21 取り残された世界 ーミハイルー
追ってきているのは1台だけだ。が、どうやらランチャーを持っているようだ。1人がルーフハッチを開け、立ち上がってそれを構えるのが見えた。
「ユリア! 運転を代われ!」
ミハイルはユリアにハンドルを渡すと、シートを乗り越えて後部座席へ移動した。
「イーリャ。床に伏せてろ!」
ミハイルは積んであった武器の中から、スナイパー用の狙撃銃を手に取った。
直後、車の斜め前方で爆発が起こる。
ユリアがその爆風をなんとかやり過ごしながら車を走らせる。
おそらく、逃げたのではなくマフィアに応援を要請しに走った、と考えたのだろう。何がなんでも車ごと破壊するつもりだ。
万が一、マフィアが要請に応えたりしたら、ギャング団なんかでは勝ち目はない。マフィア側も、戦果を上げた配下のギャング団をあっさり見捨てた、という風評が立つのは避けたいだろう。応じる可能性はある。どうあっても行かせてはならない。
あのランチャー野郎はそう考えているに違いない。
もちろん、人間相手に「話してわかる」なんてことはあり得ない。20年前なら、どうだか知らないが。
言葉は他人を騙すためにある。
ミハイルが、後部の装甲鉄板の間から狙撃銃の銃身を突き出した。
スコープを覗き、車の揺れを腰で吸収しながらランチャー野郎の頭に照準を合わせる。
そのまま、静かに引き金を引く。
パッ! とランチャー野郎の頭から血飛沫が上がり、そのままそいつは仰けに斃れた。
続けてドライバーの顔に照準を合わせる。
血走った目の若い男の顔がスコープを通して見えた。まだ少年だ。ミハイルがユリアと出会った頃くらいの年だろう。
ミハイルの腹の中は冷え切っている。
何の良心の痛痒も感じない。
静かに引き金を引いた。
ニッサンが瓦礫の中にノーブレーキで突っ込み、ひっくり返るのが見えた。
守るべきは、妻と息子のみ。それ以外は、必要ならば排除する。
その後、ミハイルはそのエリアを出た。
マフィアが統べる街には行けない。どこにも寄らず、そのまま郊外道路(の残骸の上)を通って東へと向かう。
ひたすらに、活動エリアだった場所から離れる。生きるためには、それ以外の選択肢はあり得ない。
誰も彼の顔を知らない東の地へと行けば、暮らせる場所があるかもしれない。戦闘力はあるのだ。そういう人材を欲しがるところは、それなりにあるだろう。
3日間、壊れた車や戦車の残骸からタンクの底に残ったガソリンを抜き取っては補充し、廃屋などから埋もれた缶詰なんかを探し出しては、凍土の溶けた泥道を走り続けた。
途中いくつか人の暮らしていそうな村があったが、無視して通り過ぎた。
奴らも食料に余裕などないだろうし、押し込み強盗でも働けば手には入れられるだろうが、足がつく。
出てきたエリアのマフィアに捕捉されることが、いちばん危険だ。
最初に持ち出した食料はわずかだったので、3日目の朝には尽きた。ガソリンも2時間前に尽きた。
みぞれ混じりの雪が舞うので、視界はあまりよくない。それでも地図ではもう次の街の姿が見えてもいい頃だったが、それらしい影はここまでは見えていない。
そうして今、ミハイルたち3人は壊れた戦車の中で吹雪を避けている。
中には干からびた死体が1つあった。臭いはさほどでもない。軍服のポケットにいつのか分からないチョコレートがあったのは僥倖だった。
3人でそれを分けて食べ、身を寄せ合って寒さに耐えた。夏の吹雪などという得体の知れない気候になったのは、いつ頃からだろう。
吹雪はみぞれになったり、時に霰になって戦車の装甲をガンガンと叩いていった。
イリヤは怯えたりはしない。イリヤにとっては、こういう気象現象は生まれた時からの自然現象だ。
この吹雪が収まれば、街の姿が見えるのではないか。ミハイルは祈るような気持ちで、吹雪が収まるのを待っている。
廃墟でいいから、街があってくれ。廃屋でも、戦車の中よりはうんとマシだ。上手くすれば食料が見つかるかもしれないし、少なくとも井戸くらいはあるだろう。
そして・・・?
そこからはどうする?
ただの廃墟だったら・・・、そこからは次の街までどうやって移動するんだ?
ミハイルは妻と息子を抱き締める腕に力を入れた。
2人の温もりが腕に、胸に、伝わってくる。
不意に、さっき撃った少年の顔が浮かんできた。




