6 青き野心 ー悠樹ー
明日は篠原市長に会える。スタッフに指示したプレゼン資料も最終チェックが終わった。
今日はもう温泉に浸かって英気を養い、早めに寝よう。頭をフル回転させるには十分な睡眠は必須だ。
 
「井戸ちゃんも今日はゆっくり休んで。明日は正念場だ。」
悠樹は1人だけ助手として連れてきた井戸原優にも休息を勧めた。
井戸原を連れてきたのは、彼女がこの提案プロジェクトに最初から参加しているから、というのもあったが、彼女の明るい笑顔がプレゼンに好印象を与えると計算したからで、他のスタッフに比べて彼女が特段優秀というわけではない。
寝不足の顔では悠樹の目論見が半分以上崩れてしまう。
 
* * *
 
気象災害は年々酷くなってきた。
2年前洪水に見舞われた地域が、ようやく復興の目処が立ってきて、さあ再出発——という時に再び土石流に見舞われる。
そんな悲劇が日本のあちこちで見られるようになってきていた。
 
気象シェルター付き住宅——というものがハウスメーカーから売り出されて、一定のシェアを持ち始めていたが、現実の気象災害の頻発は、そんな個人の対応策など嘲笑うように街ごと破壊していくようになっていた。
 
これはもう・・・。
これまでの都市計画概念では対応できない。
 
そこにビジネスチャンスを見出したのが、建築家・茜部悠樹だった。
若干28歳のこの新進気鋭の建築家は、自身の事務所のサイトに持論を展開すると同時に政治的にも動き出した。
コンパクト・シティ。
 
ショッピングモールや公共施設、シェアオフィスなどと共に集住する住宅エリアをコンパクトにまとめ込んだ小都市空間を、頑強な殻で包んだ耐気象アーバンビル。
だらだらと広がった街で過酷化する気象に個別に対応するのではなく、都市機能を集約してまとめてシェルターで包んでしまえば、被害を受けるたびに復興予算を付けているより最終的なコストはその方が安くつく。住民の安全も守ることができる。
そういう概念である。
 
悠樹の独創ではない。
既にサウジアラビアでそういう計画が持ち上がっているし、古くは20世紀にアーコサンティという形でパオロ・ソレリィという建築家が具現している。
もっともアーコサンティの場合は、環境負荷を最小化する、という意味での理想の都市を目指したプロジェクトだった。
当時の建築メディアでは話題にはなったが、それだけだった。世間は、より広く、より大きく、より高く、より速く、を目指し、そんな世捨て人みたいな建築家の理想など忘れてしまった。
その結果が、今の世界的気象災害である。
所詮、人間は我が身に不都合が起きるまでは目先の欲に走り続けるものなのだろう。
悠樹はいい時代に生まれたものだ、と思う。
このタイミングだからこそ、この大きなプロジェクト案は説得力を持つ。
 
* * *
 
市長と担当職員へのプレゼンの感触は良かった。多少、父親が与党の県議会議員であることも影響しているかもしれない。
悠樹もそこは分かっていて、利用できるものは何でも利用しようと考えていた。もちろん父親から口利きもしてもらった。
このあたり、他の同業者よりも自分は運がいい。
 
地方都市で構わない。話題になるものを1つ創れれば、世界への道が開けるだろう。古い建築家の弟子になるような時代じゃない。彼らが手をつけていない部分をいち早く押さえてしまえば、悠樹自身がトップランナーになる。
 
しかもラッキーなことに彼の地元は、このところ2度にわたって連続的に豪雨災害に見舞われていた。
そのつど復興予算を使うより、予防的な耐災害都市に作り変える。その方がトータルコストは安い。
彼のこの理論は既に現実に受け入れられる素地ができているのだ。
 
いい街に生まれ育ったものだ。
 




