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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第二章 フォスタリア編
18/59

2-3

 アビントン領では祭りが終わり、先週までは警備に忙しかったが今は比較的落ち着いている。

 騎士団に入ってから非番以外に滅多に休みをとることはなかったが、この機会にまとめて休みを取れないか職場に行って班長に聞いてみた。

「友人に会いにフォスタリアに行きたいので、十日ほど休みをいただきたいのですが」

「おまえが休みを取るとは珍しいな。たまには羽根を伸ばしてくるといい」

 十日でも難しいかと思っていたが、なんともあっさりと二週間の休みがもらえた。許可証を渡すだけで済むのなら、うまくいけば七日もかからず戻って来られる。

 大丈夫。自分の決意に重ねて「ダイジョブ」と片言の幻聴が聞こえた。



 エリザベスはアビントンの役所に行き、入国許可証を発行している担当係に声をかけた。今日の担当は仕事で何度か顔を合わせたことのあるリントンだった。

「友達が入国許可証がまだ届かないって言ってるんだけど、調べてもらえる?」

「おまえ、外国に友人なんていたのか。…どこの国の何て人?」

 どこの国…。イングレイ? いや、帝国の名で申請したりはしないだろう。確か手紙に…

 そう、へリングスの酒、と書いてあった。

「へリングスのフロラン・バルリエ、夫婦で届けがあったと思うんだけど」

「へリングスね。へリングスの…、ば、ば、ば、…、あれ? 本紙がまだここにあるぞ? 送り忘れかなぁ」

 申請書類を確認するリントンに、

「今、もうフォスタリアまで来ちゃってるんだって。私が代わりに受け取って届けてもいいかな」

「ああ、いいよ。代理受け取りサインをここに…。身分証もってる? …OK」


 知った仲ではあるが身分証を提示すれば、サイン一つで代理で入国許可証を受け取れた。

 手に入れてしまった以上、行かなければいけない。元々行く気だったが、手にすると紙一枚なのにひどく重く冷たく感じ、指先が震えた。

 これを持っていれば入国は簡単だし、手慣れた商人らしく見えるだろう。事前に申請していれば入国時に受け取ることもできるがまだ入国審査は混雑していて確認に時間がかかり、確認できなければ数日足留めされることもある。


 フロラン・バルリエ、そしてエルナ・バルリエ。

 フロランが本当に生きているかもしれない希望と共に、並ぶ名前に月日の流れを感じ、ほんの少し寂しさを感じた。




 エリザベスが学生時代からアルバイトに行っていたノヴェル商店は、毎週フォスタリアの街メイプルに納品に行く。夏休みには何度か一緒に連れて行ってもらったこともある。曜日通りなら丁度明日だ。騎士団に入ってからも付き合いはあり、無理を聞いてくれるかもしれない。

「明日のフォスタリアへの納品、私が行ってもいい? 休みをもらえたから、そのまま馬車を借りて友達のところに行きたいんだけど」

 エリザベスが遠慮気味に尋ねると、エリザベスが世話になっている領主の娘だと知っているノヴェルは

「ああ、いいよ」

と快く承諾してくれた。

「ただし、この前買い替えた馬車は出払ってるから、友達を乗せるにはちょっと貧素だぞ」

「全然大丈夫。…空き瓶の回収はしなくてもいい?」

「仕方がないなあ。まあいいさ、楽しんで来いよ」

 瓶詰めの納品では、使い終わった瓶の回収も仕事のうちだが、持ち帰らなくてもよければ荷物を減らせ、メイプルから先の旅に馬に余計な負担をかけずに済む。この旅はそこから先こそ真の目的なのだ。

 エリザベスは突然の無理な申し出を快諾してくれたノヴェルに感謝した。

「ありがとう。じゃ、これとこれ、一緒に積んどいて。お土産にするから」

 エリザベスは最近売れているらしい野菜の酢漬けとオレンジのシロップ漬けをいくつか買い、馬車に乗せておいてもらえるよう頼んだ。

「明日朝一番で来るから、よろしく!」



 旅は決まった。

 部屋に戻ると制服をクローゼットに片付け、そのポケットに手紙を残した。

 私用で出かけた事で騎士団に不都合なことがあれば、退職扱いにしてもらっても構わないこと。

 父には戻れなくなった場合も助けに来ないこと。家の責任を問われれば縁を切ってかまわないこと。

 ノヴェル商店の商店主には馬車や馬を返せなかった時は父に請求してほしいこと。


 手紙は事務文書のようで、箇条書きにしかならなかった。

 何かあった時、こんな書き置きでどうにかなるとは思えないが、できるだけ個人の咎で済むようにしたかった。休みの日に友達に会いに行くことにどれほどの罪があるかはわからないが。



 自分の荷物はできるだけ少なくし、今まで稼いだ全財産を準備した。騎士団から支給されている物は見た目ではわからない剣であっても置いて行き、私物の剣と愛用のダガーを用意した。騎士団の張り込みで使う男物の服を出し、この機会にいつもは結んである髪を短く切った。鍛えても思ったほど筋肉がつかない体でも少年くらいには見えるだろう。


 早朝、騎士隊の宿舎を出て店に行くと、アビントン領内の商店の通行証を預かり、瓶詰めを載せた幌付きの馬車でルージニアの国境を抜けた。


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