40 優しい人たち ーナオミー
小高い丘の上にあるスラム街は、意外なほど活気に満ちていた。
ナオミたちはまず、丘を登り切る前に低地に生える背の高い草を刈り取っている人々を見かけた。
彼らもナオミたちに気がついて、中の1人が声をかけてきた。中年のおばさんだ。
「あんたたち、他所からきた人かね? この辺じゃ見かけない顔だけど。」
まずい。意外に住民同士でけっこう顔見知りなのか? どう言い繕ったものか。
「俺たちは、山の向こう側から食べるものを探しながら歩いてきました。」
ロイが適当な作り話をする。
「小さな村だったんですが、周辺に食うものがなくなっちまって——。みんなは北に向かうって言ったんですが・・・、俺たちはシェルターに近い町の方が食えるんじゃないかと思って・・・。」
ロイったら、よくまあこんな話をペラペラと・・・。この能力でうちの研究室にももぐり込んだか?
ナオミは呆れたが、今はロイの話に合わせた方が中に入り込みやすそうだ、と思った。
「ああ、まだそんなところが有ったんだねぇ。あんた、正解だよ。贅沢言わなきゃ、ここでは食べられるよ。一応秩序もあるしね。なら、ちょうどいい。」
そう言って、おばさんは小さなナイフをロイに差し出した。
「ドロ麦を刈るのを手伝いな。半分は税で納めなきゃならないが、半分はこっちのものになる。たくさん刈ればそれだけ身入りが増えるってもんさ。手伝ってくれたら、今夜はわたしンとこに泊めてやるよ。どうせ、寝るとこもないんだろ?」
おばさんは名前をアバルといった。
年齢を訊いたらナオミとほぼ同じだったので、ナオミは10歳ほどサバを読んでおいた。どうやら「外」では、ある年齢を過ぎると急速に老けるらしい。おそらく栄養状態のせいだろう。
アバルの家は、ほとんど廃墟になってわずかに残った建物の構造物を利用して、放置された旧市街の建物の残骸やゴミ類、布切れやテントの切れ端を利用して作られていた。その上に刈った草を厚く被せることで、雨風や暑さ寒さを凌げるようにしてある。
そんな家が身を寄せ合って、ぎっしり並んでいるのがスラム街だった。空撮写真だけでは、このリアルは分からない。
アバルさんの「家」には、アバルさんの他に4人が暮らしていた。
5歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子、それに足の悪い年齢不詳の男性だ。男性はアバルさんの友人で、ケンドゥといった。
女の子はマリア、男の子はアッサムという名だった。
血のつながりはない、ということだった。2人とも色黒で、特に女の子の方は目に見えて体毛が多かった。
女の子なのに、かわいそうに——とナオミは思ったが、すぐに思い直した。見た目どころの騒ぎではあるまい。この「外」で生きていくには・・・。
食事として出された器の中身に、ナオミは顔をしかめないよう細心の注意を払った。
草の葉らしきものと何だか分からない粒々が煮込まれたどろりとしたスープのようなものに、虫のようなものが浮いている。
いや、混ざったんじゃなく、この虫も「外」では貴重なタンパク源なのか?
食べるべきだ。
この世界に馴染んで調査を進めるためには、これはちゃんと食べなくてはいけない。
ロイは? と見ると、にこにこと愛想笑いを浮かべて美味そうにスープを啜っている。
ナオミも真似をして、できるだけ笑顔になるように顔の筋肉を動かしてスープを口に入れる。
イメージを振り払ってしまいさえすれば、意外に味はよかった。
「あんたらのいた所では、這い付き虫は食わんかったかね?」
ナオミの無理してる感を読んだんだろう。アバルさんがそんなふうに言って笑った。
「ええ・・・まあ・・・。でも、美味しいですね。」
「そう言ってもらえるなら良かった。まだあるから、よかったらお代わりしておくれよ。」
「あ、でも、子どもたちを優先してください。」
アッサムとマリアが、襲いかかりそうな目で鍋の中を見ている。
ケンドゥさんは足が悪く、ドロ麦、と彼らが呼んでいる植物を刈り取りに出かけるのも難しいようだった。
その代わり、彼は子どもたちが何処かから拾ってくるわずかな壊れた機械などの部品を組み立て、それなりに役立つ道具を作って売って生計を助けていた。
こんな環境だからこそ、「外」では人はこんなふうに助け合って生きているんだ。
ナオミは、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
来てよかった———。
「どうする元信」ばかり書いていたので、少し間が空きました。




