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次の「お見合い」に買った服を着てトニオに会った。
誰かから借りた服を着ているような違和感。似合ってないとはっきり自覚していた。伯母のところの侍女が手伝いに来てくれたが、見るなり苦笑いを見せた。
「お店の人に勧められたんだけど、…似合ってないよね?」
「…えー、…おかわいらしい、ですよ? たまには気分を変えてこういうのも…、いいのでは…? ないでしょうか…?」
明らかに本心ではない言葉はかえって人を傷つけるものだ。服に合わせた化粧がこれまたちぐはぐを助長している。
しかし、どんなに手をかけてもトニオの反応は厳しかった。新調したことはわかったようだが、
「自分を見て買ったのか? 所詮その程度のものしか選べないんだな。そんなにセンスが悪くてこの私の妻が務まるのか? 全く頭が痛い…」
出てくる言葉は低評価しかない。
「ですよ、…ねぇ…」
自分だけじゃない。侍女もトニオもこれがエリザベスには似合っていないと認めている。やはりあの店に任せたのはよくなかった。
「自分のセンスが悪いようなので、お店の方に選んでもらったんですが、やはり私にはこうした服は似合わないようです」
「センスの悪い店を選ぶからだ」
どう転んでもエリザベスが悪いことになる。この男のこういうところがエリザベスは気に入らなかった。しかししっくりこないなら買わずに店を出ればよかったのだ。それを面倒になって妥協し、これで済ましたのは自分の判断だ。
「…その通りだと思います」
自分の非を認めたエリザベスに、トニオがいやらしいまでにはっきりと嫌味な笑みを見せた。
「普段から大した店に行ってない証拠だな。貴族を名乗ったところで格が知れるというものだ。どうせろくでもない店を贔屓にしてるんだろう」
「贔屓ではなく、初めて行ったんですが…。ウィスティアの楓通りにあるスペンサー商店という店です」
店の名を言った途端、トニオは意地の悪い顔を崩した。たまたまの同名ではないようだ。しかし気を回す気も起きず、エリザベスは思ったことをそのまま口にした。
「飾ってあったレモン色のスカートがとても素敵で、それを見せてほしいと言ったのですが、こちらが一押しとのことでかなり自信を持ってこれだけを勧められましたので、プロと信じてお任せしたのですが…。今後あの店は使わないようにします。友達にも言っておかなければいけませんね」
トニオは明らかに動揺が隠せていない。
「い、いや、…よく見ると、そんなに悪くも…」
突然の掌返し。目が左右に触れて、ふと何かを思いついたらしい。
「いい生地を使っていて縫製も丁寧だ。着る人が着れば魅力を引き出せるだろう。着る者の魅力次第だ」
結局、エリザベスのせいだと言いたいのだ。ついムカついて、
「あんなにたくさん素敵な服がありながら、これを勧めた店員ではなく、着こなせない私が悪いんですか?」
いつも不満を隠しきれないまでも最後は自ら折れて黙り込んでいたエリザベスに口答えされ、トニオは息を詰まらせ、唇をわなわな振るわせた。
「つまり、何を着ても無駄だとおっしゃりたいんですね?」
「おまえは姉上がどんなに苦労して店を立ち上げたか知らないんだっ!」
姉の店だったか…。エリザベスはこの巡り合わせの悪さに、逆に運命を感じた。
「ああ、お姉様のお店だったんですか。へぇ…。鞄のお店ではなかったので、たまたま同じ名かと思ってましたけど、そうでしたか」
姉の店だとわかったとたん店をかばった。身内をかばう気持ちはあるのだ。姉は守るべき対象、だけどエリザベスはそうではない。姉のためならエリザベスを傷つけることも躊躇しない。所詮その程度の気持ちしか持っていないことがよくわかった。
「お姉様のお店は悪くない、似合わない客が悪い。…素晴らしい経営方針ですね」
これ以上見合いを続けても仕方がない。エリザベスは席を立った。
「トニオ様の鞄店もそうなんでしょうね。鞄に選ばれた方がお客様。奥様にするなら鞄に選ばれるような素敵な方がお似合いでしょう。何を着ても似合わないセンスのない私など、お店のお役には立たないでしょうから、この縁談これ以上続けても無意味です。今までお時間を取りましたが、これっきりでお願いします」
エリザベスがきっぱりと縁談の終了を告げると、トニオは驚いていた。
「は…、強がるなよ。おまえは俺に無下にされたら困るんじゃないのか? うちとの縁が欲しいんだろ?」
どうやらエリザベスがトニオとの婚約を望んでいると勘違いされていたらしい。
「ぜんっっっぜん? うちの領はお金に困ってませんし、そちらとお付き合いがなくても鞄にも靴にも困ることはありません。会うたびに不快な思いをするこんな関係を生涯続けるなんてまっぴら。そちらもでしょ? どうぞ、素敵な方と縁をつないでください。ごきげんよう」
勘違い野郎にひきつった笑顔を向け、エリザベスはそのまま家に帰った。




