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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第四章 アビントン編 復路
41/60

4-5

 パーティが終わるまでまだ時間があり、エリザベスは外周りの警備に戻ろうとしたが、会場を出たところで隊長に呼び止められ、辺境伯邸の一室に連れて行かれた。通された部屋には誰もおらず、待っていると辺境伯ヘンドリックと騎士団長シリルが入ってきた。ヘンドリックは貴族の正装、シリルは騎士団の正装をしている。


 イングレイ帝国に行くにはアビントン辺境騎士団を退団することになる。退団届を出して終わりと思っていたが、最後の面談だろうか。班の足を引っ張っていると評されているエリザベスがやめたところで気にもしないと思っていたのだが。


「本当に、イングレイ帝国に行くのか?」

 疑いを持った問いかけに、エリザベスは

「はい」

と即答した。そこに迷いはない。

「女の身で当騎士団で三年も勤め上げるのは並大抵ではなかっただろう。ここは辺境地でありながら治安も悪くない所だと自負している。おまえの故郷も近いと聞いた」 

 何故今更そんなことを言ってくるのか、エリザベスにはわからなかった。まさか引き留めたいのだろうか。その理由がわからない。家格の高い令嬢を供にしたい国王のいやがらせか、それともまさかエリザベスの父親が引き留めて欲しいとでも頼んだのか。何にせよエルヴィーノの申し出を受けた今となっては今更だ。


「…あの……。私のこと、興味ありませんよね?」

 団を統括する二人を前にして、エリザベスは疑問に思ったままを尋ねた。あまりに直接的な表現でヘンドリックもシリルも驚かずにはいられなかった。

「いや、そんなことは…」

「今日だって、私が会場にいなくても、殿下がお呼びになるまでお気づきにならなかったのではないですか?」

「…王都からの来客の対応で手が回らなかった」

 図星だ。会が始まってずいぶん時間が経ってからの声がけだったので、そんなことだろうとは思っていたが。

「お察しします」

「招待状やドレスが届いてなかったことは監督不行き届きだったと認める。…すまなかった」

 頭を下げるヘンドリックを見て隣にいたシリルが驚いていた。招待状やドレスが未着だったことをシリルは知らなかったようだ。

「犯人は見つけ出して注意すべきだと思います。きっと私がいなくなっても別の人に『意地悪』を繰り返すでしょうし、…私はもういいですので。明日、退団届を出します。今までありがとうございました」


 エリザベスはすっきりとした表情をしていた。

 元々引き留められるとは思っていなかった二人は、早々に説得を諦めた。

「丁度この場にいることだ。団章を返してもらおう」

 シリルに言われて、エリザベスは団章を襟から外したが、ヘンドリックではなくシリルの前に手を差し出した。当然自分に戻されると思っていたヘンドリックは怪訝な顔をした。シリルも同じだった。

「これは閣下にお返しする物だろう」

 エリザベスの礼儀知らずな行為にシリルはいつになくきつい口調で叱り、エリザベスを睨みつけ、腕を組んだまま受け取り拒否を示した。


「団章は団の決意の証。託した方に戻すものと教わりました。私は団長からお預かりしましたので」

 エリザベスは直接渡すのを諦め、シリルの目の前に団章を置いた。

「これで閣下から団章をいただけなかった四人全員退団ですね」

「? 何のことだ?」

 ヘンドリックは本当に覚えていないようだ。ヘンドリックにとって入団式途中の中座は記憶にも残らない程度のことだったらしい。


 エリザベスはずっと心に引っかかっていた。自分は悪くないのに、直接団章を渡す価値もなかったのだと悪口のネタにされ、不愉快な思いをした時期もあったが、言った側も、言われた側もみんなやめてしまい、今でも気にし続けているのは自分だけだった。儀式の小さな省略。誰が団章を手渡したかなど、こだわるほどもない些末なことだったようだ。


 晩餐会もパーティも終わり、明日には王都の貴族達もアビントンを離れるだろう。道は混み、余計なけんかがありそうだ。

「急な退団でご迷惑をおかけします。既に割り当てられている明日の警備は入ったほうがいいでしょうか」

 エリザベスは気を利かしたつもりだったが、

「その必要はない。既に団章も戻されている以上、団員として活動することは認められない」

 団長であるシリルからそっけなく断られた。あれだけ大勢の前でやめると言った後だ。部屋の片付けや退団の手続きもあり、警備につかなくていいならその方がありがたい。

「わかりました。今までありがとうございました」

 面白くなさそうな二人を前に、エリザベスはさらりと一礼して部屋を出た。



 会場周辺の警備も控えた方がいいだろうか。

 外にいた団員に声をかけると引き続き警備を頼まれたので、ある程度客が帰るまで警備を続け、早めに切り上げさせてもらった。

「おう、また明日な」

 パーティのことを知らない団員からそう言われ、手を振って別れたが、これで騎士団の仕事は終了だ。


 部屋の荷物をまとめなければ。大したものはないが、それでも三年を越えて過ごした部屋だ。

 エルヴィーノ皇子一行のイングレイ帝国への出発はあさっての予定だ。出発までに荷物を片付け、あれこれ手続きをするとなると忙しくなりそうだが、仕事もなくなったことなので明日に回すことにした。


 この後、久々にフロランに会う。エリザベスの頭は既にそっちに向いていて、思わず漏れ出す笑みを抑えながら、スキップしそうな小走りでメモに書かれていた場所に向かった。


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