百年余りの学び舎
都心を大きく外れた、小さな農村にある、たった一つの小さな学校。その学校は創立以来建て直されていない、100年余りの、歴史ある学び舎である。
しかし最近は、急激な過疎化で、この町の人口もめっきり減ってしまった。若者も上京してしまう為、学校に通う様な子供など、居るはずもなく、そんなこんなで近々、取り壊されることになった。
ー午前0時、学校ー
「なぁ、知ってっか?ここ壊されちまうんだってよ」
「えぇ、そんなぁ。酷いや酷いや、あんまりだよ」
「このままでは、私たちの大切な居場所が奪われてしまう。何とか、何とかしなければ・・・」
ゴニョゴニョ・・・ゴニョゴニョ・・・
真夜中、人々も眠りに就いて、静まり返った少し寂しい町の中、ほんの小さな話し声が聞こえていた。
ー翌朝ー
「なぁ村長、本当に取り壊しちまうのか?」
1人の老人が、そう村長に問いかけると、それを皮切りに続々と村民達が村長に話しかけた。
「村長、あの学校は、俺たちだけじゃなくて、村長自身も世話になった、思い入れのある学び舎だろう?」
「そうだよ村長!そんな大切な場所を、取り壊して立て替えてしまうだなんて」
「仕方ないだろう・・・もうこの村には学校に通う様な子供も居ないし、これ以上過疎化が進めば、村の存続も危うくなる。どうにか村興しでもして人を呼ばないと・・・そうしないと、本当にこの村はお終いなんだ・・・」
「しかしだなぁ、村長。学校を潰して遊戯施設を建てたところで、結局人が来なくて、経営が立ちいかなくなって潰れちまうのが関の山だぞ?」
人々が村長に抗議していると、「どうしたんですかぁ?一体」と、嫌に癇に障る喋り方をして、ギラギラとした装飾の付いた時計や金ピカのネクタイピンなんかを、チャラチャラと見せびらかす様にあしらった、背広姿の男がやって来た。
「またあんたか」
その男の姿を見た、最初に村長に話しかけていた老人が、キッと男を睨みつけながら、小さく、低く言い放った。
「嫌われてますねぇ、私も。それほど忌避される様なことはぁしてないつもりなんですがねぇ、片桐さん?」
男はそう言いながら先程の老人の肩に手を置いた。
「片桐さんに触れるんじゃないよ!穢らわしい!」
「そうだ!そうだ!とっととこの村から出てけ!この成金野郎が!」
人々が罵声を浴びせ続けていると、意外にもそれを止めたのは村長だった。
「止めないか皆!菅谷さんは、この村の発展に力を貸してくれているんだぞ!」
「村長・・・あんたホントにどうしちまったんだい・・・」
(ふはっ、こんなド田舎中のド田舎に、何建てたところで人なんか来るわけねぇだろ。ほんっとアホは単純で良い金づるになるなぁ。これから徐々に揺さぶって、最終的にはこの村の利権ごと掻っ攫ってくとするか・・・。まぁ、こんな偏狭でも温泉街にでもすりゃあ、ちったぁ儲けになるか・・・)
「どうやらお邪魔みたいなんで、今日は帰りますねぇ」
菅谷は気色の悪い笑みを浮かべながらそう言うと、後ろ手を振って去っていった。
「ああっ、ちょっと、菅谷さん!」
「村長!あんな成金ほっときなって!」
ー同日、学校ー
「あいつのせいか」
「あいつがここを壊される原因」
「追い出さなきゃ」
「追い出さなきゃだね」
通う人が居ないはずの校舎から、小さな声が聞こえていた。主の分からぬ声は、その後もヒソヒソと話し続けていた。
ー2週間後ー
菅谷によって学校の取り壊し計画は着々と進み、遂に明日、取り壊しを始めるところまで来た。今日はその下準備として、菅谷が業者と村長と一緒に校舎内を見て回っていた。計画を不満に思っている人々が、その姿を顔を顰めながら見ていた。
「あちこちボロボロで、今にも床が抜けそうですねぇ」
相変わらず癇に障る口調と言葉遣いで、菅谷が話し始めた。
「全体的にかなり老朽化が進んでいますので、取り壊しには苦労しなさそうですね」
業者と菅谷が話しながら村長と歩いていると、廊下の先に扉の開いた教室が見えた。
「あれ?なんで開いてるんだ?」
村長が首を傾げながらそう言うと、菅谷たちを追い抜いて教室へ走って向かった。
「大方、ボロ過ぎて勝手に開いたとかじゃないですかぁ?」
「いえ、老朽化が進んでいる場合、扉は寧ろ開きにくくなるはずです」
「じゃあ、ずっと開いたままだったんですよ」
「そんなはずありません。1週間前に下見した時は、外からではありましたが、全ての教室の扉は閉まっていました」
「なら、誰かが入って開けたんでしょう」
「いえ、校舎の出入口は施錠されていましたし、窓にも入ってきた入口の扉にも、埃が溜まってましたから、暫く開けられていないでしょう」
菅谷の出す難癖とも言える様な可能性は、村長と業者により、悉く否定された。
(くっそ、オンボロだわ黴臭ぇわ、その上こんなきっしょく悪ぃことまで起きるわ、なんなんだ此処はぁ。気味悪ぃし、こんなとこさっさとぶっ潰しちまうとするか)
菅谷がそんなことを思いながら教室の扉に手を掛けた。
「あ?ちょっと待てよ・・・おい、此処、閉まってたか?」
「いえ、私は閉めた記憶はありませんよ?」
「私もです」
「どうなってんだよ・・・村長、開けて貰えません?」
「分かりました」
そう言って村長は、菅谷の代わりに扉に手を掛け、横へスライドした。
「開きましたね」
そして、村長が教室の外に出ると、次の瞬間、勢いよく扉が閉まり施錠される音がした。
「ちょっと村長!なんで閉めるんですか!」
業者がドンドンと、内側から扉を叩く。
「私が閉めたんじゃないんです!勝手に閉まったんです!」
「んな訳ねぇだろ!じゃあなんで閉まったんだよ!」
あまりの事に、遂に菅谷の口調が崩れた。だが、菅谷も村長も無論、業者も、そんなことには気付かなかった。
そして事実、村長は教室の外に出てからは、1度も扉に触れていない。
「くそっ!どうなってやがんだよ!」
菅谷がそう叫ぶと、教室にあった黒板にいきなり文字が書かれた。いや、書かれたと言うよりも、浮かび上がったと言った方が正確だ。黒板には、こう書かれてあった。
『我らの平穏を荒らす不届き者、必ずや罰が下るであろう』
「罰だと?ざけてんじゃねぇぞ!」
黒板の文章に腹を立てた菅谷が、黒板を蹴り上げた。すると、
『許さぬ、決して許さぬ。』
そう浮かび上がると束の間、
『許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ』
永遠とこの単語だけが浮かび続けた。それに菅谷も業者も腰を抜かし、すぐ隣にあった埃をかぶった本棚にぶつかった。すると、1冊の本が2人の元へ落ちてきた。見ると、あるページが開かれていた。そこにはこう書かれてあった。
『恐怖の始まり、それ即ち、貴殿らの悪夢の始まり』
「うわあああ!!」
2人が一斉に叫ぶと、扉に向かって我先にと走り出し、今度はバンバンと必死で扉を叩いた。すると、勢いよく扉が開き、2人は投げ出されるように外に出た。
そのまま2人は、村長には目もくれず、業者は出入口へ、菅谷は逆方向へ互い違いに走って行った。
呆気にとられていた村長は、ふと、あることを思い出した。
「七不思議・・・」
そう呟くと、教室からさっきの本が、村長の元に転がってきた。
『思い出の想起、それ即ち、繁栄の始まり』
「"運命を語る小説"・・・そうかここは、"秘密の教室"か」
そう言って目線を上げると、村長は教室の中へ入っていった。
村長がふと黒板を見ると、また文字が浮かんだ。
『思い出したかい?昔のことを』
「ああ、一体、何をしていたんだろうな・・・私は」
『泣いている暇など無いだろう?自分の成すべきことを、成しなさい』
それを見ると、村長は慌てた様に走り出した。方向は、菅谷の向かった校舎の奥の方だ。階段を上っている途中、上の方から菅谷の悲鳴が聞こえてきた。
「わああああ!本当にどうなってんだよこの学校はぁ!」
その声を聞くと、村長はハッとした様な顔になった。
「"入れ替わる階段"・・・。お願いだ、私を、菅谷の所へ通してくれ・・・」
村長がそう話しかけた途端、階段の先が、踊り場から屋上へ変わった。
「もうたくさんだ!こんなぼろ校舎燃やしてやる!」
村長が息を切らしながら階段を登りきると、菅谷は入れ違う様に階段を駆け下りた。
(まずい。あの人はやると言ったら必ずやる・・・どうにかして止めなければ・・・)
そんなことを村長が考えていると、またしても菅谷の叫び声が聞こえてきた。
「ああ!もう許してくれ!俺が悪かったから!直ぐにこの村から手を引くから!頼む!もうやめてくれ!」
叫び声の中にドタドタという大きな足音が聞こえている。どうやら、何かに追い回されているらしい。
「"暴れる石像"なのか」
村長も慌ただしく階段を駆け下りると、やはり菅谷は、大きな石像に追いかけられていた。しかし、よく見ると、その後を2体の小さな人形も追っていた。人形は、菅谷を追いかけながら何か話しているようだった。
『僕らの居場所を奪わないでよ。僕らは唯、のんびり暮らしたいだけなのに』
『謝ってよ。さっき、俺たちを棚から落とした挙句、蹴り飛ばしてごめんなさいって。俺たちの居場所を奪おうとしてごめんなさいって』
『さあ』
『ほら』
『『謝ってよ!!』』
小さくも迫力のある声で、人形たちは菅谷に訴えた。その後は無言で又、菅谷を追いかけ回している。
「"意思を持つデッサン人形"」
暫く追われていると、ある瞬間、ピタッと石像と人形の動きが止まった。
「あ?追ってこない?・・・はぁ、一体何だったんだよ」
息も絶え絶えに、菅谷はその場にへたり込んだ。だが、これは休息ではなく、新たな恐怖の前の静けさであった。
『座るな。貴様の様な汚らしい者が座る場所など、この学び舎には無い。出ていけ。早く、出ていけ。今すぐ出ていけ。さあ、さっさと、ここから、出ていけ!』
何処からともなく声が聞こえてきた。それは、若い少年の声だった。そう、丁度学生くらいの、張りのある声だ。
「・・・・・・」
遂に菅谷は、声も出さずに走り出し、学校の出入口から村の外へ、一目散に去っていった。
「はぁ」と、村長がそこに腰を落とすと、ぞろぞろと沢山の者が駆け寄ってきた。それは、外で見ていた人々だけではなく、石像や人形もであった。
「大丈夫かい?村長」
「怪我してねぇか?」
人々からの温かい声が、村長の心に染み渡った。
「すまない・・・皆。皆私を説得してくれていたのに、私は皆を突き放し、否定し、挙句酷い言葉を浴びせてしまった。私は、村長失格だ」
束の間の沈黙。それを破ったのは、片桐さんだった。
「何言ってるんだ。お前の突っ走り癖は、今に始まったことじゃないだろう?」
「そうよ!昔っから命知らずなことでも、構わずガンガンやってた癖に」
「辰之助、深雪・・・」
片桐さんと深雪さんに続いて、沢山の人が村長に話し掛けた。
『良かった。これで仲直りだね』
「もしかして、"不可視の生徒"かい?」
片桐さんがそう訊くと、少年は小さく頷いている様な感じがした。
「皆に、見て欲しいものがあるんだ」
そう言うと村長は、人々を先導して教室に入った。
『成すべきことを成せたようだね』
「"応える黒板"ね」
『七不思議と子供たちの再会。それ即ち、とっても嬉しい』
小説のそのページが開かれると、一同は「そうだね」と優しく笑った。
「村興しなんて、きっと、必要なかったんだな」
村長がそう呟くと、深雪さんが手をパンと鳴らして話し出した。
「そうだ!ねぇ村長、こう言うのはどう?」
ー1ヶ月後ー
「大賑わいだね、こうちゃん、たっくん」
「ああ、そうだな、深雪」
「忙しいって、こんなに楽しいんだな、孝、雪」
なんと、村の学校は沢山の人で溢れていた。実はあの日、深雪さんが提案したのはこういうものだった。
「じゃあこう言うのはどう?この子たちを活かして、不思議な学校って設定で出し物をするの。校舎は綺麗に掃除して、抜けそうな床とかを張り替えれば使えるし」
その提案は、見事大成功。思い出は残しつつ、村興しも出来るという結果となった。
暖かく、柔らかな陽射しと、鮮やかな薄紅色の桜の花びら、そして村民たちの愛に彩られて、学び舎は、今も同じ場所に建っている。
この学び舎からは声が聞こえてくる。とても明るい、楽しそうで賑やかな声と、夜中の静けさに響く、小さな、とっても不思議な声が。
〜はしがき〜
七不思議一覧
1,"秘密の教室"
2,"応える黒板"
3,"意思を持つデッサン人形"
4,"運命を語る小説"
5,"不可視の生徒"
6,"入れ替わる階段"
7,"暴れる石像"
登場人物一覧+設定
村長ー名前:梶沢 孝太郎。十数年前に前村長だった父が亡くな り、村長なった。それ以降、村民皆から村長と呼ばれ る様になり、幼馴染である片桐さんや深雪さんからも、
村長と呼ばれる様になった。今は、昔の様に名前で呼ば
ている。学生の頃から2人を下の名前で呼び捨てにして いる。
片桐 辰之助ー村長と深雪さんの幼馴染。村長を、"孝"、深雪 さんを、"雪"と呼んでいる。
葉山 深雪ー片桐さんと村長の幼馴染。村長を、"こうちゃん"
片桐さんを、"たっくん"と呼んでいる。
菅谷 誠ー東京で悪徳不動産を営む、名前負けした金持ちの親
の七光りー
業者ー名前:無し。菅谷が雇った解体と建設を行う業者の責任 者。こっちは真っ当な会社ー