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ある日、フロランがいつもと違う動きをしていた。
目線の先には長く真っ直ぐな銀の髪が美しい、凛とした美人。あれは確かブリジット・ラムジー公爵令嬢ではなかったか。近寄りがたいところがあるが、高貴な姫君にあこがれる人も多いと聞く。
彼女が近づくとフロランは顔を背けて俯き、目を合わせないようにした。そのくせ通り過ぎた後ろ姿を目で追い、眩しげに目を細めている。気さくな素振りで周りの女の子達に見せる姿とは全く違っていた。
そんな光景を何度か見かけ、その日もたまたま通りすがりにそのシーンを目撃したエリザベスが、
「もしかして、好きなんですか? ブリ…」
面と向かって問いかけたエリザベスに、フロランは即座に口を手でふさぎ、そのまま引っ張って空き教室に入ると、目つきを鋭くし、穏やかでない黒い笑顔を向けてきた。
「鈍そに見えたけど…、あなほれないね」
「侮れない」と言いたかったようだが、あえて指摘は避けた。
聞いてはいけないことだったのかもしれない。知られたくない恋心だってあるものだ。エリザベスは恋にときめいたことはなく、女の子同士で恋バナをする機会もないせいで、デリケートな話題に慎重さが足りなかったことを反省した。
しかしどうやらフロランは開き直ったようだ。
「それじゃ、協力して、ね?」
声のトーンを軽くし、令嬢を侍らせている時のような柔和なカワイイ系の笑顔をエリザベスに見せた。これは相手に取り入る時のポーズらしい。しかしエリザベスはきゅんともすんとも感じなかった。
「彼女の情報、ほしい」
「情報…? ブリジット嬢は確か婚約者がいますよ」
「ノープロブレム! ワタシ不埒者違う。情報欲しいだけ」
もっともらしく説得してくるが、今のエリザベスの脳内リストで女性関係では信じてはいけない人の上位にいるフロランを前に、エリザベスの警戒心は消えない。
「ダイジョブ、簡単な仕事。何が好き、花の何、食べ物、宝石、色、何でもね。悪いことしない。好きな人に誠実、これ当たり前」
その程度の情報であれば何とかならないこともない、かもしれない。しかし、婚約者がいる女性に手を出すつもりなら、加担するようなことはしたくない。
警戒心を表に出してにジーッと睨みつけてくるエリザベスに、フロランは新たな戦略を思いついた。
「これはチューターの仕事デス。イングレイ語、教える。ブリジット・レポート、イングレイ語で書く。ワタシ、間違い直す。話すも練習するよ。エリジャベシュ、イングレイ語ダメダメ、カイメッツテキ」
チューターの仕事と言うが、チューターはエリザベスの方だ。その話だとチューターがエリザベスからフロランに入れ替わっているではないか。
しかし先生があえてエリザベスにフロランの世話を勧めてきたのは、少しはエリザベスの語学の足しになることも想定していたかもしれない。多少たどたどしさはあってもフロランがこの国の言葉であるルージニア語がわかるのをいいことに、今までの案内も含めて会話は全てルージニア語で通してきた。国に来た留学生なのだから、ルージニア語を上達させるためにもそれで通すのが筋だと思っていたのだが…。
宿敵イングレイ語を前に怯んだエリザベスに、フロランは勝利の笑みを浮かべた。
「よしね。じゃ、次、一週間後、ブリジット・レポート、よろしく!」
引き受けるとは言っていないのだが、フロランは話がまとまったとばかり笑顔で手を振って、早々に教室から出ていった。




