/17

1-7

 その日家に帰ると、今日着て行った似合わない服のまま父の元を訪れ、

「この縁談はやめる!」

とだけ言って自室に戻った。数秒遅れて父の騒ぐ声が聞こえた。


 その日のうちに伯母が家に来た。異様な早さだった。

 エリザベスは一度は脱いでクローゼットの奥にしまい込んでいた例の服をもう一度着て、伯母の待つ部屋に行った。エリザベスの姿を見て、父も伯母もなんとも言えない苦い顔をした。やはり似合ってないのだ。


「その服が例の…。服が似合わないと言われたくらいで破談にするなんて…」

 今日の出来事は既に報告されているらしい。伯母が呆れた調子で小娘のわがままに苦言を呈してきた。娘は父に従い、結婚後は夫に従うもの。お相手のこの程度の批判は「指導」の範囲だと思っているのかもしれない。しかしエリザベスにはこれ以上「指導」という名の言葉の暴力に耐える気はなかった。


 この機会に今まで見合いの席で言われたあれこれ、毎回不愉快な発言を我慢してきたこと、今日の服についてのやりとりを全て話した。

「この服、店員さんに選んでもらったんですが、センスがないと言われました。買ったお店がお姉様が経営するお店だと知ったとたん掌を反すように服を褒めだし、着こなせない私が悪いんですって。店員のセンスが悪かったことも認められない、身内びいきの癖に私は守る対象外、都合の悪いことはすべて私のせいにするような卑怯な人とこれから先の人生、一緒に生きていくことなんてできません!」

 伯母は少し顔をしかめ、何も言わなくなった。

「未熟者で申し訳ありませんが、これ以上我慢してあの人に会いたくありません。顔を見るのも嫌。あんな人と生きていくくらいなら一生独身で充分。これ以上無理を言うなら家を出ます。勘当してもらって結構。幸いウィスティアには就職口はたくさんありますし、自分一人食べていくくらいのことはできます」

 エリザベスの言葉に父も伯母も慌てた。エリザベスの思い切りの良さはよく知っている。ただの脅しではなく、決意すればさっさと働き口を見つけ、学校だってその日のうちにやめてしまうかもしれない。


 エリザベスに平穏な暮らしをしてもらいたいということ以外、父にはこの縁談にさして思い入れがあるわけではなかった。ある程度財を成している家であれば娘が苦労することはないと思っていたが、互いを尊重し信頼することもできないような相手ではこの先の人生は不幸なものになるだろう。


 エリザベスは父に部屋から出るように促され、自分の人生なのに大人達が決めるその先を聞くことはできなかった。


 翌日、父からこの話はエリザベスの希望通り破談になったと聞かされた。




 この縁談に乗り気だったのはスペンサー家の方で、貴族とのつながりを求め、更にシーモア家からの出資も期待していた。

 見合い相手は子爵家令嬢と聞き、トニオはかなり期待していたのだが、自分の描いたご令嬢と現実のエリザベスはあまりにも差がありすぎた。父親から令嬢の心をつかめと言われていたが、そもそも令嬢ではないではないか(そう見えないだけだが…)。しかし父からの命令は絶対だ。

 断れない、好きになれない、結婚したくない、父に叱られたくない。否定ばかりの積み重ねで行き所がなくなった思いを、相手を罵ることで解消していた。落ち度として指摘できる部分が多い相手だった。へこんで大人しくしてくれれば少しは溜飲が下がった。

 次に会った時には自分の言った不満を改善しようとしていた相手に、よほど自分の事が気に入っているのだと勘違いした。しかしその努力さえ腹立たしい。こんな奴に気に入られたせいで自分はこんな相手で妥協しなければいけない。エリザベスが悪の根源のように思えていた。


 しかしそれは思い違いで、相手は自分に何の思い入れもなく、あっけなく破談になった。

 トニオは願い通りになったにもかかわらず、自分があの程度の女に振られたという事実に気分を害していた。しかも父からは

「事情があり、しばらく見合い継続中の体を取るが、子爵は至ってご立腹だ。街であってもエリザベス嬢に声をかけるな」

と言われた。生意気な女だ、こっちだって口を利くつもりはないと憤ったが、

「おまえは女のおだて方も知らんのか。あの程度の小娘なら、おだてれば簡単に手玉にとれただろうに。せっかくの子爵家との良縁を無にしよって…」

 父の言葉でエリザベスを、シーモア家を必要としていたのはスペンサー家の方だったと改めて気付かされた。


 トニオの姉マティアは父から店員の再教育を命じられた。古い在庫を押し売りし、接客態度も評判が悪く、他からも数件クレームが来ていた。経営状態は良くなく、そのことを父に知られてしまっては店を手放す日は遠くないだろう。

 服をデザインするのが好きで、経営には疎い姉の落ち度を知ってもなお、トニオはエリザベスに対して罪悪感どころか不満しか思い浮かばなかった。




 破談に安堵の笑みを見せたエリザベスに、父は言葉を足した。

「だが、事情があってもうしばらくの間この縁談が続いているふりをしてほしい」

「…ふり?」

 父の妙な提案に、エリザベスは首を傾げた。

「トニオ君と会えとは言わないが、破談になったことは誰にも言わないように」

 父はその理由については語らなかったが、スペンサー家にも色々事情があるのだろう。エリザベスはトニオに会わなくて済むならそれでいいと思っていたので、すっきりはしないが言われた通りにすることにした。

「いいけど、…その間、次のお見合いもなし、よね?」

「まあ、そうなるな」

「当面の間、好きな人も作っちゃダメって事?」

 なにげに湧いた疑問を口にしたが、

「おまえ、…そんな気あるのか?」

 父の疑念はごもっともだった。



 お見合い進行中のふりのおかげで、次の見合いを持って来られることもない。世界は至って平和。

 大きな悩みが一つ消え、エリザベスはほっとしていた。


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