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イングレイ語の成績は上昇しているが、見合いの方は赤点まっしぐらだ。
会わなきゃいけないと思うと胃が痛くなるような相手との苦痛の時間。
前回また服装にクレームが入ったことを父にぼやいたところ、服を買うよう父から言われた。どうせ買うならウィスティアで買いたい。花の都でお買い物だ。
その週末は家に帰らず、執事のジョセフに来てもらって一緒に街をうろつき、大通りの店で服を見繕うことにした。
途中で女の子連れのフロランを見かけたが、向こうは気がつかなかったようだ。女の子は楽しいデートにキャッキャとはしゃいでる。淡いグリーンに小花の刺繍が舞うワンピース。清楚な感じで彼女に良く似合っている。きれいに左右の髪を編み込んで、同系色のリボンでまとめている姿は好印象だ。ただしエリザベスが着ても似合いそうにはないが…。
めいっぱいおしゃれしたかわいい子を連れて歩くと、相手の男もああいうほんわかとした顔になるのか。ちょっと勉強になった。
何件か店を回ったがいまいち決め手がなく、次に見かけたのはスペンサー商店と書かれた服屋だった。あのスペンサー家と関係のある店かもしれない。ちょっと気になりはしたが、ウィンドウに飾られた爽やかなレモンイエローのスカートが目を引いた。似合うかどうかはわからないが、当たって砕けろだ。
見合い相手に「さえない」と言われるセンスのなさ。アクセサリーもつけず、リボンさえもなし。そんないかにもおしゃれに興味のなさそうな客に、店員の反応は鈍かった。
「あそこに飾っている黄色のスカートを見たいんですけど」
そう言ったにもかかわらず、店員はすぐ近くにあった服を手に取ると、
「あれよりもこちらの方がお客様にはお似合いですよー」
と勧めてきた。
チェリーピンクのふわふわ系ワンピース…。一目見てこれは似合わないヤツだと思ったが、勧められた手前、鏡の前で当ててみた。胸元にはリボン、裾にはフリルをふんだんに施した可愛いさアピールのワンピースはエリザベスの健康的な肌の色が浅黒く浮いて見えて、とても似合っているとは思えなかった。しかし店員はやたらと褒めまくってぐいぐいとそれを押し付けてくる。
若くはない執事ジョゼフに目をやったが、ジョセフは女性のファッションなどわからず、
「お嬢様の良いように…」
で全てを投げ出している。エリザベスが家にいた頃から年頃の若い侍女などおらず、そもそもおしゃれ好きな侍女がいたならエリザベスがこんなに無頓着なるまで放っておくはずがない。父親も、この侍従も、ばあやでさえその環境を気にかけることなく育ってきたのだ。エリザベスがこうなったのも本人だけが悪いとは言えないのだが、今更そんなことを言っても意味がない。
店員のよくわからない説明が面倒になって、とりあえず勧めてきたそれを買うことにした。自分にはわからないが、世間一般ではかわいい女の子として受けるのだろう。
髪飾りはセットだからと一緒に詰められたが、値段は別についていて、支払いに加算された。押し売りか。さらに靴や鞄なども勧められたが、それ以上は断った。
ジョゼフが支払いの手続きをし、シーモア子爵家のご令嬢だと知ると、相手の態度が一転した。
「ほ、他にもこちらなどいかがですか? あ、やはり靴もそろえた方が…」
店の奥にある高級品を勧めだし、目がぎらついている。こんな怖い店に長居は無用と、とっとと店を出た。買い物をし終えたにもかかわらず、眉間にしわが寄ってしまった。
他の店で靴とストッキングを買い、通りすがりの武器屋でかっこいいダガーを見つけた。鞘に銀の蔦の象嵌がされ、切れ味もよさそうだ。ジョゼフに必死に目で訴えかけたが、首を横に振られた。
「こんな面倒な見合いを我慢してるのに、ご褒美の一つもないの?」
「お相手が決まりましたら、その時に旦那様にお伺いしましょう」
相手が決まったら今日買ったような服やら髪飾りやらに金がかかり、絶対にダガーなんて買ってはくれないだろう。世間では「妻」という種類の女は守られるものだと思われているのだから。
支払いのためにわざわざここまで来てくれたジョゼフに、今日買った服とみんなへのお土産の焼菓子セットを預け、エリザベスはジョゼフと別れて寮に戻った。
今日一番の収穫は自分用の焼菓子だった。




