32 逃走 ーアッジスー
UPしてから、少しだけ描写を加筆しました。
モランが住戸の受電BOXを開け、ブレーカーから幹線を引きちぎる。部屋が真っ暗になった。
そのまま露出した幹線の電線部分を接触させて、幹線側をショートさせた。
関連する1区画が停電したのを確かめて、2人は廊下に飛び出す。
これで侵入者がどこにいるか、敵側にも明確になった。すぐに軍と警察がやってくるだろう。2人は他のメンバーが壁を越えて逃げる時間を稼ぐための囮役でもあるのだ。
廊下の暗い区間はそれほど長くはない。軍や警察が駆けつける前に、一気に走り抜けて階段まで行くのは難しくなさそうだ。
非常照明のバッテリーで薄明るくなった廊下を、2つの影が野生の獣のような速さで駆け抜けてゆく。
アッジスが手すり越しにちらと眺めると、2階層下のアトリウムの広場に銃を構えた兵士の群れが走ってくるのが見えた。
アッジスとモランが目配せをし、アッジスは階段へ、モランは階段を過ぎてその先に行く。
モランは手すり越しに銃を突き出し、階下の兵士たちに向けて乱射した。2人が倒れ、残りが一斉にモニュメントなどの陰に隠れた。
反撃の弾丸が手すりや天井に当たって、火花を散らす。
モランはわざと姿を晒して、アッジスがいる階段からさらに先へと走りながら手すりから銃を出して下に向かって撃つ。
それから手すりの陰に隠れると、身を低くして今度は脱兎のごとくアッジスのいる階段に向けて走った。
非常用照明だけで薄暗い階段室に入ると、アッジスが踊り場の手すりの陰に身を潜めている。
敵はおそらく、この階段ともう1つ先の階段を使って「侵入者」を挟み撃ちにしようとするだろう。
アッジスたちは、その一方をこの階段で待ち伏せて斃すつもりでいる。
読み通り、一隊が警戒しながら階段を登ってくる音が聞こえた。
アッジスが潜んでいる手すり壁のすぐ反対側に、登ってきた兵士の気配がする。次の瞬間——。
先頭の2人の兵士が踊り場の手すり壁を素早くまわり、階段上と水平に向けていつでも引き金を引ける状態で小銃の銃口を向けた。定石通りの動きだ。
が、その銃口の先に敵はいない。
彼らのすぐ足元に、アッジスがうずくまっていた。小銃の内側、懐の中と言っていい。
あまりにも意外な近さにいた敵に、兵士の顔が恐怖に歪んだその瞬間。
きらっ。
とアッジスの剣が閃いた。
引き金を引く暇も悲鳴をあげる暇もない。
2人の小銃が手首ごと宙に浮かんだ次の瞬間、アッジスが2人の兵士の体を回り込んで階段に並んで後に続く4人の兵士たちの右脇をかすめて風のように駆け下りていった。
ごととん。
と銃を持った手首が床に落ちた頃、6人の兵士は切られた頸動脈から1メートルほどもの血の噴水を噴き上げながらその場に崩れ落ちた。
声さえ上げない。
悪魔の風。
仲間内でそう呼ばれるアッジスの神業である。
アッジスとモランは奪れる限りの武器と弾薬を6人の死体から回収した。軍服の上着も剥いで羽織る。敵を混乱させるためだ。
「これ、全部オレが持つのかよ?」
モランの愚痴に、アッジスの冷たい声がすぐ応答する。
「おまえが戦うか?」
「いや、アッジスに任せる。6人分も収穫があると分かってりゃ、もう1人連れてくるんだったな・・・。お・・・重いぜ・・・。」
「人数が多いと逃げられる確率が低くなる。外でリーダーとデジンが待ってる。そこまでだけだ。」
さらに階段を半回り下りる。
予想した通り、階段の入り口部分に後詰めの部隊がいた。20人はいるだろうか。
アッジスは奪った手榴弾を1つ、手摺の影から階段入り口に向かって投げる。
「わっ!」という声が聞こえて、どん! と爆発音が響き、煙が踊り場までやってきた。
その煙の中を、アッジスとモランは一気に駆け下りる。
その間にアッジスは、さらに2つの手榴弾のピンを抜いた。最初の爆発の煙を抜けるか抜けないかという場所で、広場中央のモニュメントに向かって2つとも投げる。
驚くことに、2人のアウトサイダーは逃げたり身を縮めたりもしない。
投げた上で、アッジスもモランもさらに敵のいるモニュメントの方向に向かって走り続ける。
散発的に銃声が起こったが、「手榴弾だ! 伏せろ!」という声と共にそれはすぐ止んだ。敵は身を守るために物陰に伏せたようだ。
アッジスとモランは、爆発半径の外と思われるぎりぎりのところまで来てから、飛び込むようにして床に身を伏せた。
どん! どん!
続けざまに2つの爆発が起こり、モニュメントが傾いた。
倒れたモニュメントが舞い上げた粉塵から視界が回復した頃、侵入者2人の姿はどこにも見えなくなっていた。
「外への出入り口を封鎖しろ! 見つけ次第、射殺しろ!」
シェルター軍は居住区や、停電したエリアを中心に大急ぎで兵士を展開する。
だが、アッジスたちはシェルター軍の予想外の動きをしていた。
兵の駐屯所に向かっていたのである。
通常、逃げる者が追う者の中心部に向かって奔るとは考えない。アッジスの戦闘行動は常に敵の意表を突いた。




