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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第一章 学校編
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 その後、一度だけイングレイ語のレッスンをしたが、学校の授業のようであまり楽しくなかった。フロランからブリジット・レポートの提出はなかった。エリザベスは自分でも無茶を言った自覚はあったので、レポートの提出を求めなかった。

 その次の週からフロランは学校を休み、イングレイ語のレッスンは中止になった。



 あの後フロランはラムジー家に行ったようだと、学校で護衛を引き受けているグレン・オコナーから聞いた。

 イングレイ帝国の第六皇子フロレンシオ、それがフロランの正体だった。

 辺境伯からオコナー家に内密に依頼があり、グレンは校内でのフロランの護衛役を引き受けていた。他にも数人、騎士を目指す学生が実習を兼ねて護衛を務めていて、グレンが履修していない科目を受けている時は他の誰かがついていたが、あくまで校内だけ。学校は校内での事件・事故には警戒していたが、本来はフロラン自身が護衛を雇うべきで、お忍び留学の私的な活動は自己責任になっているようだ。

 街で女の子とデートしている時、護衛らしき人は見かけなかった。良家の子息だけど貴族ではないという学校の説明通りだと思っていたのに…。



 アビントンの西にはフォスタリア王国があり、その向こうがイングレイ帝国領になる。フォスタリアは何度か帝国に占領されそうになり、フォスタリアとルージニアは同盟を結んでイングレイ帝国を牽制してきた。フォスタリアが帝国領になれば次はここルージニアが狙われる。フォスタリアを守ることはルージニアを守るのに等しい。

 国内でも火種を抱えているイングレイは今はフォスタリアを侵攻する様子はなく、国境の兵も呼び戻されている。しかし和平条約が締結されたわけではなく、警戒は続いている。


 皇帝がこの国の重鎮であるラムジー公爵と第六皇子の縁を結びたがる程度には、この国に興味を()()()()()()ようだが、状況が変わり、皇帝の命であっても解消に支障がなくなったのだろう。ブリジットとフロレンシオ皇子との婚約は解消になった。そのことはつい先日ブリジットとケンジントン侯爵家の長男エリオットとの婚約が発表されたことが暗に示していた。

 有力貴族の慶事に社交界は祝賀ムードで満ちていた。その裏に解消された婚約があったことなど覚えている者は少なく、気付いていたとしても口にする者はいない。


 フロランのことを思うとエリザベスは胸が痛くなり、おめでたい話なのにどうしても素直に喜ぶことはできなかった。




 エリザベスが夜更けに部屋で過ごしていると、寮の窓に何かが当たる音がした。窓を開けて見ると、フロランが下にいた。フロランを見たのは三週間ぶりだった。

 周囲に気付かれないようにそっと下に降り、建物から少し離れた木の影に隠れた。

 しばらく見ない間に少しやつれたように見えたが、相変わらず柔らかなな笑みを浮かべている。この表情を作るのは癖になっているようだ。


「国に帰る、…さよなら言いに来た」

「ブリジット様に…、振られたから?」

 エリザベスの言葉にもフロランは笑顔を陰らせることはなかった。

「失恋、勉強やめて家帰る。…それ、面白いね。それでいいよ」


 フロランは持っていた鞄から何かを取り出し、エリザベスに渡した。

「宿題。それと、お礼、…お詫び?」

 数枚束ねられた紙が手の上に置かれ、その上にきれいにラッピングされリボンがついた箱が乗せられた。見た目より重量感がある。

「あ、ありが…」

「父死んだ。国、戻らなければいけない。…みんな、内緒ね」

 皇帝が死んだ。

 顔は笑っているのに緊張感があった。エリザベスもどきりと自分の心音が大きくなるのを感じながらも、言葉にならなかった。

 エリザベスは噂に疎い方ではあるが、これだけの大きな事件ならすぐに広まっていてもおかしくないのに。箝口令が敷かれているのではないだろうか。エリザベスが聞いてもよかったのだろうか。


 弔意も言葉にならず立ちすくんでいるエリザベスに、フロランはそっと手を伸ばし、指先が頬に触れた。

「ワタシ、エリーの甘い、腹立った。何も知らない。苦労しない。疑わない。簡単信じる。それでも生きるできる。みんなに守られてる。…とても、羨ましかった」

 何故別れる今、自分の事を悪く言うのだろう。それなのにどうして笑っているのだろう。むかつくのに、フロランが浮かべた笑みがあまりに切なくて、怒りが打ち消されてしまう。

「ワタシの国、(すき)ある人、生きていけない。ここ、いい国。エリー、ここで生きる人。ワタシ…、ここで生きる、…できない…」

 

“サヨナラ”

 フロランはイングレイ語で別れを告げた。エリザベスはイングレイ語の師匠に学んできたイングレイ語で答えた

“トモダチヤケン。イツデモ モドットイデ。マットルケン”


 もう二度と会えないのはわかっていた。会えたとしても、もう友達ではいられない。それでもそう言わずにはいられなかった。

 フロランは今にも泣きそうな顔になり、エリザベスの頬に軽く唇を当てると、そのまま背中を向け、振り返ることなく夜の闇の中に消えていった。


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