4 遭遇 ーギダー
いつの時代も、子どもにとってちょっとしたルール違反はワクワクする大冒険だ。
大人たちは「危険なこと」としてそれを禁じるが、ダメと言われればやってみたくなるのが子どもというものだろう。
ギダは好奇心の旺盛な子どもだった。
あの岩の穴はどうやって開いたり消えたりするのだろう?
あの恐ろしげな魔物が出ていった後、岩の穴が消えるところを見てやろうと、ギダはさらに隠れている岩から降りて背の高い草の中に入っていった。
うまい具合に穂の先に実をつけたハザがあるから、それを持って帰ればそれほどひどくは叱られないだろう。
ギダはそれを手に持った袋に詰めれるだけ詰め込んで、さらに先へ進んだ。
つるつるした岩は大きく、いちばん端は草むらのすぐそこあたりまできている。
こんなに近づいて大丈夫か? とも思ったが、今のところ体に異変は何も感じない。
もう少しよく見ようと草陰から立ち上がってから、そのすぐ先に誰かいるのに気づいた。
すぐに隠れるべきだったのかもしれない。が、ギダはそのあまりの美しさに呆然と突っ立ったままになってしまった。
大人の女の人・・・? のようだが、大きさはそうでも顔が子どもみたいにあどけない。第一、これは人間なんだろうか?
髪の毛の色こそギダたち人間と同じように栗色だが、肌が岩塩みたいに白く、しっとりとなめらかで柔らかそうだった。
着ているものはもっと白く、複雑な形をしていて、風呼び鳥の羽根のようでもある。
これは・・・精霊だろうか?
魔物の岩のすぐ近くにはいるのだけれど、ギダにはそれが魔物だとはとても思えなかった。
精霊はギダを見つけて近寄ってくると、ギダと目線が合うようにしゃがんで優しげな眼差しで微笑みかけた。
甘い匂いがした。
精霊が何かを言ったが、それはギダに解る言葉ではなかった。ただその言葉は歌うような響きを持っていて、その声は今まで聞いた中で最もきれいな声だった。
「お・・・おまえは、精霊か?」
とギダは聞いてみたが、精霊は微笑んだまま小首を傾げているだけだ。こちらの言葉も解らないらしい。
そのうち精霊は自分の顔を指差し、「マナハ。」と聞こえる発音をした。それからギダを指差し、歌うような言葉で何かを言い、ちょっと首を傾げる。
ギダは頭がいい。すぐにこれはおれの名前を訊いているんだ、と理解した。「マナハ」は精霊自身の名前だろう。
ギダは自分を指差し、「ギダ!」と名乗ってから、相手を指差してこう言ってみた。
「おまえはマナハ!」
すると精霊は本当に嬉しそうな笑顔になって、ギダと自分を交互に指差して
「ギダ! マナハ!」とその美しい声で繰り返したのだった。
ギダはこの美しい精霊が自分の名前を覚えてくれたことが嬉しくて、とびっきりの笑顔になってしまった。
ギダはすっかり心を許してしまったのだが、しかしこのあと、精霊は思いもかけない行動に出たのだった。
また歌うような響きで何かを言うと、魔物の岩を指差し、そしてギダの手を掴もうとして来たのだ。
ギダは反射的に背後に跳び退いた。
そして草の中に身を隠し、進路が分からないようにあちこちの草を揺らしながら手近な岩の陰へと隠れて様子をうかがった。
精霊は驚いたような、少し悲しげなような表情をしてギダが最初に隠れた草むらの方を眺めていたが、やがて背を向けて魔物の岩の方に歩き出した。
精霊が手を触れると岩の一部に穴が開き、精霊はその中に入ってしまった。精霊が中に入ると穴は塞がってしまい、元のつるつるの岩に戻ってしまった。
あれは・・・やっぱり魔物だったのか?
おれは、危うく魔物に取り込まれてしまうところだったのだろうか?