6-3
翌日、エルヒュームで婚姻届がどのように扱われているのか聞きに行くことにした。
最初に教会に行ってみたが、式は教会で挙げるが教会が担当するのは神への宣誓、実社会での登録関係は大公家の管轄とのこと。もちろん、一人で式を挙げることはない。
大公家。街の中心の丘の上のあのお屋敷だ。お城と言ってもいい。
せっせと丘を登り、ようやくついた門の前に立っている門番に話しかけた。
”すみません。こ、…書類について、聞きたいんやけど…”
”書類? 何の?”
”こ、…えっと、教会に行って聞いたら、こ、…大公家で、…、手続きしてるって”
歯切れの悪いエリザベスに門番が困っていると、屋敷の方から怖そうな年配の女性が現れた。髪をきっちりと結い上げ、紺色のシンプルなロングドレスを着て、背筋をしゃんと伸ばし隙のない姿は、この家の女主人というよりは家政婦長またはそれ相当の使用人をまとめる立場の人のように思われた。
”何の用です?”
口調は標準的なイングレイ語だった。帝国の人だろうか。
”あ、あの、こちらの方が何かの手続きに来られたようで…”
エリザベスだけでなく、門番もビビっている。
”手続き?”
”あ、あの、教会で、婚姻関係の手続きは、大公家がやっとるって聞いて、それで来てみたんやけど”
”婚姻? …あなた、エルヒュームの人やないやろ”
いきなり言葉が変わり、怖さもアップした。こちらの方が素らしい。
”どこから来たん?”
妙に圧のある人だ。門番は我関せず体勢で、門の端に戻り、二人を気にしながらも番を続けている。
”ルージニア、から、来たん、やけど…”
”ルージニア! うわっ”
「うわっ」が示した通り、露骨に嫌そうな顔をした。ルージニアに悪い思い出があるのだろうか。今まで国のことを語っただけでそんな反応をされたことがなかったので、エリザベスはちょっとショックだった。
”ルージニアの子が、エルヒュームの男誑かして結婚しようとしよんやろか。あー恐ろし。ルージニアには碌なんがおらん”
いきなりの悪意ある決めつけに、圧のある人への恐怖がむかつきに変わっていた。
”エルヒュームの男やないし、誑かしてもないわ。エルヒュームには誑かされんと結婚もできんような根性なししかおらんけん、そんな勘違いしよるんやろか”
家政婦長(仮)が思いっきり睨みつけてきたが、エリザベスも睨み返した。その勢いに門番はあたふたするばかりで割って入って止めようとはしなかった。
”エルヒュームの人やなくても、ここで婚姻届出せるか聞きたかっただけよ。ほやのに人を誑かした扱いするんがこの国のやり方かね”
しかし相手も負けていない。
”相手も連れて来んで婚姻届の話する方がおかしかろがね。しかも外国人が。何か詐欺でもしよるんかと疑うんは当たり前よ”
二人のにらみ合いは続いたが
”お客様?”
騒ぎを聞きつけて、この家のお嬢様と思われる女の子がドレスの裾をつまみながら走ってやってきた。慌てて侍女が追いかけてきているが、この令嬢、なかなか足が速いらしい。十一、二歳だろうか。そろそろやんちゃが許されない年だが、今でもやんちゃなままのエリザベスのような人間もいる。
令嬢相手に家政婦長(仮)はすぐにイングレイ標準語になった。
”いえ、公館と間違えてお越しになったようです”
ご令嬢の登場で、先に家政婦長(仮)の方がケンカ腰の態度を解いた。
”手続きはここではやってないけん。街の公館にお行き。どのみち相手がおらんかったら何の手続きもできんけんね”
それを聞いたエリザベスは、へなへなとしゃがみこみ、頭を抱えて唸り声をあげた。
「そうだよねぇ…。普通一人じゃ無理だよね…」
しかし五秒で気持ちを切り替えると、すっくと立ちあがった。
”騒がしてしもてごめん。お邪魔様”
後は笑顔でごまかし、しかし家政婦長(仮)には最後に一瞬殺気を込めた視線を送って、元来た道を戻っていった。
予想通り、婚姻の届け出には二人がそろって行かなければいけない。それを郵送で送ってきた意味は。
決意表明、と考えるのが妥当か。
あの新聞のブリジット・レポートを見てエリザベスを思い出し、そろそろ期限だよと確認の一報を入れたかったのか。
フロランの意図は読めないが、とりあえず提出は無理。しばらく持っておくのが正解と判断した。




