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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第五章 イングレイ編
58/81

5-11

 滞在は一か所概ね四、五日程度、移動は駅馬車の運行次第。事前に観光候補を調べてはいたが、現地で面白そうな話を聞けば予定していなかった場所にも足を延ばしてみた。


 旅の途中、商人に絡むチンピラを追い払ったところ感謝され、用心棒代わりに大きな街まで馬車に乗せてくれた。そのまま働かないかと勧誘されたが丁寧に断り、また駅馬車に乗って旅は南西方向に進んでいった。

 一応目指している最終目的地はある。しかし時間制限もある。期限の日には帝都アルデバランに戻っておきたいと思っているが、距離感も時間感覚もなく、どうなるかはわからない。




 馬車の中で隣のおじさんが広げているセリオンタイムズを盗み見していると、

”ブリジット嬢 連絡乞う”

と、家出人捜索のような一行が載っていた。

 その日の宿を決め、急ぎ滞在先と五日間滞在と書いた手紙を送ると、四日後にディルクが宿に訪ねて来た。受け取ってすぐに来たと言っていたので、新聞社のある町はここからさほど離れていなかったようだ。


 ディルクは前回の原稿料として小銀貨二十枚をエリザベスに手渡した。あんな小さな記事の原稿料としてはかなりの金額だ。しかしそこには下心があり、

”またノート、見せてよ”

と言ってきた。エリザベスはちょっと迷ったが、まあ一度見せたことのある相手だ。ノートを渡すとその場で内容を選りすぐり、

”次の記事にしていい? これとこれと…あと、これかな”

 エリザベスが頷くとその場で急ぎ三か所を書き写した。短い文章だ、書き写すのにさほど手間はかからない。ノートを戻すと、ここにきて

”渡した原稿料はこれも込みでよろしく”

と言ってきた。一記事当たりの単価は一気にだだ減りだ。しかし当てにしていなかった原稿料をもらえただけでも御の字と言える。


”また旅の話があったら郵便で送ってくれない? 気が向いた時でいいからさ。原稿料は掲載一記事小銀貨五枚で預かっておくから、好きな時にうちの新聞社に請求して。…あ、郵便代込みね”

”えっ? 込みなん?”

 郵便代込みとなるとずいぶん目減りする。しかも採用されないと郵便代は丸損。ディルクが損をしないように考えられている。まあ、今回儲けた金額の範囲内で、フロランへの手紙のついでに天気の悪い日にちょっとした小遣い稼ぎをする気分でも…。

 ただお金を取りに行ける日が来るかわからないが。

 間もなくセリオンを離れるので、取りに行く旅費が一番高くつきそうだ。そもそもセリオンを離れたら、セリオンレポートではなくなるが…。

”セリオン、もうすぐ出ちゃうけど?”

”セリオンと言わず、これから先の旅でも面白いことがあったら頼むよ。近場の観光情報ならウケるだろうし”

 調子のいい新聞記者の手抜きには丁度いい内容なのかもしれない。

”まあ、気が向いたらね”

と、中途半端な回答をしておいた。




 そこから二度馬車を乗り換えると、もうセリオンを抜け、トリティーク地方、旧トリティーク王国に入った。同じ帝国内なのでいわゆる入国手続きはいらなかったが、もともとこの辺りは国境はあやふやで、城壁のある大きな街以外では出入りにそんなに厳しい決まりはなかったようだ。


 西に行くつもりで乗り継いでいるが、じわじわと南下しているようで、最初に降り立ったあの地よりも寒い場所はない。極寒の地で買ったコート類は最強で、今のところ寒さに震えることはなかった。



 トリティークは道があまり整備されておらず、馬車がよく揺れた。その分馬車の痛みも激しそうだ。道の左右には麦畑が広がり、麦踏みをしている。かなり大規模な農地だ。これだけの畑があれば町はもっと潤っていてもいいように思えるのだが、税が高いのだろうか。

”ようやく峠の道の修繕にお金が出ることになったって。崩れたの、二年前よ”

”どうせ冬は工事やらんやろ? 夏前には直してもらわんと”

”税はたんまり取り立てる癖に。道くらいとっとと整備してほしいわ”

”無理無理。前の王様も帝国の役人も、なんも変わらんもん。鞭打たれんだけましよ”

 ここの前王は住民を鞭打っていたのか。話している二人は笑っているけど、聞いていて笑えない。



 トリティーク最初の町で一番おいしいのはパンだ。パンを売っている店にこねたパン生地を持って行くと安価で焼いてくれる。家で火をおこすより手軽で安く、ずっと火を入れているパン屋は薪の足しになる。焼けたパンを家に持って帰る子供がいた。エリザベスは自分がこのお使いを頼まれたらいい匂いに誘われてつまみ食いしそうで、真面目に持ち帰る子供を褒めたくなった。


 パンにはふすまや豆、香辛料や何かの種のようなものが混ぜ込まれているものが多く、味変わりだけでなく嵩増し目的がありそうだ。

 頼んだスープは豆入りで、鳥の骨で出汁を取り塩で味付けされていたが、肉は入っていない残念さ。セリオンのスープの方がエリザベスの好みだ。それでも皇城の冷えたスープよりおいしく感じる。具はふんだんに入っていたのに、隠し味に入れられた悪意がのどを通らなくさせた。


 フロランは今でもあそこにいる。離宮の修理が終わったところで、仕事が忙しければ往復の時間も惜しく、そのまま皇城に住むのではないだろうか。城内の部屋にさえ戻れなかったくらいだ。

 ふとフロランの人生を想像してみた。

 元皇子でありながら年下の皇子の側近となり、宰相を目指してこき使われ、皇帝に命じられたまま何とかいう令嬢と婚約。帝国での後ろ盾を得て、どんどん出世、ガンガン働き、嫁と舅の尻に敷かれ、…


 ダイジョブ?


 幻聴で我に返った。


 皇帝が「無効だ」と言えば婚約など無効にされる。帝国民をして皇帝に逆らえる者などいない。今頃もう無効になっているかもしれない。帝国は独裁者の国。法治国家ではないのだから。

 あのエスコートした令嬢とは気が合っただろうか。気が合わなくても笑顔を作れる人ではある。


 そんな笑顔で生きていくんですかぁ?

 フロランが望むなら仕方がない、って言える?


 かつての隠し味が心を黒く染めていく。


 東に行かなくてよかったとエリザベスは思った。東に行けば、そのまま国境を越え、フォスタリアを抜けてルージニアに戻っていたかもしれない。待つと言ったのに。


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