6-4
宿に戻るとディルクが入口で待ち構えていた。
”原稿、お願いしまーす”
明るい声掛けを無視して宿に入ろうとすると、腕を引っ張られて下の食堂に連れて行かれた。
”好きなもの頼んでいいよ?”
と言われたので、遠慮なく夕食に一番高い肉を頼んだ。まだ早い時間だが、さっきの怒りでおなかが空いていて、食べる気満々だ。
ディルクも同じものを頼み、待っている間エルヒュームの話をし、どのあたりまで行ったかなど探りとも取れる質問を受けた。
この機会に、アビントンについて何か新しい情報があるか聞いてみた。
”アビントン出身だったっけ?”
”アビントンやないけど、その近くよ。辺境騎士団に知り合いがおるけん、気になって…”
ふんふんと頷き、ディルクは自分の知っている情報を話してくれた。
”フォスタリアの反帝国組織が帝国に戻るエルナ姫を襲って逆に打ち取られた件で、反帝国組織はルージニアのアビントン辺境騎士団が姫に兵を貸したと思ったらしく、報復に出たんだ。すぐに打ち取られはしたけど、あのアビントンの城壁が反帝国組織の残兵程度に破られるなんて予想外で、大きな記事として扱われたってわけだ。帝国がフォスタリアを侵略し、そのまま弱体化したルージニアにも攻め入るんじゃないかなんて噂もあったくらいだよ”
物騒な噂だが、あのエルナことエルヴィーノの粛清を生で見た身としては噂だと笑い飛ばすことはできない。
”その日たまたま辺境伯一家が旅行中だったらしくてさ、敵襲撃の一報を聞いて、自分についていた護衛の半分をアビントンに戻らせただけで自分は戻らなかったらしいんだ。次の日に敵は撃退したという報告を聞いてそのまま旅行を続け、数日後に家族と一緒に馬車で戻って来たそうだ。領の有事に家族旅行を継続するなんて、なかなか面白いよね。ゴシップネタとしては大歓迎だけど、そんな領主を持った領民は気の毒としか言いようがない”
それくらいのことはしそうな人だが、本当にやらかした。エリザベスは話の続きが気になって仕方なかった。
”で、それからどうなったん?”
”城壁突破の一報で元辺境伯のダグラス・アビントン氏が駆け付けた。既に全員打ち取っていたのは騎士団長の手柄だね。しかしいつまで経っても息子は戻って来ない。四日後にのんびりと家族仲良く戻って来たヘンドリック・アビントン氏は戻るなり更迭され、領はダグラス氏が采配するようになった。…伝え聞いてるのはここまでかな”
”ふーーーーーーーん”
エリザベスは、その時の状況が手に取るように思い浮かんだ。
”でもええんやない? ダグラス・アビントン閣下が戻った方がアビントンは安泰やろ。…後継がおらんのが困るけど”
さらりとそう言ったエリザベスに、ディルクはニヤリと笑って
”本当に、アビントン出身じゃないの?”
と探りを入れてきた。ネタがあれば吐かせたいと思っているのが丸わかりだが、きっぱりと
”違うよ”
と答えた。それは本当のことだ。
”でもすぐ近くに実家があるけんね。アビントン倒れたら家族が危ないけん心配よ。それにダグラス・アビントン閣下はヒーローやけん。私も憧れとった人よ。いっぺん会いたかったわぁ…”
しみじみと語るエリザベスに、まだディルクはにやけ顔を消していなかった。
”これはまだ記事にもなってないんだけどさ”
もったいぶった話し方に、エリザベスが反応すると、
”ダグラス氏が後継者候補を、隣のシーモア領のシーモア子爵家に打診したらしくてさ”
!!
エリザベスは驚きまくったが、必死で顔に出さないように繕った。本人は繕いきれたと思っていた。
”さすがに現子爵は断り、長男のフリオ氏はシーモア子爵家を継ぐから無理、で次男と三男がまずはアビントン辺境騎士団の入団テストを受けたんだけど、両氏とも班長など相手じゃなく、隊長も瞬殺。ヴィンセント氏は団長とほぼ互角、サイモン氏は団長を打ち破ったけれど、兄との戦いで疲れていたせいだと譲らず、二人が戦いだして、大変だったらしいよ”
!!!
エリザベスの兄達の名前がよもやこんな遥か遠いエルヒュームで聞けようとは。しかも、団長と戦った? 三年間辺境騎士団にいたエリザベスでも模擬戦でも相手にしてもらえたことがないのに。羨ましさにジェラシーがメラメラ燃え立った。
”で…、どっちが勝ったん? ヴィンセント? サイモン?”
すっかり敬称をつけるのも忘れ、エリザベスは身を乗り出して聞いた。
”結局ダグラス氏が止めて、引き分けで終わらせたらしいよ”
”えー、止めたん。…おもしろな…”
”団長はそのまま、第一隊隊長にサイモン氏が、ヴィンセント氏は第三隊隊長に立候補し、今後団長のシリル・コリンズ氏も含めて、このうちの誰かが領を継ぐことになるだろうと言われてるらしいよ”
”…アビントンを? 団長職じゃなく?”
”アビントン辺境伯を”
”いやー、それはないやろー。あの二人、脳筋も脳筋、面倒なことは何でも剣か拳で決めてしまうのに。せいぜい団長職、…それもちょっと怖いけど。…どうなるんやろ。強いもん勝ちやなかったらライナスが向いとると思うんやけど…”
このやり取りでディルクは確信した。
ブリジットこと、エリザベス・シーモア。エリザベスはルージニアのシーモア子爵家の人間だ。
しかし気付かれたことに気付いてなさそうなエリザベスを見て、ディルクは気付いてないふりを続けることにした。うっかり漏らすその発言にこそ情報の価値があるというものだ。
”特ダネ、教えてあげたんだからさあ。原稿、ね? 人は持ちつ持たれつ、ってね?”
”えぇーーーっ”
”エルヒュームでこれだけのアビントン情報、聞けないよ?”
”ほやけどー。…しゃーないなぁ…”
エリザベスはしぶしぶ部屋からノートを取って来て、ディルクに見せた。
”イングレイ語のとこだけよ! ルージニア語のはいかんよ!”
あちこちにちらばる面白いルージニア語のコメントを前に、ディルクは
”それは追々相談ということで、…うーん、今回はこれとこれ、…船酔いのゲロは…どうしようかな。あ、これも”
と条件を濁しながら、きっちりとルージニア語の部分も書き写していた。
もらうものをもらえたディルクはエリザベスと別れ、翌日早々にエルヒュームを経ち、セリオンに帰っていった。
今年もよろしくお願いします。
2026.1.1




