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ゼノついシリーズ

ユーハルドの王佐 ~「ありがとう」から始めよう~

作者: 遠野イナバ

 多くの者が歓喜した。

 新たな王をたたえ、これから訪れる輝かしい未来へと夢をせる。

 王が夢を語る。

 そしてその後方。涙を流す男が一人。


「やっと……やっと! 俺の夢が叶ったぁああああ──────‼」


 その声は、王の演説をさえぎるほどの大声だったと未来のユーハルド史に記録されている。 



 ◆ ◆ ◆



 大陸歴一〇二二年、四月。

 ユーハルド王国宮廷。


(──人生詰んだ)


 それは予期せぬ出来事。仕方がなかった。されど納得は出来ない。

 そんな思いを胸に、アルヴィットは目の前の少年に膝をつく。


「ふむ、そなたが余の新しい補佐官か?」


 そう言ったのは少年。ホールケーキを片手に、つまらなさそうな顔でこちらを見ている。

 ユーハルド王国第四王子、ライアス・フィロウ・ユーハルド。

 年は確か十六……いや今年で十七だったか。茶色みがかった金の髪に新緑を思わせる瞳。そして全体的に丸い、ぽっちゃりとした少年だった。


「はい、殿下。本日より殿下にお仕えいたします。アルヴィット・ラーツにございます」


 そう答えたのは初老の男。この国の大臣だ。大臣はごほんと咳払いをする。『王子に挨拶せよ』という合図だろう。

 だが、それどころじゃない。


(帰りたい)


 うなだれるアルヴィットの横で、焦ったように大臣が口を開く。


「あの、アルヴィット殿?」


「え? あぁ……」


 流石にまずい。居住いを正し、王子に挨拶をする。


「……大変失礼いたしました。ライアス殿下。本日より補佐官として大役を仰せつかりましたアルヴィット・ラーツにございます」


 そして、


「………………あの、やっぱり何かの間違いじゃありません?」


 もう一度確認した。


「こ、これアルヴィット殿!」


 大臣が焦っている。無理もない。だがそれ以上にアルヴィットも焦っている。


(よりにもよって第四王子の側近……? ふざけんな! 俺の華麗なる王佐生活はどうしてくれる!)


「? 間違い? 何の話だ」


「も、申し訳ありません、殿下。実はこの者は元々、第二王子殿下の補佐官に任命されていたのですが、その……諸事情でライアス殿下の元へ参ることになりまして、本人にも先ほど告げたことゆえ、混乱しているようです」


 王子は「ふむ……」といって考え込んでいる。


「事情はよう分からぬが……どのみち余に補佐官などいらぬ。下がらせて良いぞ」


「いえ殿下……そういうわけには」


「そうはいうてもな、どうせその者もすぐに辞めてしまう。任命したところで意味はない」


(まぁそうだろうな)


 ちらりと王子の手元を見る。そういえば朝から何も食べていない。腹減った。


「大体、補佐官ならフィーがおる。十分であろう?」


 王子が隣に立つ少女に菓子を食べさせた。もぐもぐとケーキを頬張る、その愛らしい少女は十歳そこそこ、といったところだろうか。

 雪のように輝く長い銀髪に狼を思わせる琥珀色の瞳。頭には獣の耳。おまけにふさふさとした尾も揺れている。


(はじめて見た……異郷いきょう返り)


 異郷返り。いわゆる先祖返り。この国はかつて妖精郷と一つだったらしい。だから妖精だの獣人だのが先祖に入っている家系がある。

 それゆえ稀に異郷の血が色濃く出る者がいるとかいう話だ。ちなみにそういった人間は、異郷に住まう王の使いであるというのが大陸全土に広がるフィーティアの教えでもあり、一部にとってはありがたい存在だったりする。


「殿下。フィネージュ殿は護衛官ということもあり、書類仕事は苦手でございましょう? この者は少々変わり者ではありますが、大変優秀な文官なのです。きっと殿下のお役に立つかと」


「……ならばなおのこと、兄上にお付けすればよかろう? そもそも何故余のところに来たのだ?」


(ほんとな)


「そ、それはその……」


 気まずそうな表情を浮かべて大臣が話を続ける。


「実は殿下の妹君、リフィリア王女殿下の側近にベルルーク家の三男が着任する予定だったのですが」


「ベルルーク? 侯爵家のか?」


「ええはい。ですがその……姫君の傍に異性の側近を置くのは如何なものかという話がありまして、急遽別の者に変更したのです。そのため彼を第二王子殿下の元に付かせ、アルヴィット殿をライアス殿下に、ということになりまして」


 ほんとに急遽だった。知らされたのが二十分前の話である。


(まぁわかる。三男つってもあっちは貴族、こっちは平民。当然の話だ。大いにわかる。だが! その話題はもっと早くにしろ。完全に俺のぬか喜びじゃねーか!)


 内心、悶々とした気持ちを抱え、大臣の話を聞いていると王子がこちらに問いかけてきた。


「そなた、爵位は?」


「爵位……ですか。わたくしは平民出身でございます」


「なるほどそれで……」


(なんだ、この王子も平民嫌いか?)


 上の連中には平民をいとう者が多い。なぜなら国の要職に就くのは大抵が貴族だからだ。そしてアルヴィットはそういった者たちにゴマをすってここまで成り上がってきた。


「あの、平民はお嫌いで?」


「ん? いやそうではない。余は身分云々を悪く言いはせん」


 ただ……と王子は表情を暗くする。


「やはり余にはそれ相応の者しか回ってこんなと思っただけよ」


 ◇ ◇ ◇


 あれから二週間。第四王子執務室。


「フィー! 今日はゴモクをやるぞ。勝った方があそこにある菓子を口にできる」


「──! フィー、負けない」


 これである。執務室とは名ばかりで、毎日だらだらと遊ぶか、食うか、寝るかの私室と化していた。

 ちなみに『ゴモク』とは升目上の盤上に赤、青、黄の石を置いて遊ぶ陣取りゲームだ。


 アルヴィットは部屋の隅に控えていた。

 控えていた、と言えば聞こえはいいが、実際はぼーっとつっ立っているだけ。しかも毎日八時間。地獄である。

 たまに王子によびつけられたと思えば、菓子を取ってこいだの、図書室へ本を返しに行けだの、くだらない雑務ばかりで鬱憤が溜まる日々だった。


(あぁこれがほんとの窓際族……)


 ぼけーと窓の外を眺めていると、なにやら兵士たちが慌ただしく動いている。


(そうか。そろそろ豊穣祭……)


 豊穣祭とは今年一年の実りを祈る祭りだ。

 とはいえアルヴィットの仕事は第四王子の補佐官であり、準備も何もない。すごく暇だった。


「さて、そろそろ出かけるとするか」


 王子は椅子から立ち上がり、クローゼットを開けた。どうやらゴモクはフィーが勝ったようだ。菓子を嬉しそうに食べている。

 まぁわざと負けたのだろう。見ていれば分かるが明らかに手を抜いていた。


「出かける? そのようなご予定は無かったかと……」


「言ってないからな」


(いや、言えよ)


「王子……そういったことは事前に仰っていただきませんと」


「……? なぜ余がそなたに言わねばならんのだ。その程度、補佐官ならば察してみせよ」


(………………)


 殴りたかった。


「えーとそれで、どちらに向かうのですか?」


「城下町」


 ◇ ◇ ◇


「おお! これは良い。みな活気に溢れているの」


 軽やかなステップを踏む王子。傍らには護衛のフィー。その後ろを重い足どりでついていくアルヴィット。

 さらにその後ろから親衛隊のみなさんが付かず離れずの距離を保っている。ちなみに親衛隊長はフィーだ。


 ユーハルド王国、王都。木造レンガの建造物が立ち並ぶ活気あふれた町で、国内外問わず集まる美食市場は王国一番の収入源だ。

 現在は豊穣祭の準備期間ということもあり、通常よりも多くの市場が出店し、正門近くでは行商人が列を成している。


(この時期、検問とか大変なんだよなぁ)


 こういった祭りがある時、普段は穏やかな検問業務もさながら戦場と化す。役人も軍人も他の部署から応援を出すほど大忙しだ。


(一部を除いた荷車を全部調べるから……何度応援に駆り出されたことか……)


 アルヴィットは昨年の祭りを思い出し、げんなりした。イベントごとは裏方がいるからこそ、成り立つものなのだ。


「フィー。何か食べるか? あの店の串焼きなんかどうだ?」


「食べる」


 王子とフィーは市場を楽しんでいるようで、目を輝かせていた。


「よし、アルヴィットよ。これで余と皆の分の串焼きを買ってくるのだ」


 そう言われて財布を渡された。王子が財布……普通は持ち歩かないと思うが。


「はい……」


 とりあえず財布を受け取り、露店へ行こうとした時、小さな悲鳴が聞こえた。


「お母さん! 助けて!」


「大人しくしろ! このガキ!」


 大通りの脇。細い路地で大柄の男が幼い女の子の手を掴み、麻袋に入れようとしている。まずい。


「おい──」


「そこの! 何をしておる!」


 アルヴィットが叫ぶよりも先に王子が声を上げ、フィーが子供を救出した。


「なっ! 異郷返り⁉」


 フィーの姿に驚いている男。その隙に王子が男に剣を向ける。


「……っ! 貴様誰だ!」


「誰でもよい。それより人さらいとは下衆なことを」


「うるせぇ! いい商品がいたから捕まえようとしただけだ! 悪いか!」


 よく見るとその子供は珍しい空色の髪をしている。


(多分異郷の血が混じっているんだろう。そういう人間は信仰の裏で一部の馬鹿どもが集めたがる)


「悪い。人は商品ではないし、売り買いすること自体間違っている」


 そういうと王子は親衛隊に指示を出す。


「連れていけ」


 合図とともに親衛隊数名が男を縛り、連行する。


(意外とまともなこと言うんだな)


 正直、身分の高い者の中には人を物だと見ている輩もいる。

 その点、王子は注文こそ多いが、人を物扱いすることはない。それがこの二週間。補佐官として見てきた中での王子の美点でもあった。


「ほれ、ぼけっとするな。大通りへ戻るぞ」


 王子が細い路地を出ていく。


「あぁ、待ってくだ──」


 ──チリンと音が鳴った。一瞬だった。子供の母親を探そうと路地から出た瞬間。


「────え」


 見知らぬ女が現れ、王子をさらっていったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ばんっ! と机が大きく揺れる。


「兵が出せない⁉ ふざけるな!」


「そう言われてもな……我々も急に配置を動かすわけには……」


 アルヴィットは軍部に来ていた。王子を救出するために。しかし、軍はそんなことは知らんと言わんばかりの塩対応だった。


「大体、兵を出せないとは言っていない。非番の者を呼び寄せると──」


「同じことでしょう! 各地区に配置している兵を動かせばいいだけの話だ!」


「いやしかしな……」


 今は豊穣祭の準備期間。当然通常より警備が厳しくなるため、そのぶん軍の人間も忙しい。だが、これは王子誘拐事件だ。

 本来なら全軍をあげて捜索にあたるだろう。しかし違った。


(噂には聞いていたが……ここまでか)


「それは第四王子だからですか?」


 アルヴィットが尋ねると男はバツが悪そうな顔をした。


「いくら庶民出の妃の子だからって、それは無いでしょう。この国の王子ですよ?」


 そう、王子は側妃の子だ。つまりは妾。さらに爵位も持たない平民の娘だ。表向きは伯爵家の娘ということにはなっているが、書類上の話であり、噂は流れる。


「ば、馬鹿を言うな! 我々はお前たち文官とは違う! 下らぬ差別感情など……騎士を愚弄する気か!」


(騎士ねぇ……)


 王子の捜索に全力をあげないあたり、がっつり差別している。


(困った……。これ助けられなかったら俺の責任になるよね。最悪だ)


 あーどうしよう、と頭痛に苛まれていたら、思わぬ人物が現れた。


「どうしました?」


「サフィール殿下!」


 男がビシッと敬礼する。アルヴィットもすかさずひざまずいた。


「なにやら騒がしいようですが……何かありましたか?」


 くすんだ金髪に灰色がかった緑の瞳。この長身の男こそ、本来アルヴィットが仕えるはずだった第二王子サフィールそのひとだ。


「は! 先ほど第四王子が誘拐されたとの報告が入り、急ぎ調査中でございます!」


(コイツ、今さらっと嘘ついた)


 急ぎも調査も何もしていない。


「なっ! 弟が……⁉」


 サフィール王子は弟の誘拐事件などという、まさかの報告に驚いているようだ。まぁ当然だろう。


「それで状況は! 今どうなっている」


「それがその、捜索部隊を集めているところでして詳しいことはまだ……」


「何をしているのですか! 急ぎ各地の警備兵を集め、王都全域を探しなさい」


「はっ!」


 男はバタバタと走っていき、サフィール王子はその場の兵たちに指揮を出し始めた。


「アルヴィットじゃないか」


(げっ、緑……)


 サフィール王子のすぐ後ろに控えていた緑髪の青年が話しかけてきた。


「話には聞いていたが、本当にライアス殿下の側近とは驚いたよ」


「まーな。俺もだよ」


「まぁでも良い職場じゃないか? かの王子の補佐官じゃ、どうせ出世は望めない。今まで散々うえにヘコヘコして大変そうだったんだ。もうしなくて済む。良かったな」


「………………」


 嫌味な奴。この男は一言でいうとそういう男だった。

 ペリード・ラン・ベルルーク。

 侯爵家の三男。三男なので本人に爵位は無く、せいぜい家名が強いくらいだが田舎者の出世が気に入らないのか、こうやってよくつっかかってくる。めんどくさい。そして同期だ。


(無視しとこう)


「こらペリード君。そういう態度はよくないですよ」


 兵たちに指示を終えたサフィール王子がこちらにやってきた。


「……! 殿下! 申し訳ございません」


「全く……すみません、私の補佐官が迷惑を」


 サフィール王子が頭をさげる。


「殿下!」


「サフィール殿下っ、そのように謝っていただくことなど何も」


「いえいえ、部下の不手際は私の責任ですから。それに、今回の豊穣祭は私が警備を担当していましてね。ちょうどこの時間帯は貴族出身の軍人が多い。彼等の中にはライアスを良く思わない派閥もいるので困ったものです」


(なるほど。道理でやる気がなかったわけだ)


「ああ、そういえば貴方のことは聞いていますよ。名前は確か……ラーツ殿でしたか? とても優秀な文官で、私の補佐官に付いてくれる予定だったとか」


(ついえた話だけどね)


「でも良かった。貴方が弟についてくれるのなら彼の立場も少しは良くなるかもしれない。我儘な弟ですが、あれでも優しい子だ。どうかよろしくお願いします」


 キラっと光る王子様スマイルを残し、サフィール王子とペリードは去っていった。


(良い人!)


 感動した。なんと礼儀正しいことか。ウチのも見習ってほしい。そんなこと考えながらアルヴィットは急いで軍部を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 外に出ると、軍部の前でフィーが奇行に走っていた。


「あの……何をしてるのかな?」


「ライアス探してる」


 よく分からない。というか彼女と話すこと自体、これが三度目である。

 一度目は配属の挨拶。二度目は「あ、お茶飲む?」だ。もちろんアルヴィットが淹れた。


「フィー、鼻鋭い。アルヴィット遅いから一人で探す」


「いや鼻って……」


 フィーはふんふんと地面に鼻をつけ、王子を探している。

 この少女は親衛隊の中で一番の古株らしく、一体何歳から所属していたのかと疑問に思う。だが、今はそんな疑問も吹き飛ぶほどの事態だ。

 そう、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 周りが何事かと遠巻きで見ている。アルヴィットは地面を嗅ぎ回る少女をとめようか否かと悩みつつも少し距離を取って、あたりを見渡した。


「あれ? ………なぁ他の親衛隊は?」


「検問」


 フィーが二つの方角を指で示した。


(ああ、なるほど。検問で賊がかかってないか確認しに行ったのか)


 フィーを除いた親衛隊は五人。内二人が子供をさらおうとしていた犯人を連行した。一人は子供の母親探し。

 おそらく残った二人が北と南の門へ行ったのだろう。


「検問か」


 列をなす行商人。荷物を確認する兵士たち。


(そういえば……)


『一部を除いて全部の荷車調べるから──』


「あ!」


「?」


「なぁ、フィー」


 ──検問しない荷車って何だと思う?



 ◇ ◇ ◇



 ジャラジャラと反響する音。振動によりあちこち飛び回るコイン。

 普段は気にも止めないだろうその響きも、ここまで近くで鳴れば、気絶から目を覚ますほどに十分な騒音だった。


「うるさい。暗い。そして痛い……」


 ライアス王子は箱の中にいた。

 路地から出た瞬間、突然何かの薬品を嗅がされ、そこからの記憶がなかった。


「どこかの行商か? 大量の銀貨を運んでいるようだが……」


 目の前の硬貨を一枚手に取ると、隣国の紋章が刻まれていた。


通貨商つうかしょうの車か」


 通貨商。国内外の通貨を扱う機関であり、市場が動くこの時期は一日に何回か地方行きの馬が出ている。


「ふむ……なるほど。そういえば役所の荷車は検問を素通りできると聞いたことがある。つまり余は誘拐され、どこかの地へ運び込まれる最中か」


 誘拐されたにしては随分と落ち着いている王子。

 それもそのはず。彼にとって、そんなことはどうでもいいことだからだ。


「ま、余が居なくとも誰も悲しまぬ。むしろ税の無駄が減ったなどと喜ぶやつも多かろう」


 そんなことを呟きながら、彼は最近入った新人補佐官のことを思い浮かべる。

 一番初め。どんよりと沈むその顔を見て、あぁこれは三日も持たないなと思った。なぜならこの辞令は優秀だが身分の低い者、権力者の怒りをかった者への左遷通告だから。

 つまり『王子の補佐官』という大役は与えるが、出世コースからは外されるということだ。

 だというのに、例の補佐官はそれを知ってか知らずかいまだにやめていない。


「左遷されてもなお、頑張るとは馬鹿なやつよな」


 まぁ余には関係ない話だ……と箱から脱出する方法を考えていると──


「敵襲──!」


 突然怒号が飛び交った。同時に車体が大きく揺れ、硬貨の波に押しつぶされる。しかしそれもすぐにおさまり、暗い箱の中に光が差した。


「──ライアス。助けに来た」



 ◇ ◇ ◇



「いいかフィー、俺が合図したら荷台へ飛べ。そこで王子の箱を探すんだ」


「わかった」


 遡ること数十分前。アルヴィットは王子直属の親衛隊を集め、この王都近くの草原にやってきた。

 たかだか数名ていどの人数だが、それでも賊を捕らえるくらいにはみんな鍛えている。そして現在、王子をさらったとみえる賊に追いつき、王子救出を試みていた。


「他の部隊は馬車を囲め。攻撃はするな、転倒する。王子を確保するまで走らせろ」


「はっ!」


 街道を走り去る荷馬車。それを後方から追いかけるアルヴィットたち。

 敵は六人だ。荷馬車をぐるりと囲む護衛兵に扮した男が五人。荷台にも一人。先頭の二人は恐らく役人と馭者か。

 思ったより少ない人数だが、おそらくどこかで仲間とおちあう予定なのだろう。


「散開!」


 アルヴィットの声とともにこちらの兵が散らばり、四方から馬車を取り囲む。


「フィー! 飛べ!」


「ふっ」


 アルヴィットの背中からフィーが飛び上がり、荷台の男を仕留める。


「くそっ! なぜ追手がくる⁉」


「急げ! 早く走れ!」


「逃がすか!」


 賊は少ないとはいえ、それぞれが腕の立つ者らしく、こちらの何人かがやられた。

 アルヴィットは後方に離脱しようとしたが、運悪く賊が斬りかかってくる。


(げ。俺、剣苦手!)


 瞬時に臨戦態勢を取る。が、次の瞬間、男がぐらりと馬から崩れ落ちた。その首には短剣が刺さっている。

 剣が飛んできた方向を見ると、王子を確保したフィーが荷台から応戦していた。


(よくやった)


 王子を助けてしまえば、あとはこちらのものだ。


「王子は救出した! 総員攻撃開始!」


 こうして、誘拐事件はいったん幕を下ろしたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 あれから賊と、賊に加担しただろう役人を捕らえた。現在はこの王都近くの草原にて、城へ戻る支度を含めた小休止をとっている。

 ここにいるのは親衛隊のみ。

 サフィール王子の部隊は各地区にて封鎖令をしいている。


「王子。危ないところでした。お怪我はありませんか?」


 アルヴィットは木箱の上に座るライアス王子へ声をかけた。


「怪我は無い……が、遅い。助けるならもっと早くせよ。もう少しで余はいずれかへ売られるところだったぞ」


「……………」


 遅くてすみません。

 後ろの兵たちから、そりゃないよという空気を感じる。


「王子。王族の誘拐となれば国の一大事。下手をすれば他国との戦争もあり得る話です。ゆえに、ことは慎重にかつ迅速に、みなで王子の救出につとめた次第です。それをそのように仰るのは……」


 精一杯のつくり笑顔で返す。眉のうえがぴくりと動くが、我慢だ。

 王子がふぅーとため息をついた。


「別に助けよとは言っておらん」


 そう来たか。


「仮に此度の件が国内のはかりごとであれば、首謀者を捕らえ処罰すればよし、他国が介入していたとあれば父上や兄上達が上手く交渉する。何も問題ない」


(そりゃそうだろうけどさ……)


「それに……」


 と、暗い顔をする王子。


「余が死んだところで誰も困らん。兄上達とは違い、何もできぬ王子など、居ても居なくても同じことよ」


「……………………」


 ……何なんだろう。この卑屈王子は。

 暗い箱の中にいたからだろうか。心が沈んでいるようだ。そこにフィーが駆け寄る。


「ライアス、違う。死んだらフィー悲しい。リーアも泣く」


 リーアとは誰だろう。

 フィーがふるふると頭を振っている。


「フィー……」


 その様子は誰かを思わせる嫌な感覚で、アルヴィットの脳内をグルグルと駆け巡る。


(こういうの、既視感っていうのかな)


 ──オレが死んでも誰も困らない。

 ──今日も役立たずって言われてよ。お前はいいよな、頭がよくって。頑張って将来俺たちを楽にしてくれ。

 ──まぁでも、下のもんがどう足掻いても上にはいけねぇ。お前もいつか父さんの苦労が分かるだろうさ。


(………………)


「……よいのだフィー。そんなことで悲しむ必要はない。余が死んだからといって、日常が変わるわけではない。悲しむだけ無駄なこと。意味などない」


 それは違う。

 確かに日常は変わらない。

 だけど、その死を悼むものがいる。


(そうだ、あんな奴でも泣いてくれる家族がいた)


「ライアス……」


 フィーが悲しげに呟く。

 だからなのだろう。

 その姿が重なって、きっと腹が立ったのかもしれない。


 ───バシン!


 場の空気が、冷たく凍ったような気がした。


 ◇ ◇ ◇



『悲観を口にする暇があるのなら、現状を変える努力をするべきだ』


 それが、ライアス王子の補佐官アルヴィットの持論だ。

 彼は不満だけ吐いて、現状一つ変えようとしない人間が大嫌いだ。

 何故なら父親がそうだったから。

 彼の家は王都から遠い田舎にある。

 家業は農業。食うには困らないが、貧しい、だけど穏やかな暮らし。そういう家で育った。

 しかし父親はそれでは満足しなかった。

 家業を放り出し王都で働き、たまに帰ってきたかと思えば酒に溺れて、世の不条理を嘆くだけ。

 だから小さいながらに思った。

 こんな大人にはならないようにと──





「な……いま、余を殴った──?」


 ざわざわと騒がしくなる草原。それもそのはず。臣下が主君の頬をぶったから。

 目の前の補佐官を捕らえるか否かと、兵たちの間で意見が揺れている。


「ふざけんなよ…………」


 だが、当の本人には周りの声など耳に入らない。


「何が何もできぬ王子だ! 卑屈なこと言ってんじゃねぇ!」


 あまりにも悲観的な(あるじ)に。


「何もできないなら、できないなりにできることを探せよ!」


 かつての父親の姿が重なって。


「上が優秀だって悲観するなら、得意分野で兄貴達を超えろ!」


 あるいは日々の鬱憤が決壊して。


「位の低さだって、そんなもんいくらでもひっくり返せる! なのに……さっきからグダグダグダグダと……………!」


 あぁぁぁー!! っと頭を抱え、彼は憤りをあらわにした。

 そして、ビシィっと己が主に指を向ける。


「いいか王子様! 古今東西、王位継承権の低いやつが王座につくことなんざ、ザラにある。四番だからって別に遠いわけじゃあない。大切なのは成し遂げる意志! 現状を変えたいという強い心だ!」


「いや……別に余は王座など……」


「いいや、なってもらう! 俺はいずれこの国の王佐になる。だからあんたには王になってもらわないと困る!」


「……王佐? そなた平民であろう? 庶民がなれるわけがない。なぜそのような無謀なものを目指す」


 赤く腫れた頬をさすりながら王子は疑問を口にした。


「──無謀だからさ」


「何?」


「平民が王佐なんて無理に決まってる。普通はなれない。だからこそ成し遂げた時、希望になる」


「希望……?」


「そ、まわり……へのな」


 そう言って彼は遠くをみやる。その先にあるのは自身の故郷か。


「とにかくだ。俺の夢のためにあんたには頑張ってもらう、異論は認めない」


「しかし……余が王になっても誰も──」


「暗い、暗い、暗い!」


 まだ言うか!

 彼はうんざりしながらも、励まし代わりというか、ここ最近見てきた主君に対する感想を述べた。


「はー……。あのさ。確かにあんた、何事にもやる気ないし、我儘だし、困った王子様だよ。だけど、それなりにまともだし、案外いい王様になるんじゃないかって俺は思うよ」


「余がか?」


「ああ」


 路地での一件を思い出す。


「さっき子供助けたろ? あんなの、王子なんだから、人を使って助けさせればいい。だけどあんたは自ら動いた。それはつまり、誰かのために行動できるってことだ。そーいうの、王様に大切な信念? みたいなもんだろ?」


「信念って、何もあの程度のこと」


「そうでもないさ」


 彼は目を閉じ、理想の王を想像する。

 物語に出てくるような、ありふれたかっこいい王の姿を。


「王は民に夢を見せるモノだ。だったら、人のために動けるかっこいい王様じゃなきゃいけないだろ? そうじゃなきゃ王様失格だ」


「夢……ってそなた……」


「なんだよ! 夢の力、馬鹿にすんなよ」


 子供か、と若干引き気味の王子へ反論する。


「いいか? 人間ってのはな、希望なしには生きられない。だからこそ、自分にも他人にも夢をみる」


 そう、夢を見れなくなった人間は生きる希望も失うから。彼の父親のように。


「だから」


 ぱんと両手を叩くと、彼は満開の笑顔で言った。


「もっと夢を持って生きようぜ。王になれるかはともかく、希望はあったほうが人生楽しいだろ?」


「──────」


 ほんの数十秒、時間が止まった。

 王子は目を見開いて固まっている。

 それはおそらく、バカみたいなことをあっけらかんという相手に毒気を無くした、という感じだろうか。

 さぁーっと風が草原を駆け抜ける。

 そしてやっと、呆れた様子で王子が口を開いた。


「はぁ……。夢に生きろとはそなたも酔狂な男よな」


「いや夢に生きろつうか、夢を──」


「アルヴィット。そなた、本気で余が王になれると思うのか?」


 自身の補佐官の言葉をさえぎり、王子は真剣に、まっすぐな目をして彼に問いかけた。

 その問いに彼は自信を持ってうなずく。


「──当然」


 当たり前だといわんばかりに、ニッと笑って。


「俺があんたを王にするんだ。だから安心して夢の一つでも見とけ!」


王子が小さく笑った。「そうか」と呟く主の姿に、場の雰囲気も解け、兵たちは帰り支度を再開した。


「……さて、さっさと城へ戻るぞ」


 木箱からぴょんっと降りる王子。


「ああ、待って」


 アルヴィットが手を伸ばしてとめる。


「なんだ? また説教か? 言っておくが、さっき殴った分は減俸だからな」


「……その節は誠に申し訳ございませんでした」


 即座に真摯な態度で謝るアルヴィット。不敬罪で取り押さえられなかっただけありがたい話だが、減棒もそれはそれで困る。

 謝ったのち、ごほんとわざとらしく咳払いをしてから主君に説教……いや諫言かんげんをする。


「人間関係で一番大切なこと。貴方の補佐官として、はじめにこの言葉を教えたい」


 それは、基本中の基本。

 幼子でも使える、始まりにも終わりにもよく使う言葉。


「………つーわけで」


 彼はその場にひざまずき、


「まずは『ありがとう』から始めましょう、ライアス殿下」


 そう言って、右手を差し出した。

 そんな様子を。


 感謝の一つも言えない王など臣下が離れていきますよ?


 などと小言をつづける補佐官を見て、王子はフッと笑って、彼の手を握り返すと、素直な気持ちを伝えるのであった。


「そうだな。ありがとう。そなたたちのおかげで助かった」



 ◇ ◇ ◇



 ──数日後、執務室。


「王子!」


「なんだ?」


「いや、なんだじゃなくてですね! なんでまたゲームやって、食って寝ての繰り返しなんだよ! 王を目指すんだろ? もっとこうさぁ!」


「そうはいうても。現状、余にまつりごとなんぞ回ってこんし、やることがないからなぁ」


 もぐもぐとキッシュを食べながら、だるそうに話す王子。


「それよりそなた」


 ビシっと、こちらにフォークを向ける。


「途中から敬語が外れとるぞ? 別に今更構わぬが、外では注意せよ」


 それだけいって、王子はフィーとのゴモクへ戻っていった。そんな様子を見るアルヴィット。


(ははは……やっぱり……やっぱり……)


「俺の人生詰んだぁぁぁぁ───!」


「うるさいぞ」


 かくして本日も壁さながら、不動の一日を送るアルヴィットであった。


──おわり──

ゼノの追想譚のプロト版のプロト版。元になった『ユーハルドの王佐』というお話の第一話です。

最初はダメ王子を教育する有能補佐官の話でした。王宮日常コメディ。いまとだいぶ方向性が変わったな…とたまに読み返します。

こちらは当時はじめて書いた小説でもあり、いろいろと反省点もいっぱいなのですが、笑い飛ばして楽しんでもらえたら幸いです。


後継にあたる『ゼノの追想譚~かつて不死蝶の魔導師は最強だった~』も、ぜひ!

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