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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第五章 イングレイ編
50/60

5-3

 予定外の城暮らしが決まり、エリザベスは困ってしまった。

「後で部屋行く」

とフロランに言われたが、謁見後は連れて行かれた部屋でずっと一人で待機状態で、皇子であるエルヴィーノは当然ながら、フロランにも、レイフやメイにも会うことはなかった。


 案内された部屋はさすが王城、実にゴージャスな部屋だったが、広すぎて何だかスースーして落ち着かない。ゴージャス=過ごしやすいとは限らないようだ。

 フロランに会いに行こうかとも考えたが、どこにいるかもわからず、それを誰に聞けばいいのかもわからない。城の外には気軽に出られるのか、城の中はどの程度自由にできるのか。

 ドアをそっと開けてみたが、廊下には誰もいなかった。外から鍵をかけられていないところを見ると、閉じ込める気はないようだ。


 見晴らしのいい窓の外は季節の花が咲いていた。手入れされた美しい庭を見に行っていいかもよくわからない。預けた荷物もまだ届いていないし、当然剣もない。ダガーもフロランが持ったままだ。

 頼りない気持ちのまま、することもなく、昼食もない。


 夕方になってようやく荷物が届けられたが、剣はまだ戻って来ない。鞄を運んできた人に聞いても首をひねっただけだった。あれでは探してくれそうにもない。鞄は開けられ、中身を確認されたようだが、残念なことに持ってきたお金は半分近く減っていた。全部取られなかっただけましと思うべきか。


 ドレスを脱いで自分の服に着替えた。旅で着ていた男物の服だ。フロランに初デートで買ってもらったレモン色のスカートも持ってきていたが、今は着る気分ではない。あれは嬉しい日に着る特別なものだ。

 女性のパンツ姿は一般的ではなく、抵抗がある人も多い。街に出てそれらしい服を買い足せるだろうか。服よりも剣を返してもらえなかった時のためにお金を置いておきたいが。


 室内には風呂はあるけれど湯はない。かなり遅くなってから夕食が部屋に運ばれてきた。

 旅の間、みんなで食事を取っていたのが嘘のように思えた。今朝まで一緒に楽しく食べていたのに。

 生ぬるい食事。毒味を待つので高貴な人は猫舌だという話を聞いたことがあるが、来客の食事でも毒混入に気を遣ってチェックに時間をかけているのだろうか。その割にフロランは熱いお茶でも焼きたての肉でも普通に飲み食いしていたが。


 こんなことなら、やはり城でなく外に宿を取ればよかったとひたすら後悔した。


 昼を抜いたせいか、上品な盛り付けのせいか、食べた後もまだおなかがすいていた。しかし我慢だ。

 少し肌寒く、布団に潜り込んで丸くなっているうちに夢の世界に入っていた。



 次の日の朝食は、パンは昨日の残りなのか冷えて硬かった、お茶はポットを手で触れても熱くない温度で、長く茶葉を入れていたのかずいぶん渋かった。これならエリザベスの方がよほどうまく入れられる。皿を覆う蓋を開けると、皿の上にはサラダ菜が2枚、10センチ角のペラペラのハムが1枚、ジャガイモが3片申し訳程度に添えられていた。

 帝都にたどり着くまでに使った市井の宿の方がよほどいい食事を出してもらえた。道中も美味しいものを色々食べられたが、まさか城が一番質素とは。思わず

"お城って、…復興に大変なん?”

と運んできたメイドに話しかけたが、ツンと顔を背けて出て行った。

 食事抜きになっても困るので、急いで腹ごしらえを済ませた。


 片付けに来たメイドに、

”庭やお城の外って、好きに出てかまんの?”

と聞くと、

”お城の外は、私達は外出許可もろて出ますけどね。お客さんのことは知りません”

と言われた。

”誰に聞いたらええやろか?"

"さあ、こちらにお連れになった方にでも聞いたらええんやないです?"

 やはりフロランが来るのを待つしかないようだ。


 部屋の出入りは制限されていないようなので、食後に少しだけ庭を散策してみたが、怪しまれないように気を配るつもりで周りをキョロキョロ見回しているのが余計怪しいように思え、早々に引き上げた。



 その日の夜、ようやくフロランが部屋に来た。

「ごめんね、遅くなった」

 部屋に入ると、フロランは周囲を見渡し、部屋の薄暗さが気になり顔をしかめたが、エリザベスには笑顔を見せ、預かっていたダガーを渡した。

 エリザベスは馴染みのダガーを手に取り少し安心できた。身を守る物が手元にないのがこれほど不安だとは思わなかった。


「お城では剣は没収されちゃうの?」

「貴族の護衛、ここ泊まる。剣、持って大丈夫。エリザベスの剣ない? 聞いてみる」

「…実は鞄に入れてたお金もちょっと減ってて…」

 エリザベスは言いにくそうにしながらもぼそぼそと困りごとを話した。これだけではなさそうだと察したフロランは優しく

「他? ダイジョブ?」

と問いかけた。

「…お城の中って、どこまで自由に歩いていい? 街に行くのって自由にできる?」

 この二日間、時間を潰すものは何もない部屋でエリザベスがじっと我慢していたことを察したフロランは、エリザベスをそっと抱きしめた。

「ゴメンね」

 しかし、自由にしていいと言うことはできなかった。

「今、外危ない。皇帝決まらない。話し合い、時間いっぱい、決まらない。皇帝決まったら、きっと安全」

 皇帝の継承者が決まるまでは、安全のためこのまま城にいろと言うことだろうか。

 エリザベスは抱きしめられている肩越しに口をへの字にしていた。

「お城の外で待ってたら駄目?」

「おすすめ、できない」

「…お風呂、入りたいな。ちょっとお湯をもらえたら…」

「お風呂…?」

 フロランの腕に力が入った。

「お湯もらいに行けばいいの? どこに行けばいいかわからなくて。それと夜ちょっと寒いから、暖炉使わせてもらえるとありがたいんだけど。薪のあるところ教えてもらえたら、自分で火起こしくらいするから」

「…わかった」

 明らかにフロランの声が恐くなった。それなのにエリザベスを見る時には笑顔を忘れていない、それが余計に恐かった。


「荷物、これだけ?」

 フロランは床の上に置かれていたエリザベスのトランクを閉じ、持ちあげた。

「部屋、違ってた。来て」

 エリザベスは返してもらったダガーだけを持ち、フロランに言われるままついて行くと、途中ですれ違った侍従らしき男が荷物を運ぶフロランを見て慌てて荷物を持とうとした。それをフロランは拒否して通り過ぎた。

”私の客を軽んじているのか?”

 追いかけてくる相手の目も見ず、歩みを止めない。フロランの怒りが伝わってくる。

”客人に対して、明かりも少なく、暖炉も風呂も用意しない。これがこの城のもてなしなのか? 預けた剣も返っていない。荷物を開けられ、中の金が抜き取られているようだが”

”す、すぐさま、すぐさまお調べし…”

 うろたえる侍従に、フロランの声は厳しかった。

”一時間以内に報告を”

 侍従はフロランを追うのをやめ、走って対応に向かった。


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