22 東の街 ーミハイルー
吹雪が上がってみると、ほんの1㎞ほど先に建物群の影が見えた。
街だ。
人はいるだろうか?
いるとしたら、どういう連中だろう?
ミハイルは期待と警戒を半々に、妻子を従えて町に向かって歩き出した。
近づくにつれて、どうやら街は生きているらしいことが分かってきた。生気がある。廃墟に特有の空虚感がない。
ミハイルは用心しながら、ゆっくりと建物群に近づく。携帯しているのはピストルとナイフだけだ。小銃などの武器は戦車の中に置いてきた。下手に武器を見せて近づかない方が安全だからだ。
人の声が聞こえてきた。街にはそれなりの住人がいるらしい。
子供の声も混じっている。それが少しミハイルを安心させた。殺伐としたギャングだけ、というわけではなさそうだ。
ビシッ!
足元の雪が弾け上がった。
「止まれ!」
建物の屋上に小銃を構えた男がいる。同じ建物から、3人の男が銃を構えて出てきた。
「何者だ? どこから来た?」
街の警備がしっかりしている。 そのことはむしろ安心材料だ。
子供の声が聞こえることと合わせると、それなりに大きな武装勢力が街を治めている、ということだと考えられるからだ。
小さなギャング団が抗争しているようなところよりは、はるかに安全だといえる。
「西から来た。妻と子供に食べるものが欲しい。」
ミハイルは両手を上げて抵抗の意思がないことを示しながら言う。
「西には、子供連れで歩いて来られるような距離に人の住めるような所はない。本当のことを言え!」
1人が銃口を突き出す。
「車のガソリンが切れた。10㎞ほど先に車がある。ガソリンさえあれば動く。ここで働き口を紹介してもらえるなら、車は食料と交換してもいい。」
ミハイルはかなり折れて出たつもりである。
とりあえず2人のために食料が確保できるなら、今は相手に有利な取引でいい。
「なぜ、東に来た? どこから来た?」
しばらく3人で相談していてから、その中の1人がミハイルに訊いた。屋上の1人は油断なく銃を構えている。
なかなか、いい。
「いろいろ不審だろうな——。なぜ、については、ギャング団に襲われて逃げて来たんだ。どこから、については勘弁してくれ。追撃を受けると困る。」
そう言ってから、ミハイルは少し友好的な笑顔を見せて続けた。
「あんたたちが漏らさないと信用できるようになったら、おいおい話すよ。今は、哀れなこの家族に食べるものを恵んでもらえないか?」
街はあまり大きくなく、5000人ほどが住んでいるだけだったが、意外にも食料は豊かだった。
理由はすぐに分かった。
耕地は多くなかったが、小さな油井が2本あった。
大きな石油掘削施設はマフィアに押さえられてしまったが、この田舎の小さな2本の油井はマフィアの網からこぼれ、運よく小規模武装組織『ナラテムル』の支配下に置くことができたということらしかった。
この石油を交換物資にして、不足する食糧を補っている。
ナラテムルにおいては、人口のうち8割がこの油井を守るための戦士である。
その点において、ミハイルは歓迎された。装甲を施したランドクルーザーも喜ばれ、彼は街の戦士の一員として居場所を得たのだった。
ただし、ミハイルは戦車に隠した武器については黙っていた。いざという時のための「保険」である。
このよく秩序だった街で、どういう状態が「いざ」なのかは分からないが、全てをさらけ出すのは今の時代は危険だ——ということはミハイルにはよく分かっている。
ギャングの世界で15年以上も生き延びてきたのだ。
だが、ミハイルの心配をよそに、この街は意外なほど平和だった。今のこの地域にこれほど安定した平和を保っている街は、他にないのではないか。
その理由が、半年ほどここにいるうちにミハイルにも分かってきた。
それはナラテムルの戦略にある。
近隣のどの勢力にも、平等に石油を売るのだ。しかも上限を設けて、それ以上を絶対に売らない。
そうすることで、どの勢力にとってもナラテムルと友好関係にあり続ける必要性を作り出し、どの勢力にとってもナラテムルをどこかが独占することを許さない動機付けを行なっているのだ。
もちろん、ナラテムル自身が強い軍事勢力ではあるが、周辺の軍事勢力の存在を「安全保障」の要素にしてしまっているのだ。
上手いやり方だ。
ミハイルは感心した。
ナラテムルのヘッドには2度ほど会ったことがあるが、ケンカが強い、というマッチョタイプではない。体つきは普通だったが、よく動くきらきらした眼をした頭の良さそうな男だった。
この街に戦闘を仕掛けてくるようなグループがないことから、必然、ナラテムルの戦士たちの戦闘力は「訓練」のみで維持することになっている。
そうした中で、ミハイルは自然に「教官」の役割を与えられた。この街に実戦を戦った経験を持つ者は少ないのだ。
戦車の武器は引き上げて、街に持ち込んだ方がいいかもしれないな・・・。




