第1話 虐殺を防げ!
ヒロトに破壊されたホースタルが、火花とともに海へと落ちていく。
その向こう側で、マユミを狙ってレーザー銃を構えるホースタルがトリニティのモニターに映った。
「させるか!」
ヒロトはペダルを踏みこむと、一気に加速する。
みるみるうちに距離が詰まっていく。
近づくヒロトのトリニティに、射撃が間に合わないと悟ったのか敵機は抜剣。
ヒロトへ突っ込んできた。
「レーザーを弾くらしいが、このヒートソードならどうだ!」
間合いが一気に詰まる。接近戦だ。
ヒロトはトリニティの左腕に装備されていたパルスセイバーを構える。
パルスセイバーの刀身は高周波の振動により、微かなブルーの光を放った。
ホースタルが放つ斬撃を機体をひねってかわし、防御シールドを蹴りはがす。
そのままがら空きになった胴体へ、パルスセイバーを一直線に振り下ろした。
交差は一瞬。
「そんな、我らエンハンスの科学力が、人間如きの機動兵器に負けるなど……ありえない!」
敵パイロットの断末魔が響く。
防御装甲を切り裂かれたホースタルは、真っ二つになり、大爆発を起こした。
戦いを終え、ヒロトはゆっくりと深呼吸した。
マユミからの通信がつながる。
「ヒロト、助けてくれて本当にありがとう!でも、その機体、スタンベースとは違うみたいだけど…?」
ヒロトは一瞬、ためらいながらも頷いた。
「海底で見つけたんだ。信じられないと思うけど……超古代文明の兵器らしい」
マユミは驚きに目を見開きつつも、すぐに穏やかに微笑んだ。
「私はヒロトを信じるよ。ホースタルを2機も倒すなんて、さすがね」
「一機はマユミも一緒に攻撃してくれてただろ。それに俺じゃなくてこの機体……トリニティが凄いんだ。まだ、分からないことが多いけど」
ヒロトは照れくさそうに笑うと、改めてコクピット内部を見回す。
未知の科学技術が、そこかしこに詰め込まれている。
地球軍の機動兵器に比べて洗練された機体だ。
トリニティのレーダーモニターに大きな反応が表示された。
「トリニティが大きな反応を見つけた。イズモは無事なのか?」
「わからないわ。確かに爆発は見えたけど……もしかすれば無事に浮かんでるかもしれない。いいえ、きっとそうよ!」
「それなら援護しないと。行こう!肩を貸すよ」
破損したマユミのスタンベースを支えながら、ヒロトはトリニティのスロットルを開いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
イズモは沈んでいた。
そして、海域には地獄が広がっていた。
沈没したイズモから漏れ出した燃料で黒く染まった海面を必死で泳ぐ、地球軍の兵士たち。
救命胴衣もなく、浮き輪にしがみつく者もいる。
そこへ、エンハンスたちの操るホースタルが、レーザー弾を打ち込んでいた。
「降伏する!助けてくれ!」
兵士の声が通信機から震えながら伝わってくる。その声には、死を目前にした者の絶望が滲み出ていた。
そして、彼の願いは届かなかった。敵の指揮官から冷酷な声が返される。
「地球軍の捕虜なんていらないんだよ!」
次の瞬間、救命ボートに乗り、必死で白旗を振る兵士へレーザーが直撃した。
目もくらむような閃光が走り、その後には何も残らなかった。
兵士は、ボートごと跡形もなく蒸発してしまった。
「降参した相手に……虐殺じゃないか!」
ヒロトは声を荒げ、拳でコクピットを叩いた。
「お前ら、全員ぶっ殺す!」
怒りのままに照準を合わせ、ホースタルをロックオン。
一呼吸の内に、レーザー弾を放つ。
一撃で仕留めた。
ヒロトがホースタルを撃墜した瞬間、地球兵を虐殺していた敵機たちが急激に動きを変えた。
レーザー弾を躱そうと、全く異なる方向へ散り始める。
「バラバラに逃げる気だわ!」
マユミの叫びに、ヒロトはレーザーライフルを構えなおす。
敵は5機。全てを狙うことはできない。
《複数機のターゲティングを確認しました。ファルコン空対空ミサイルを起動します》
ヒロトが歯嚙みしていると、コクピットに音声が響いた。
トリニティの胸部装甲がパネルごとスライドし、内部に隠されていたミサイルが露出する。
「これなら倒せる!」
ヒロトは操縦桿のボタンを強く押し込んだ。
瞬間、胸部から複数のミサイルが一斉に発射される。
ミサイルは轟音とともに空間を切り裂き、火を噴きながら一直線に敵機へと突進していく。
ホースタルが回避行動に移るが、もう遅い。
トリニティから放たれたミサイルは、目標を捉え、爆音と共に炸裂。
閃光が空を照らし、敵機が火球となって空中に弾け飛ぶ。
たった一度の攻撃で、4機のホースタルを撃墜した。
辛うじてミサイルを躱した1機のホースタルが、脱兎のごとく逃げ去っていく。
《ファルコン空対空ミサイル再装填まで、あと20秒》
もう一度ミサイルを撃とすると、再びコクピット内に機械音声が響いた。
「ミサイルのリロードが間に合わない……!」
ヒロトはファルコン空対空ミサイルを諦め、レーザーライフルを打ち込んだ。
レーザー弾はホースタルの左腕をかすめ、爆発させた。
片腕をもがれたホースタルは海面スレスレを飛行しながら、行き掛けの駄賃とでも言うように、海に浮かんだ地球軍兵士へライフルを向ける。
ヒロトの攻撃はもう間に合わない。
「やらせないよ!」
マユミがライフル弾を放つ。
マユミの射撃はホースタルの右手を正確に捉え、レーザーライフルを叩き落した。
レーザーライフルを失ったホースタルは急旋回を繰り返しながら、飛び去っていく。
「あいつを追いかけよう!」
マユミは声を張り上げ、ヒロトへ視線を送った。
ヒロトは短く頷きながらも、深呼吸する。
そして、冷静な判断を下した。
「大丈夫、武器は全部壊した。あいつはもう誰も殺せない……今は、海に浮かんでる人たちを助ける方を優先しよう」
マユミは一瞬考えた後、ヒロトの言葉に納得した。
「わかったわ」
彼女は小さく笑うと、救助活動を始めた。
ヒロトとマユミは、海に浮かんだ兵士を救命ボートへと送り届ける。
しかし、救命ボートは一時しのぎに過ぎない。
特に、水中で体力を奪われた兵士は危険な状態だった。
「マユミ、他のアジア連合軍所属艦を探そう。どこかに無事な船があるはずだ。一刻も早く休ませないと、海に落ちた兵士たちが持たない」
「それなら俺たちの船に来ないか?」
突然、中年の男の声が通信に割り込んだ。
「「誰!?」」
二人は即座に声を揃えて叫んだ。不意の接触に、警戒感が走る。
「おっと失礼。俺は地球軍北米連合所属、ギャレット=フラチアニ大佐だ。空母イズモの救難信号を受けて、生存者を探してるんだ。お前さんたちの名前と所属を教えてくれると助かるぜ」
そう伝えた後、男は陽気さを感じさせる声で笑った。