24 街の暮らし ーミハイルー
「構えるな。乱戦になれば、そんなものは役に立たない。流れるように動け。」
ミハイルの訓練は実戦に裏打ちされたものだ。ルールのある格闘技とは違う。
格闘技とはしょせん、格と格との闘い——すなわちプライドのぶつかり合いであり、そこには明確でなくても一定のルールがある。
しかし、ミハイルが教える近接戦闘術は、単なる脅威の排除技術である。派手な動きも技もない。敵は人間でも戦士でもなく、生きた人体という形の脅威でしかない。それ以上でも以下でもない。いかに合理的、効率的に脅威を排除、または無化するか。目的はその一点に絞られる。
「人体には鍛えようのない弱点がいくつもある。そこを突けば、どんなマッチョ野郎でも一瞬で無力化できる。」
ミハイルの教える戦闘術は、実にわずかな動きだけでその急所を襲う。見た目の派手さはない。アクション映画などには不向きだろうが、ごく短時間に敵を排除することができる殺人技だった。
「重心を落とせ。腹の下まで落とせ。できればくるぶしまで、いや、足の裏まで落とすんだ。そこから上は、自由自在に動かせるようにしろ。」
訓練生たちは、ミハイルの言うことが半分もわからない。
足の裏に重心を持ってくる?
どうやってそんなことができるんだ?
だが、訓練生を10人くらい相手にして、1分もかからずに全員の頸動脈の上にチョークで赤い線を引いて見せるミハイルの動きは、確かに足が地面に吸い付いているようにも見えた。
「ミハイル。あんた、大した戦士だな。」
そんなふうに言われると、ミハイルは少しこそばゆい。他人から裏のない評価なんて受けたことがない。
ここに来てから、人というものを信頼してもいいのだということを、少しだけ信じられるようになってきている。
ユリアが女同士で談笑するのを、ここで初めて見た。イリヤが同じくらいの年恰好の子供とふざけ合うのを初めて見た。
「オレはギャングだった。これはギャングとして生き延びるための戦闘術だよ。誇れるようなもんじゃない——。」
ミハイルは壊れた戦車に隠しておいた武器を回収して、街のために活かすことにした。
「あたしも行くよ。元々2人で持って歩いてたものだから、1人じゃ2往復しなきゃならんでしょ。天候のいい時間は短いよ?」
ユリアがミハイルの目を見て、口の端を上げた。
「イーリャはここで待ってなさい。」
ついて行きたそうにしたイリヤを、ユリアが人差し指を立てて止める。
「はぁい。」
少し不満そうな顔をしながらも、素直に返事したイリヤの頭をミハイルは大きな手でぽんぽんした。
何だか、とても家族らしくなってきたな。と、ミハイルは思う。ここ、ナラテムルにいる他の家族と同じように——。
これが、幸せというものなんだろうか・・・。
ミハイルは胸のどこかが温かくなるのを感じて、ふとそんなことを思った。
30年近い人生の中で、初めて味わう感覚だった。それがミハイルを、どこかで不安にもさせる。
「教官、どちらへ?」
街を出ようとするミハイルたちに、見張りの1人が廃ビルの中から声をかけた。
「ちゃんと仕事してるな。」
ミハイルが笑顔を返す。
「この先1㎞ほどのところに壊れた戦車がある。ここに来る時に、その中に武器を隠してきた。防衛の足しになると思うから、取りに行ってくる。」
「なんで、また・・・」
「小銃やら手榴弾やらどっちゃり持ってここへ来たら、おまえらオレたちを無事に街に入れたか?」
それにしたって、なんで今頃になって? と少し訝しげな顔をした見張りの青年に、ユリアがにっこり笑ってウインクをして見せた。
2人はそのまま、雪の中を西に向かって歩いてゆく。
空は晴れているとはいえ、風はそれなりに強い。すぐに地吹雪が2人の影を景色から拭い去った。
「なんで、半年も経ってから・・・」
青年が誰に言うともなく呟くと、年配の男が微かに笑みを浮かべて静かな声で言った。
「ちゃんと街の住人になった——。ってことだろう。」
そんな会話をしていたからだろうか。その間にもう1つの小さな影が2人の後を追って行ったことに、見張りたちは気づかなかった。




