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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第二章 フォスタリア編
23/59

2-8

 次の日は雨だった。道はぬかるみ、気温が下がって肌寒く、幌では十分に雨も凌げないので早めに移動を切り上げて宿を取った。雨が上がってもしばらくは道はぬかるむだろうから、明日も思ったほど進めないと思った方がいい。アビントンに着くのは明後日になりそうだ。


 食事をしながら食堂の噂話に耳を傾けると、この辺りで子供を攫って人身売買していた賊が捕まった話をしていた。昨日の連中の事だろう。最近フォスタリア東部で誘拐が頻発していて、あの子供達はここからそう遠くない村の子で無事親元に帰ったようだ。助けた人を探しているらしいが、礼を言うにしろ、事情を聴くためにしろ、縛ったまま子供を運んだことを文句を言いたいにしろ、今は目立ちたくない。見つからないことを祈るしかない。


 馬にもあとちょっとだからと声をかけ、買って来た野菜を与えた。この旅ですっかり顔を覚えてくれたらしく、エリザベスが近づいて声をかけると嬉しそうに耳を動かした。一人ではないんだと感じながら、馬に励まされる自分がちょっと情けなく感じた。


 うつらうつらとは眠っているが、気を抜けず、周囲への警戒もある。この宿が安全だと言い切れるなら一晩でいいから深く眠りたいところだが、そうもいかない。

 部屋で椅子に座ったまま目を閉じ、仮眠をとったのは三十分ほど。物音で目を覚まし、剣を手に取り見回りに出かける。それを繰り返すうちに朝が来た。雨は上がっていた。




 次の日には青空が広がっていた。前日の雨で所々ぬかるみはあったが車輪を取られるほどではなく、アビントンに近い街メイプルについてもまだ時間があった。メイプルで昼食を済ませ、その日はメイプルで泊るつもりだったがもう少し足を延ばし、その先の小さな町チークまで進むことができた。ここまでくれば明日にはアビントンに着ける。


 知っている町だというだけでずいぶん心が軽くなった。チークは宿はあまり数はないが混雑することはなく、泊ったことのある宿で部屋が取れた。


 相変わらずフロランは宿に着くなりエルナを抱えて部屋に行き、エリザベスが荷物を運び、以後は二人は部屋から出ない。警戒を続ける二人に対し、自分だけ心が緩んでいるのに気がつき、今一度気合を入れ直した。


 荷馬車を宿の奥に入れ、馬を馬車から外していると、

「おう、エリザベスじゃないか」

 声をかけられた方を振り向くと、この馬車を借りているノヴェル商店の店員ロバートがいた。

「友達ん所行ってきたんだってな。楽しんだか?」

「おかげさまで。メイプルからの帰り?」

「ああ、昼のうちに納品を終えて、今着いたところだ」

「空き瓶回収、大変だったでしょ? ごめんね」

「まあそんなにたまってなかったからな。許してやるよ」

 すぐ隣に止めてあったロバートの荷馬車には空き瓶の入った箱が積まれていた。瓶は必ずしも返してくれる訳ではないので、二週間溜まっていても納品数より少なく、空箱もある。エリザベスの馬車より軽そうだ。


「ちょうどいい、うまいもの食いに行かないか?」

「いいね。ちょっと準備してくる」

 エリザベスは二人の食事を部屋に運び、知り合いに誘われたから食事に出かけると伝え、ロバートと共に宿の近くの店に食事に行った。護衛としては褒められた行動ではないが、ロバートはこの馬車を借りているノヴェル商店の店員。「ただの商人」なら同僚の誘いを断る方が不自然だ。



 ロバートが案内してくれたのは家庭料理の店で、価格は庶民的で量があり、味もいい。ロバートは酒を頼み、エリザベスも勧められたが遠慮した。連日寝不足続きで、今飲むとうっかり寝落ちしそうだ。


 最近のメイプルでの売れ筋商品や、シーモア領の新しい商品開発の話、ロバートの子供のことで盛り上がっているとのろけ交じりの結婚生活の話になり、何故かエリザベスの縁談を世話してやるとおせっかいな申し出があったので、笑ってお断りした。

 今のところ、エリザベスの旅は怪しまれていないようだ。


 ほろ酔いで機嫌のいいロバートと共に宿に戻ると、門のところで宿の中を覘いている人影を見かけた。エリザベス達が近づくと通行人のふりをして立ち去ったが、怪しい動きをする者には警戒したほうがいいだろう。


 フロランとエルナの部屋に行ったが、二人は特に変わりなく、部屋を訪ねて来た人もいなかった。

 まだ空き部屋があったのでもう一部屋追加でとり、念のため二人を別の部屋に移動させた。元の部屋の明かりはそのままつけておき、夜更けに部屋に行って明かりを消した。

 狭い室内で剣は長すぎる。ダガーを握りしばらく待ったが、窓からも廊下からも侵入者はなかった。そのままその部屋で夜を過ごしたが、取り越し苦労で済んだ。


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