第16話 初めから素直にそう言いなさいよね
「中学の頃から思ってたけど才人は相変わらず凄まじい体力だな」
「昔から体力には結構自信があるから」
スポーツテストの実施日である今日、シャトルランを終えて体育館からグラウンドへ移動していると隣にやってきた航輝がそう話しかけてきた。
ちなみに俺はシャトルランで141回という記録を叩き出す事ができたため恐らく学内でもトップクラスに違いない。
「それだけ体力が有り余ってるならどこの運動部に入っても才人はやっていけそうな気がするんだけど」
「いやいや、俺の場合は体力はあるけど運動神経自体はそんなでもないから」
それに放課後は家の事もしなければならない。父さんは単身赴任で家にほとんど帰って来ないし、母さんもフルタイムで仕事をしているため俺と歩美でやらなければならないのだ。
「そう言えば先週風邪で休んだ時に八雲さんから看病して貰ったらしいな。俺の彼女はそこまでやってくれないからマジで羨ましいわ」
「ちょっと待て、何で知ってるんだよ!?」
「八雲さんが松島先生から遅刻理由を聞かれた時に堂々とそう答えてたから多分クラスメイトは皆んな知ってるぞ」
「マジか、真里奈の奴何考えているんだよ……」
俺達は偽装カップルなのだから必要以上にアピールをする必要は無いと思うのだが。ここ最近ずっと俺のお弁当を作って来ているし、真里奈の考えが本当によく分からない。
そんな事を考えているうちにグラウンドへと到着したため、次の50m走に備えて俺達はその場で軽く準備運動を始める。
すぐ近くで女子がハンドボール投げをしている姿を見ながら屈伸していると、同じように隣で準備運動をしていた航輝が口を開く。
「ちなみにシャトルラン以外の結果は今のところどんな感じなんだ?」
「上体起こしと反復横跳び、立ち幅跳びは割と良かったけど握力と長座体前屈はイマイチって感じだ」
「って事は50m走とハンドボール投げで全てが決まるわけか」
「ああ、そうだな」
去年は惜しくも一点足らずにB判定だったため今年こそA判定を取りたい。それからいよいよ50m走が始まった訳だが大きな問題が発生する。
なんと走っている最中にバランスを崩して盛大に転んでしまったのだ。肘と膝を思いっきり擦りむいてしまったためかなり痛い。そんな俺の様子を見ていた航輝がこちらに駆け寄ってきた。
「うわ、めちゃくちゃ痛そう。傷口を洗ってから保健室に行って手当を受けた方が絶対いいやつじゃん」
「流石にそうする」
俺は痛みを我慢しながら立ち上がるとグラウンドの端にある手洗い場に向かってゆっくりと歩き始める。傷口がじんじんと痛むためあまり早くは歩けそうにない。
「待ちなさい、私も付き添うわ」
「真里奈か、ハンドボール投げはどうしたんだよ?」
「それなら先生に言って抜けてきたわよ、才人が転んだ姿が見えたからわざわざ来てあげたってわけ」
「俺は一人でも全然大丈夫だから戻っていいぞ」
「ちょっとせっかく私が付き添ってあげるって言ってるのにそんな態度を取るわけ?」
俺の言葉を聞いた真里奈は怒り始めた。真里奈にそこまでさせるのは悪いと思っての発言だったが逆効果だったらしい。
「や、やっぱり一人だと不安になってきたから真里奈に付き添って貰おうかな」
「初めから素直にそう言いなさいよね」
機嫌が直った真里奈とともに手洗い場へと向かい始める。
「真里奈はハンドボール投げやらなくて良かったのか?」
「どうせ後日欠席者を集めて再テストするはずだし、別にその時でいいと思ったのよ。それに今日は疲れちゃったから正直もうやりたくなかったし」
「……まさかとは思うけど後半に言った事が目的で抜けてきたんじゃないだろうな?」
「あら、よく分かったわね。だから付き添ってあげてるのはあくまでついでよ、別に才人が心配だったとかじゃないんだから」
「ったく、どうせそんな事だろうと思ったよ」
二人でそんな事を話している間に手洗い場へと到着した。傷口に水をかけたら絶対痛そうだがこのまま放置もできないためやるしかない。
「水を流すわね」
「っ!?」
肘の傷口に水がかかった瞬間めちゃくちゃ滲みたため、つい声にならない声をあげてしまった。想像していた以上に痛い。だが汚れを落とすためにもここは我慢する必要がある。
同じように膝を洗った後、俺達は2人で保健室へと足を運んだ。しかし運が悪い事に養護教諭がどこかへ行っているらしく保健室の中は無人だった。
「道具は全部揃ってるし消毒させて貰いましょう」
「そうだな、このまま放置するのも嫌だし」
俺は保健室の棚の中に入っていた消毒液と脱脂綿、キズパワーバッドを取り出して真里奈に傷口の消毒をしてもらう。
「これでよし、痛みはどう?」
「ありがとう、だいぶ和らいできた気がする」
「そう、良かったわ」
さっきまでじんじんと痛んでいた肘と膝だったが、傷パワーパッドを貼ったおかげで痛みがだいぶマシになってきた。
「じゃあ後片付けしてグラウンドに戻ろうか」
「そうね」
俺と真里奈は手分けをして道具を片付け始める。そして保健室を出ようとするわけだが真里奈が入り口の段差につまずいて転びそうになってしまう。
「危ない!?」
反射的に体が動いた俺は麻里奈の体を横から抱き寄せる。それによって麻里奈が転んで床に激突する事は回避できた。てか麻里奈の体めちゃくちゃ柔らかいな。
「ち、ちょっと早く離しなさいよ。恥ずかしいでしょ」
「……あっ、ごめん」
顔を真っ赤にした麻里奈にそう言われた俺は慌てて体から離れた。その際に麻里奈がちょっと名残惜しそうな表情をしていたように見えたのは多分気のせいだろう。