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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第五章 イングレイ編
61/81

5-14

 フロランの様子がおかしいという話を聞いたエルヴィーノの反応は冷やかだった。

”失恋かなんだか知らないが、そんなくだらないことで自分を制御できないのは未熟だからだ。だから皇族に戻ることもできず、宰相補佐になったところで周りに舐められる。…放っておけばいい”


 エルヴィーノは腹立たしくて仕方がなかった。

 命を救われ、死ぬ思いで共に旅をしたフロランのことは、部下・側近と口にしながらも、心の奥では友人だと思っていた。皇族と見越してその権力のおこぼれにあずかりたい友人面した子息達とは違う、皇妃の座を狙いすり寄ってくる令嬢達とも違う。かといって皇位を狙って牽制し合う兄弟でもない。


 フロランは皇帝になる気も、皇族に戻る気もない。本当ならこの国に戻りたくはなかっただろう。自分の押しもあったが、フロラン自身がエリザベスを連れて行くならルージニアから先も同行すると約束したのだ。自分からそう決めておきながら、エリザベスに逃げられ、それにしょげて心をやられるなどふがいない。


 フロランにはこの国での後ろ盾が必要。母である皇帝の判断はフロランをこの国で利用するためなら間違ってはいない。それに負けるなら、母に飲み込まれ、このまま自分の元にいればいい。

 利用されるために帰国したのでないなら、自分のやりたいことをすればいいのだ。それが何かはわからないが、フロランは確かに何か考えがあってこの国に戻ったはずだ。


 皇族であるエルヴィーノはフロランに救いの手を差し伸べない。その手は母にとってかわられ、フロランの救いにはならない。自分もまた力不足なのだ。

 エルヴィーノは手にしていた新聞を握り潰すと、丸めてフロランの部屋のある方角に向けて投げつけた。




 エルヴィーノの侍女メイは独断でフロランの元を訪れた。

 フロランはまたエルヴィーノが仕事を持ってきたのだろうかと思い、自らドアを開けはしたが面倒そうに

”何か用だろうか”

と尋ねた。やつれて愛想笑いも忘れてしまったフロランに驚きはしたが、メイは侍女らしく動揺を表に見せなかった。


”こちらをお渡ししたく参りました”

 メイは手にしていた両手に収まる程度の大きさの紙箱を差し出した。

 フロランは受け取りはしたが、その場で開こうとはしなかった。

”これは「ごみ箱」です。中身は適切に処分をお願いします”


 メイがわざわざごみをここまで運んでくるだろうか。しかもその処分をフロランに頼む? エルヴィーノの指示だろうか。いや、エルヴィーノがこんなまどろっこしいことをするとは思えない。

 メイからはそれ以上の説明はなく、一礼して去って行った。



 フロランは箱を部屋に持って入ると、恐る恐る箱の蓋に手を伸ばし、警戒しながらゆっくりと蓋を取った。

 箱の中には手紙や絵葉書が入っていた。すべてフロランに宛てたもの。メイが持ってきたのはエリザベスからの手紙だった。


 皇帝はエリザベスからフロランに宛てた書簡は処分するよう指示を出していた。皇帝からすれば当然の処置だ。

 郵便を管理する役人が宛名別に手紙を仕分け、その中から指定された手紙を抜き取る。エリザベスからの手紙に限らず、皇城に届く手紙は様々な意向で処分される書簡がたくさんある。

 しかし誤って大切な手紙が捨てられることがあり、抜き取られた手紙は一旦「ごみ箱」に入れられ、一定期間保存された後処分される段取りになっていた。

 届くはずの手紙がこなければ、念のため「ごみ箱」を確認するのは侍女の仕事だった。その仕事のついでに見つけたエリザベスの手紙を、メイが自分の部屋に用意した「ごみ箱」に集めていた。



 ローディアの伯爵家四女に生まれたメイは王城に行儀見習いとして送られ、そのまま王城の侍女になった。自分の働いた給金の半分は家が持って行き、それを当然の収入と思い、流行の服や装飾品を買っては自慢げに話す家族にメイはうんざりしていた。

 イングレイの皇子に同行する者を募られた時、家との縁を切るため永住覚悟で志願した。ルージニア、あるいはフォスタリアで引き返すこともできるが、イングレイまで行く気はあるかと問われ、イングレイまでと返答すると、その場で採用が決まった。


 同僚としてフロランとレイフが同じ馬車に乗っていた。アビントンからはエリザベスとも一緒だった。

 イングレイまでの旅の間、特に仲良くなったわけではなかったが、嫌な相手ではなかった。

 エリザベスもレイフもエルヴィーノを守るのが本業ながら、いつもフロランやメイの安全にも気を配っていて、血塗られた粛清の旅の中、心強く思っていた。エルヴィーノのせいでフロランと二人きりになる機会を奪われながらも、二人がちょっとしたしぐさで思いを伝える姿は見ていてほほえましく、陰ながら応援していた。


 城を出てからエリザベスはメイにも手紙をくれた。手紙には、挨拶もせず礼も言えないまま出て行ったことへの詫びと、フロランに手紙が届いていなければ元気にしていることだけでも伝えてほしいと書かれていた。

 自分の手紙が届かないことも想定済みで、それでもフロランに手紙を送り続ける。そんなエリザベスだからこんな余計なことをしたくなったのかもしれない。


 皇帝の命令に背けばエルヴィーノの侍女は降格、処罰を受けるだけでは済まされず、城から追い出される可能性が高い。しかし捨てられたごみの行方など、誰も気にすることはなかった。


 フロランとエリザベスの間で決められた、あと数ヶ月らしい何かの「期限」。自分をすり減らすことしかできないでいるフロランに、わずかな期間でも共に過ごした同僚として、せめてもの贈り物だった。




 手紙は戴冠式の皇都の様子から始まり、セリオンでは北端に近い山の中の村にまで行っている。時々距離が大きく移動しているのは、恐らく回収できなかった手紙があるのだろう。

 アビントンで仕事をしながら送ってもらった手紙とはひと味違い、自由に旅を楽しんでいるエリザベスらしい手紙だ。読んでいると一緒に行こうと誘われているような気がした。


 見捨てられた。

 置いて行かれた。

 いなくなってしまった。

 期限まで待つと言ったのに。

 自分がしてきたことも忘れ、いつしかそんな風にしかしか考えられなくなっていたフロランに、まだエリザベスとはつながっている、髪の毛よりも細い糸でもまだ切れてはいないのだと確信させてくれた。

 やはりエリザベスはフロランにとって光だった。


 たとえ一時的でも宰相の補佐に就くことを望んだのは、溜まった仕事をやみくもに片付けるためじゃない。自分は何のために今の仕事をしているのか。それは…

 フロランの目に希望の炎が灯った。


 母の思いに押しつぶされることなく、自分の思いを叶えよう。 

 まず、きちんと寝て、きちんと食べ、体を整えよう。頭に入らないのは、オーバーワークだったから。時間がないと焦り過ぎていたせいだ。

 やるべきことはわかっている。あと五ヶ月もないその日までにきっと果たしてみせる。

 自分の、エリザベスとの居場所を作る。そのために。


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