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毒を飲みました。

作者: めかぶごはん

ご都合主義展開が多いので、お気に召さない場合はすぐにブラバをお願いいたします。





「先程、毒を飲みました。あと、数時間ほどで(わたくし)は死にます。あなたに殺される前に、私は私を殺すことにしました」



……目の前の夫は信じられないというような顔で見ているけれど、どうしてそんな顔をしているのかしら?

殺そうと思っていた相手が自分から死ぬなんて、こんな嬉しいことはないでしょうに。


十歳の頃から、十五年間。

終ぞ、あなたは私のことなんか見てくれなかったのに。



***



十の時、婚約を結んだ。

公爵家に生まれ幼い頃から王妃になる為に育てられる私と、第一王子として生まれ国王となる為に育てられる彼は、お互いに結ばれるべき相手だった。

人の上に立つ者として、教養を、マナーを、毎日のように教育を受けた。



十五の時、学園に入った。

小さな社交場とも呼ばれる学園は、殊更気を引き締めなければいけなかった。成績優秀かつ品行方正は当たり前だった。擦り寄ってくる者、貶めようとする者、興味を示さない者、それらを見定め常に次期国王と次期王妃である事を示し続けた。



十九の時、結婚した。

国一番の教会で、国一番の幸せ者だと見せつけた。王族の象徴でもある大粒の宝石をあしらったティアラ、高価な絹と繊細なレースで作られた豪奢な純白のドレスと揃いの礼服、王城内でしか見ることが出来ない青の薔薇を国中で飾り、国民からの祝福を受けた。



二十一の時、国王と王妃となった。

前国王と前王妃は、もう二人に任せても大丈夫ねと。最初の頃は、机に載せられた書類が減らず、お互い寝る間も惜しんで執務に励んだ。その間にも、貴族女性を掌握するべく毎日のように茶会や夜会に出席した。



二十三の時、彼は側妃を娶った。

私は何年経っても子が出来なかった。側妃には私と同い年の伯爵令嬢が選ばれた。学園の頃から知っている彼女に不満はなかった。



二十四の時、側妃が子を産んだ。

王子だった。彼女の髪色である淡い水色に彼と同じ薄紫の瞳だった。誰も彼もが祝福の言葉を口にした。



そして今、私は死ぬことを選んだ。



***



「……何を、言っているんだ?」


「ですから、私はあと数時間で死ぬと申し上げました」


「意味が分からない。何があった?何を考えている?」


「あなたの執務室にある飾り棚の後ろ。そこに、毒薬が置いてあるでしょう?」


……あら、びっくりしているわ。たしかに上手く隠せていたものね。


「あれがなんだと言うのだ」


「私を殺すための毒。隣国のさらに隣の国の暗殺組合に頼みましたでしょう?」


「……違うっ!なぜ私が君を殺さなければならないのだ!」


「あら。だって私を殺して、想い人であった側妃を正妃にするのでしょう?」


「……本当に何を言っているんだ?私はそんな事考えてはいない!」


……本当にあなたは嘘吐きね。

あなたの嘘に気付いたのはいつだったかしら。


「あなたは幼なじみだった彼女が好きだった。それでも、次期国王として私との婚約を結ばなければならなかった。あなたに殺されるくらいなら、私は自分で死にます」


伯爵令嬢であった側妃は、私よりも前に彼と出会っていた。まだ幼い頃、避暑地として有名な彼女の領地に遊びに行った時に出会ったらしい。

お互いに一目惚れし、子供ながらにずっと一緒に居ようと言い合っていたという。



***



その想いに気付いたのは、学園の頃だった。

ふいに見た彼の薄紫の瞳が、隣にいる私ではなく彼女を見ていた。淡い水色の髪が風に靡いて、彼はその様子を焦がれるように見つめていた。

それに気付いた時の虚しさは今でも忘れない。


「君とならばこの国を治めていける」


そんな言葉を吐きながら、彼は私の奥にいる彼女を見ていた。

それでも、彼は国王にならなければいけなかったし、私も王妃にならなければいけなかった。

お互いに個人の感情を無視し、国の為に生きなければいけなかった。

それで終わると思っていたのだ。



二人の計画に気付いたのは、結婚してすぐの頃だ。

あの伯爵令嬢は婚約を結ばず、文官として城に働きに来ていた。時たま、彼の執務室にも足を運んでいた。

そして、気付いたのだ。彼女を側妃として娶るのだろうと。

それでも私は気にしなかった。正妃としての立場が揺るがなければ、それで良いと思ったから。



結婚して三年が経った頃。


「君だけを愛している。しかし、子が出来ないと王家が続かない。本当にすまない」


そう言って渡してきた書類には、側妃となる者の名前が、彼女が、候補に挙がっていた。

私はかしこまりましたと告げた。迎える準備をする際、どんな物が彼女に合いそうかと質問すれば、彼は喜びを抑えながらも目録を何度も見ていた。




彼女を迎えても、彼は嘘を吐いた。


「君だけを愛しているんだ。君だけが私の正妃だ。彼女の所には、妊娠しやすい時期にしか通わないよ」


まるでその言葉を真実にするように、月に数度だけ側妃の元を訪れ、それ以外は私と共に夫婦の寝室で寝てくれた。




また、嘘を吐く。


「彼女が子を宿した。君に負担をかけてすまない。ただ、いつも言っているように君だけを愛している」



子が産まれた頃、とある噂が聞こえてきた。


正妃である私を殺す。


遠い遠い国の暗殺組合に頼んだ、遅効性の毒。

それを使えば、病気に見せかけて殺すことが出来る。



***



「……なぜ。なぜ君は、そんなことを知っている。いや、待て。毒を飲んだのが本当ならば解毒薬はどこにある!?早く飲め!」


「そんな物用意してありませんわ。なぜ知っているのかはご想像にお任せします」


「話は後にしてくれ!解毒薬がないだと!?おい、近衛!王宮侍医を呼んでくれ!早く!」


「ふふっ。そんなに叫んだら声が枯れてしまいますわ」


「笑ってる場合じゃない!君を殺すなど考えてもなかった!色々と時期を見て話すつもりだった!本当だ!信じてくれ!」


「あなたのことは、ずっと信じておりますよ。私を愛していると言ったことも、私だけが正妃ということも、何もかもが嘘だったということを」


「違う!たしかに彼女のことを好いていた事がある!しかし、その想いなどもうない!君しか見ていない!」




その時、バタバタと足音が聞こえて大きな音を立てて扉が開いた。


「陛下!侍医を呼んでまいりました!」


「早く王妃を!毒を飲んだ!絶対に助けろ!」



拒否する間もなく、彼に水を飲まされ口に手を入れられ吐く。何度も何度も繰り返される。


「全て吐け!私を残して死ぬなど許さん!早く毒を調べて解毒薬を持ってこい!」


「ごほっ。あなたの、そんなお顔は、初めて見ました」


「君は馬鹿だ!君の勘違いを訂正してやる!だから生きろ!」



だんだんと目蓋が重くなってくる。私は死ぬのだ。

彼が何かを言っているが、聞き取れない。



***



身体が重い。

ぼんやりと、月明かりが照らしている。

ここはどこだろう。私は地獄にでも堕ちたのだろうか。


「キャロ!起きたのか!?ここが分かるか!?」


彼の声がする。


水分が足りないのか、喉が張り付いて声が出ない。

それに気づいたのか、彼がそっと起き上がらせてくれた。


「水だ。そう、ゆっくり飲んで。お腹も減っているだろう?君の好きだったスープを用意してもらおう」


「ここ、は?」


「毎日寝ていた、夫婦の寝室だ。蝋燭を灯そう。少し待ってて」


そう言って、枕を積んで私を凭れさせると彼は部屋を出ていった。


少し経って、彼は燭台を持ってきてサイドテーブルに置いた。また、部屋を出ていったと思ったら、ワゴンを引いて戻ってくる。


「キャロ、スープは飲めそう?果実水の方がいい?」


「わた、しは、死んで、いない?」


「君は生きている。 一月、眠ったままだったけど」


「ど、して……。わたし、は、ひつよう、ない、でしょう?」


そう言うと、彼は大きく息を吐いた。


「その事については君が回復してから話そう。まずは元気にならないと。……はっきり言っておく。私は君を、キャロを愛しているから助けた。また死のうなど考えるな。水を、食事を取らないというなら、私が力ずくでも食べさせる。眠れないというなら私が子守唄でも歌おう。もう一度言う。キャロを愛している」


ポタポタと、私の顔に雫が落ちる。

温かいそれが、どちらのものか分からない。


「……死ななくて良かった」


「フィー、の、ないている、かお、はじめて、みた」


「ははっ。キャロに泣いている顔など見せたくなかった。でも、こんな事になるくらいなら、全てをさらけ出せばよかった」



スープを数口と水を飲ませてくれたあと。

彼は私を抱き締めながら、初めて子守唄を歌ってくれて、眠りについた。



***



目が覚めてから、一月が経った。

私は毒の後遺症で手足に麻痺が残った。幸運なことにそれは薬を飲めば回復するらしく、私はベッドの住人としてこの一月を過ごした。


その間。


「キャロ、スープは飲めそう?フルーツの方が食べやすいか?」

「キャロ、好きそうな本を持ってきた。私がめくるから一緒に読もう」

「キャロ、今日は流星群だって。私が抱き抱えるから一緒に星を見よう」


彼はずっと看病してくれた。執務をどうしたのかと尋ねれば、前国王陛下と前王妃様を呼び出し助けてもらっているという。私の事は放っておいて構わないと伝えれば、眉を吊り上げて怒る。そんな顔も初めて見た。




「キャロ。あの時の話をしよう」


段々と身体が動かせるようになった頃。

彼が話を切り出した。


「私は、全て、勘違いしておりましたか?」


「……私が彼女を好いていたのは本当だ。私と君が結婚する事は決まっていた。だから、その気持ちは学園にいた頃に全て昇華したんだ。君が気付いていたとは思いもしなかった。気付かせてしまった事自体、本当に申し訳ないと思っている」


「彼女が側妃候補に挙がったのは?」


「大臣たちが候補を選んだだけだ。そもそも、君に子が出来なかったのには理由がある。気付いた時には、ちょうど側妃を迎えた後だった。全てが後手に回り、君を傷付けた。すまない」


「なぜ、でしょうか?」


「君につけていた侍女の一人が、君に避妊薬を飲ませていた。元側妃の関係者だ。無味無臭の、他国の物で毎日飲んでいた紅茶に入れていたと。推薦者が元側妃の家、つまり伯爵家が推薦したと気付かれないように入念に細工していた」


「避妊薬?元、側妃、とは?……私が寝ている間、何があったのですか?」


「彼女と生家である伯爵家、それに連なる家。関係者全てに、毒を飲ませた。伯爵家は、彼女を正妃にしようと策を練った。まずは子を宿せないように、君に避妊薬を盛った。次に、側妃となれるように。最後に、君を殺す。入念な計画で証拠を見つけるのが難しかった。しかし、計画が狂った」


……どういう事?毒を飲ませた?私は避妊薬を飲まされていた?

私が黙りこむと、彼は言葉を続ける。


「君が避妊薬を飲まされていると知ったのは、側妃を迎えた後だった。私の従者が侍女が何かを紅茶に入れているのを見たと。すぐにその侍女は辞めさせた。そして調べて、あの伯爵家が関係している事を知った。だから、私は彼女と関係を持ちたくなかった。こんな話は聞きたくないと思うが全部話す。……月に何度か通っていただろう?あの時、彼女に目隠しをさせ子種を殺す薬を飲ませた、私の体格と似ている男をあてがったんだ。彼女は私が興味がない事に気付き寂しくなったのか、私に似た男と関係を持ち、子を宿した。君が知っていた飾り棚の裏にある毒薬、あれは伯爵家についての証拠が見つからず、彼女だけでもと殺す為に用意した物だ。彼女と伯爵家を罰する為の証拠が揃ったタイミングで、君が毒を飲んだ」


「話を聞いても何がなんだか、訳が分かりません……。私にあなたが私を殺すとの噂が流れてきたのです……。私はもう、子を宿せないのですか?あなたは彼女と関係を持っていなかった?子は、子はどうなったのです……?」


「伯爵家の手の者がながしていたんだろう。君が子を宿せるかは分からない。何年も避妊薬を飲み続けてしまったのもあるし、毒の影響もある。侍医の見立てでは、ほんの少し可能性は残っていると。次に、僕と彼女は本当に何の関係も持っていない。本当に君だけ。彼女の子は、北端の修道院に入れた。王家の血は入っていないし、子に罪はない」


「修道院……。それが妥当な判断、ですね……。伯爵家と彼女がそんな事を考えていたなど、一つも気付けませんでした」


「彼女は私と結婚出来るのだと信じ込み、伯爵家もそれを信じた。私と彼女は、伯爵家の領地で会ったきり、一切のやり取りをしていないというのにだ。幼い頃の口約束がこんな出来事を生み出してしまった。君に伯爵家の事を話すのは危険だと思い話さなかった。それで君が不安になると想像出来なかった」


「いいえ、全て私のせいです。私が避妊薬を飲んでしまっていたということも、あなたの言葉を嘘だと決めつけて何も信じていなかった。あげく、毒を飲み死のうとした。本当に申し訳ありません。国を治める者として、責任を取ります」


「責任とは?」


「離縁し、国外追放にでも。処刑でも構いません」


「そんなこと絶対に許さないからね。この件に関しては、僕が全面的に悪かった。君を傷つけた。愛していると告げるだけで満足し、伯爵家の思惑に気付くのが遅れ、君を守れなかった。君に伯爵家のことを伝えれば良かった。私も信じきれていなかったんだ。君に責任はない。本当に申し訳なかった」


「あなたはずっと、言葉で、態度で示してくれていました。ですが、学園の頃の記憶を引きずり、囚われていたのは私の方です。私の方こそ、本当に、本当に、申し訳ありませんでした」


彼がぎゅっと、隙間などないくらい抱き締めてくる。


そして、私の耳元で囁く。


「私はキャロルの事を愛しているんだ。私の正妃はキャロルしかいない。これからも、私の隣にいて。そして今度こそ全てから守らせてほしい」


彼の肩口が濡れる。白いガウンが、どんどん染みを作っていく。


「私も、私もフィリップを心の底から愛しております。今度こそ、あなたの全てを信じます。どうか、これからも、私を側においてください」



彼からは何度も言われた「愛している」という言葉。

私はいつもありがとうと言うだけだった。

この時、初めて「愛している」と告げた。







随分と、遠回りをしてしまった。

周りにも、たくさんの迷惑をかけた。



策略が張り巡らされるこの場所で、こんな二人が国王と王妃など。

それでも、私たちは国を治める者として育てられその地位についている。

私たちはここで、生きていかねばいけない。



愛はないと思っていた。

私を見ていないと思っていた。

ただ、それは信じきれていなかっただけだった。



雲ひとつない、青空が広がっている。

庭園に、色とりどりの薔薇が咲き誇っている。



「ははうえ〜!ちちうえ〜!」



私たちの愛の結晶が、こちらへとやってくる。

私の金色の髪に、彼の薄紫の瞳を持った、ちいさな我が子。






本当は、キャロは亡くなる予定でした。フィリップは側妃を愛していて計画を立てていた。でも、どうこねくり回しても、二人は愛し合っているなぁとなってしまいました。


読んでいただいた皆様のおかげで、日間ランキングに入っているようでありがとうございます₍ᐢ‥ᐢ₎ ♡

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