41 調査 ーナオミー
アバルさんの家に泊めてもらったことで、「外」の世界の様子がかなり効率的に分かってきた。
西側のスラムは大きく3つの地域に分かれていて、それぞれにそこを支配して秩序を維持しているマフィアがいることも分かった。
こうした秩序が曲がりなりにもあることで、西側にはシェルターを襲撃するようなギャングはいないことも分かってきた。
今までそんなことすら誰もちゃんと調査したことがないことに、ナオミはむしろ驚いた。
「どうして政府は、今までこうした調査すらしようとしなかったんだろう?」
「余力がなかったんじゃないですか?」
ロイはそんなふうに言ったが、やろうと思えばできたはずだ。
実際、今のナオミの研究には、わずかだが政府の補助金も付いている。
取り残された人々から目を背けたかったんだろう——。とナオミは思った。
大多数の建物は、シェルター内で使われる「資源」として分解、回収されてしまっているが、それでも手付かずの痕跡はけっこう残っている。
そのうちのわずかに残った半壊したビルなどには、マフィアの幹部が住んでいるようだった。
「迂闊に近づかない方がいいよ。」
とアバルさんは忠告してくれた。
アバルさんの「家」は狭いので、ナオミたちは別の場所にバラックを構えることにした。
というのは半分方便で、ずっと一緒にいると調査に動けないということもあるのだ。
今のところ彼女たちは親切だが、食料を集める「労働」をしないで人数をカウントしてふらふら歩いていては、挙動不審なよそ者として見られてしまう。
あくまでも、ナオミたちは食料を求めて流れ着いた難民の体裁を作っておく必要があった。
政府を説得するためのデータがそろうまでは、計画は胸の内に秘めておかなければならない。
だが実際に仮の住居にできそうなところを探してみても、良さそうな場所は全てすでに誰かが住んでいて、ほとんど山の谷際くらいしか空いていなかった。
「大雨が降ると流されるかもしれないよ?」
アバルさんは心配してくれたが、むしろこのくらい離れた場所の方がいいかもしれない。
「新参者ですから。」
端末を操作しているところなど見られては困るし、その端末でシェルターの「天気情報」を見ることもできる。
観測手段は限られているからそれほどの精度ではないが、それでもここの住民たちよりは早く危険を察知できるだろう。
シェルターから持ってきた食べ物を、こっそり食べることもできる。
山の際だと大型の山ネズミが人を襲うこともある、と聞いたが、ロイが罠を作ってそれを捕らえ、肉として売ることでマフィアへの「税金」を支払うこともできた。
バラックの材料となる廃材は、拾ってくることのできるものなどほぼない。全ては誰かの所有で、金か食料を出して買うしかなかった。
ここでの通貨は硬貨のみで、それは100年以上も前にシェルターと街が共存していた時代に使われていたものだ。
どういう方法でか、マフィアはそれを大量に持っているらしく、それを一定量通貨として流通させていた。
外は外で、シェルターとは別の1つの国家のような体を成しているようだった。
ドロ麦の収穫は見た目よりも危険な作業で、それだけに刈り取った穂や藁はそれを行う者たちを豊かにした。自分たちの食糧にもなるし、金にもなる。
ただし、常に突然襲ってくる豪雨の危険にさらされながらの作業になった。
そのあたりは降っていなくても、上流で豪雨が降れば突然濁流がやってくるのだ。低い場所へ刈りに行けば行くほど、収穫も多い代わりに命を落とす危険も高まる。
ナオミとロイは、シェルターの天気情報を利用した。
そのおかげで、アバルさんたちは安全にたくさんのドロ麦を収穫することができた。
最初の1週間ほどは、ナオミたちはアバルさんに協力してその作業を行ったのだ。
「あんたたち、すごいねぇ。どうして水が出ると分かるんだい?」
「私たちの村では昔から、空を読む、ということをやっていました。洪水の多いところだったので——。」
ロイがまた適当なことを言う。実際は端末の天気情報を使っているだけだ。
「ねえ、ねえ。どうやるの?」
マリアが目を輝かせてロイに訊いた。
「う〜ん・・・。うまく言えないけど、・・・勘みたいなもんなんだ。私たちの村は、ずっとそうやってきたから、なんとなく身についてるんだよ。」
上手く言い逃れるものだ。ナオミは感心する。
この若い助手は、自分なんかよりもよほど世慣れているな。
アバルさんは、珍しいものが手に入るとこっそりナオミたちに分けてくれた。
「わたしたち、最初に親切な人たちに会えて幸運だったね。」
ナオミがそう言うと、ロイは少し複雑な笑顔を見せた。
「私たちの『空読み』の能力を独占しておきたいんだと思いますよ。広く知られたら、利益を独占できなくなりますから。」
それからロイは素直な笑顔になって続けた。
「私たちにもその方がありがたいです。目立たなくていいですからね。」
ドロ麦の刈り取りが一段落すると、ナオミたちは本来の目的である調査を始めた。
調査では人口だけでなく、「外」の社会の仕組みについても、断片的だが分かってきた。
「これは予想外の収穫だわ。」
さらに驚いたことに、シェルターの中の食べ物が「高級食品」として、まれに出回ることも分かった。
「私らには無縁の代物だよ。」
とアバルさんは肩をすくめてみせる。
「どうやら、シェルターの中に食料を『外』に横流ししている連中がいるらしいです。」
どこから仕入れてきた情報なのか、自分達のバラックの中でロイがそんなことをナオミに話した。
「いったい、何と交換しているのか・・・?」
「ロイ・・・?」
「だって、そうでしょう。タダで渡すわけがない。闇ルートだっていう話なんです。」
調査は1ヶ月ほどかかったが、その間、何回かシェルターに戻り、食品や端末の電池の補充を行った。
明日はシェルターに戻るという日の夜、ナオミとロイは荷物の整理をしていた。
荷物といっても、端末とわずかな食べ物くらいだ。
シェルターの食べ物は発見されてはいけないから、口直し用にほんの少し持ってきているだけで、普段はこちらの食べ物を食べていた。
それにもけっこう慣れた。
アバルさんたちにお別れを言いたいけど、それはできない。
政府を説得して、晴れて彼らをシェルターに迎え入れることができた時に挨拶に行こう。
感動の再会——というわけだ。
ナオミはひとり頬を緩めながら、シェルターから持ってきていた非常食を頬張っていた。
「それ、何?」
突然聞こえたマリアの声に、ナオミとロイは腹わたが抜け落ちそうなほどの衝撃と共にふり返った。
そこに、マリアとアッサムとアバルさんが立っていた。
「珍しいものが手に入ったから・・・お裾わ・・・け・・・」
ナオミは手にシェルターの非常食と端末を持ったままだ。




