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ホモ・ノウム  作者: Aju
42/50

42 叫び ーナオミー

「あ・・・あの・・・。わたしたち、・・・実は、シェルターの中から、この地区の調査に来ていて・・・」

「クルーエ先生!」

「それで・・・あなたたちを中へ・・・」

 ナオミが正直に目的を打ち明けようとしたその矢先——。


「中の人間だと!?」

 あの優しかったアバルさんが、鬼のような形相になった。

「中で、ぬくぬくと食ってるヤツが! わたしらのなけなしの食い物を食いやがったのかあ———!!」


 アバルさんがその形相のまま中へ入ってきて、ナオミの肩を、がっし! と掴んだ。

 そのままナオミのボロ服を掴んで引っ張る。すごい力だ。

「代金に身ぐるみ脱いで置いてゆけえ!」

 ナオミは抵抗できずに上着を剥ぎ取られてしまう。あんなものだけ食べてて、どうやってこんな力が?


「うっほお——! ブラジャーだ! シェルターの上質のブラジャーだよ!? 金になるぞお! アッサム! もう1人もひっぱがせ!」


 ナオミはどう理解していいのか分からない。

 これが、あの優しいアバルさんと同じ人なのか?


 ナオミはアバルさんの手をふり解こうともがくが、まるで力が違う。

 留め具が引きちぎられて、ブラジャーがはぎ取られた。


 ロイもアッサムとマリアに襲いかかられ、あっという間に上着をはぎ取られた。

 まるでドーベルマンだ。


「端末を盗られるな! 先生!」

 ロイが叫んで腕をふり回す。

 マリアがふり飛ばされ、アッサムはロイの拳骨をまともにくらってよろめいた。

 その隙に、ロイが近くの支え棒を取って、それでアバルさんの横っ面を力一杯殴る。

 アバルさんがよろめいて、ナオミはその拘束から一瞬解放された。


「逃げろ! 先生! シェルターまで走るんだ!」

 ロイの叫びと共に、ナオミは上半身裸のままで端末を握りしめて走り出した。

 後ろで、草屋根が崩れる音がする。

 ナオミはそのままふり返らず、谷へ向かって駆け下りた。

 体が震えている。


「やろお、逃げるかあ! 中だ! 中のやつらがいるぞお!」

 背後から聞こえるアバルさんの声が、地獄の悪鬼のそれに聞こえる。

 その声に首筋を掴まれそうな気がしながら、ナオミは必死で坂を駆け下りた。ドロ麦の葉が皮膚を切り裂く。


 アバルさん、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい——!!


 風が強くなってきている。雨が降り始めている。

 明日の朝にしようと思ったのは、「天気情報」から今夜はこの谷に水が流れる、と読んだからだ。

 ロイは、ちゃんとついて来てる?


「先生、急げ! 走れ! 水がくるぞ!」

 すぐ背後でロイの声が聞こえ、ナオミは嵐の海で救命ボートを見つけたみたいな気がして後ろをふり返った。

 5mほど後ろをロイが走ってくる。


 そして、

 そのさらに後ろに、小さな影がものすごいスピードで走ってついて来ていた。

 まるで獣だ。・・・が、それは四つ足ではない。


「マリア!」

 ナオミは思わず、その子の名を呼んだ。マリアは反応しない。ひたすらに猟犬のように追いすがってくる。

「だめ! マリア、帰って! 水が出る!」

「先生! ふり向くな! 走れ!」


 ごぉう!


 という音が聞こえて、谷を泥水が覆い始め、あっという間にナオミたちのくるぶしを浸す。

 ドロ麦の群生が揺れた。

 マリアが水に足を取られてよろめく。


「マリア! 早く! こっちに来て!」

 戻ろうとするナオミを、ロイが押しとどめた。

「だめだ! 先生! 大きいのがくる! ふり向くな。登れ!」


 上流方向から大きな音が聞こえ、どっと大量の水がドロ麦をなぎ倒して押し寄せてきた。


 その濁流の中に、声もなくマリアの姿は消えた。


「いやああああああ! マリア————!!」



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