30 侵入 ーアッジスー
やがてシェルターの外周壁の近くまで来た21人は、それぞれの役割に沿って迅速に動き出した。
外周壁はシェルターの周囲の「庭」を囲む城壁の役割を果たしており、その出入り口は軍用車両専用のものしかない。この壁は、戦争が始まってから設けられたものだという。
出入り口には監視カメラも多く、自動式の銃座もあって侵入できるようなものではないが、外周壁を乗り越えるのはさほど難しくはない。
出入り口こそ監視も厳しく銃座もあるが、手がかりのない塀の部分は監視カメラの数もまばらになっている。
シェルター側にも無制限にセキュリティを高めるほどの資源も余力もないのだ。
農場側はさらに監視カメラがまばらだったが、こちらのフェンスには電流が流れていて乗り越えるのは不可能だった。侵入するなら「壁」の方がまだ容易い。
アッジスたちは監視カメラのいくつかを投石器で弾いて無力化した。
同時に全員がカギ付きロープを塀の上部に投げかけ、一気に登る。カギを外して内側に飛び降りると、ロープを巻きながらシェルターに向かって走る。
庭は観賞用ではなく、外部でも生育できる食用植物生産の農地になっている。が、今はまだ収穫できる状態ではないから、得られるものはない。
そのまま駆け抜けて、シェルター本体の外壁下まで行く。ここからはアッジスのような身軽な戦士の仕事だ。
シェルター外壁には、一見すると手がかりはない。下の方には窓もない。
以前はメンテナンス用のタラップがあったようだが、アウトサイダーとの戦争が始まってからは取り払われた。
上層部には窓もあるが、夜間や嵐の時には頑丈なシャッターが下りているから侵入は難しい。
シェルターの弱点は屋上部にある。
屋上にはソーラーパネルの点検用出入り口や換気ダクト、光ダクトの採光口などがひしめいている。
いわばシェルターの内臓が剥き出しになっているような場所だ。
上からくるものは雨か、せいぜいが霰くらいであり、敵の攻撃は想定されていない。あくまでも、過酷な「自然」に対する防御施設なのだ。
風圧を避けるためもあって、シェルターは高さを抑えて横に広がっている。垂直に伸びた高層建築ではないため、カギ付きロープで十分に登ることができる。
弩を使って、ロープ先端のカギををシェルター上部に撃ち上げる。
カギがパラペットに引っかかったのを確認すると、アッジス他3人がシェルターの壁をいとも簡単に登ってゆく。
屋上まで登り切ると、担いでいった縄梯子を外壁に垂らした。それを伝って残りの人数が屋上へと一斉に登ってゆく。
グループ全員が登り切るまで5分とかからなかった。
また雨が降り始めている。風が強くなってきている。竜巻が起きるだろうか。
雲の中で稲妻が走った。
「光ダクトを使う。」
とリーダーが言っていた計画通りに、数人が鉄の棒で採光ドームの根元を突くようにして壊す。
案の定、ドームの素材自体はテニスボール級の霰にも割れないものだったが、取り付け部分はメンテナンスも考慮してあったので脆弱だった。
透明な集光ドームを外すと、鏡のトンネルが下に向かって伸びていた。
光ダクトは、天空の自然光をシェルターの建物内部に取り込むためのもので、ダクト内部は光を減衰させずに運べるようにミラー状に磨き上げられた金属でできている。
直径1mくらいの鏡の筒は、両手両足をミラー面に突っ張れば、荷物を背負った状態でも人が降りることができた。
ダクトの中はそれなりに明るい。
空はすでに真っ暗だから、そこからくる光ではない。建物の居住空間の明かりが、ダクトを逆に辿ってアッジスたちの元に届いているのだ。
だから、アッジスの体は下から照らされている。しかも湾曲したミラー面に自分の姿が異様に歪んで映る中を下りてゆくので、時折り自分がどこにいるのか、どちらが上か下かも分からなくなりそうになる。
目が回りそうだ。
ダクトは途中で枝分かれし、やがて水平になった。そのあたりから内部が広く、四角くなっている。先に行くに従って高さが低くなり、下面部分に何枚もの乳白色のパネルが並ぶようになった。
「どうやら終点だな。天井が高くなければいいが。」
リーダーのラムズが小声で言うと、別の男がパネルをそっと持ち上げた。パネルは引っ掛けてあるだけのようで、簡単に持ち上げてずらすことができた。
隙間から覗くと、居住区の共用廊下のようで、人が何人か歩いている。大人数ではない。女と子供と老人だ。
「いけるな。」
「よし。やるぞ。」
バン!
とパネルを蹴落として、3mほどある天井からリーダーが飛び降りた。アッジスもあとに続く。
天井の昼光照明のパネルが落ち、その穴から続々と男が飛び降りてくるのを見て、女の1人が悲鳴をあげた。
アッジスたち数人の戦士が女と老人を抱え込み、その喉元にナイフを突きつけた。
「食糧庫はどこだ?」
「し・・・知らない!」
ドスッ! とアッジスのナイフが女の腹に刺さる。
女の足の力が抜け、その場にへたり込むように膝を折って座り込む。自分の身に起きたことが信じられない、といった表情で腹に突き立ったナイフを見ている。
「医者に抜いてもらえ。自分で抜くと死ぬぞ。」
アッジスが女に言うのとほぼ同時に、老人が怯えきった声をしぼり出した。
「さ・・・3階層下だ。エ・・・エレベーターで行ける!」
老人の襟首を掴まえるようにしてエレベータに案内させる後ろで、リーダーのラムズが低い声でアッジスに言った。
「なんでいきなり刺した?」
咎めるようなニュアンスがある。
「早く聞き出せただろ。」
「あれが起点になって軍が動き出すとは考えなかったのか?」
「だから殺してない。救護が先になって、軍の初動が遅れる。どのみち天井から飛び降りた時点で、シェルターの防衛体制発動の起点になってるだろ?」
なるほど——。とラムズは納得した。
こいつ、ただの復讐ゾンビじゃない。頭がいい。




