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イングレイ帝国の基となったイングレイ王国の法規を改めて確認すると、元々は性別を問わず直系の誕生順が正しく、次いで王の兄弟、王の兄弟の直系の順で継承者が決まる。更に王の不慮の死や継承者の幼年など特別な事由がある場合、正妃が王位に就くことが認められており、実際に歴史上には二人の女王がいて、うちの一人は正妃が王を務めていた。
現在継承者と認められているのは直系の男子の誕生順となっているが、今男子の条件を崩すと予期せぬ争いを生みかねないため、現世代は男子限定を継続し、次世代については法の整備も含め検討することになった。
「フロランの嫁」案がエルヴィーノ案として提案されて一週間後、帝位継承権第一位を持つ第二皇子バスティアンの皇位継承辞退が再確認され、バスティアンは自分に代わり皇后を皇帝に指名した。
帝位に意欲を見せていたフェリクスだが、支援者が軒並み皇后支持を受け入れたため、帝位を辞退することになった。可哀想に「病気再発」という名目で再びひきこもり生活だ。表立った反対者はなく、ここに現皇后ミュリエル・アドリアナ・イングレイが新皇帝となることが決まった。
皇帝が決まれば次は戴冠式の準備で皇城は更に忙しくなり、同じ居室で暮らしながらエリザベスとフロランが顔を合わせる機会はますます減っていた。
帰るのは夜遅い時間で、寝るために戻ってきただけ。時には部屋にも戻らず仕事場で仮眠を取っているようだ。朝食さえも一緒に取ることは減り、たまに一緒にいて何か話しかけても生返事か聞いていなかったのを笑顔でごまかすことが増え、エリザベスの言葉は届かない。表情から話をするのも面倒だと思われているように感じた。忙しすぎて全てが煩わしい状態なのかもしれない。その気持ちが理解できてしまうだけに、エリザベスは話しかけるのをやめることを選んだ。
内戦後、城に勤める者も第三皇子派だった者は一掃され、働き手が足りていなかった。徐々に人手は増やされてはいたが、優秀な人材を見極めるのは難しく、有力な貴族からの推薦は無下に断れないながらもスパイ紛いの行為や派閥に有利なように動く者達もいた。上位の職になるほど安心して採用できる人材が少ないのが現状だ。フロランはタイミングの悪い時に城に取り込まれてしまった訳だ。
当然、フロランに家探しに時間をかける余裕はなく、エリザベスの城内待機は継続。代わりに探しに行ったところで、元皇族が住めるような安全な地域も相場もわからないうえ、保証人と言われれば結局この超多忙な人に動いてもらうことになる。実現は遠い夢のように思えた。
皇帝が決まり、フロランを皇族に戻そうとする者はいなくなったが、臣下としてのフロランに価値を見い出す者がいた。宰相の補佐を務める元皇子は将来有望だ。フロランを養子にしたいと少なくない家が手を挙げていた。それには当然婚姻の条件があり、娘と結婚し婿養子になるか、あるいは養子縁組した後、良家の令嬢を娶るというものだ。
今は多忙でそれどころではなく、縁談も養子縁組も持ちこむことを断っていたが、裏では各家が働きかけ、密約を結んでいた。選ばれるかどうかは政治力と、いかにフロランに気に入られるかによる。
エリザベスとの婚約を「不利」と言った皇后の言葉が現実になろうとしていた。
不利を選び後ろ盾をなくすのも、今まで頑張ってきた成果を認められ、宰相候補としてこの国で確かな地位を築くのも、それはフロランの「選択」だとエリザベスは思っていた。
自分を選んでほしいとは思っている。けれど、この国を離れている時のフロランと、この国にいるフロランでは立場があまりに違いすぎる。
この国から逃れることを考えていたフロランがあえて戻り、国の要職に就こうとしていることの意味が、エリザベスには理解できていなかった。
フロランが何をしたいのか。皇族に戻らないと言いながら、貴族にはなりたいのか。一時的に手伝っているにしては中心部に組み込まれ過ぎていて、もはや本人も抜けられなくなっているのではないか…。それが狙いなのか、惰性なのかもわからない。
その中での自分の立ち位置も。
自分にできるのは期限まで待つこと。その時にフロランが出した結論を受け止めるだけだ。大きな波を目の前にして、抗うより波に任せたい心境だった。
そう決めているはずなのに、ふつふつと湧く不満。何度か不満の言葉が漏れそうになり、これではいけないと思ったエリザベスは、不満の元は自分で解決することにした。
次にエルヴィーノに会った時、
”外出許可が欲しんやけど”
と相談したところ、護衛を同行する条件で城下に行くことを許された。皇子からの許可なら誰かに何か言われても文句はないだろう。エリザベスはエルヴィーノの許可を盾にしながら、フロランには街を出ることは言わなかった。言えば反対されるのがわかっていたからだ。
前日に護衛に声をかけておき、互いに私服に着替え、城の門の外まで馬車で送ってもらったらあとは自由行動。時間に限りはあったが、城下を案内してもらい、ちょっとした買い物をし、城では味わえない庶民的な味を堪能すると少しは気が晴れた。同行してくれた護衛にも立ち寄りたいところがあったら遠慮なくいってもらうと、よもや刀剣の店に行きたがるとは。趣味が同じ人との外出はそれなりに楽しいものだ。
せっかくならフロランと街を廻りたかった。自分だけが街に出て楽しんでいることに少しばかり罪悪感を感じないこともない。しかし我慢ばかりを積み重ねればいつか爆発してしまいそうだった。今の暮らしには何かと不満はある。だけど今のフロランを見ていると、自分までもがフロランを追いつめる側に回りたくはなかった。
エリザベスが街から戻っても、フロランはまだ戻っていなかった。当然街に出たことに気付いてもいないだろう。護衛は日誌には記録しているだろうが、多忙な中わざわざ読みはしないだろう。
その後も四度ほど街に出たが、街に出たことも、エリザベスの持ち物が増えていることにも気付かれることはなかった。




