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ホモ・ノウム  作者: Aju
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2 魔物の岩 ーギダー

 森が開けた先に見えている奇妙なつるつるしたものが、ギダはずっと気になっていた。

 気になってはいたが・・・。


 魔物が棲んでいるので近づいてはいけない。——と大人たちが言うので、その禁忌はちゃんと守ってきている。

 食べ物を求めて皆で移動する時にも、それを眺めることはあったが近づくようなことはしなかった。

 近づくだけで魔物に憑かれてしまう——と村の長たちは言った。


 魔物はこの世界の至る所にいる。

 それらは人を死にいざなったり、人に憑いて病を起こしたりする。そういうものは普通人間の目には見えないが、あのつるつるした岩みたいなものの中には、目に見える魔獣が棲んでいるのだという。


 世界は、嵐やひでり、洪水や山火など災厄に満ちてはいるが、それでもまたそれらは人に恵みももたらしてくれる。

 そうした恵みを、「凪」の間にギダたち人間は集めて回って生きているのだ。生かされている——と言えるかもしれない。


 だが、あのつるつるした岩から出てくる巨大な魔物は別格だ。と長老は言った。

 凪になるとそれらは現れる。

 巨大なむしのような形をしたそれらは、大地を掘り返し、地獄の魔物を餌として喰っていく。時には人間が嵐を避けたり木の実を収穫するための森の木々を、根こそぎ薙ぎ倒して喰ったりする。

 古樹の魔も地獄の魔も、どんな魔物も敵わない恐ろしい魔物だ——と長たちは言う。


 大昔は、人間もあの魔物と戦おうとしたことがあったと、言い伝えには残っている。

 今でも勇を誇って魔物に挑む部族もあるようだったが、ギダたちの村はそういう危険は冒さなかった。

 ただ避けて、その爪痕に穢された地から遠ざかるという暮らし方をしていた。

 それならば、もっと離れればいいようなものだが、あの岩のある近くには恵みもまた多かったりするのだ。

 世界はそう都合よくは出来ていない。


 ギダも一度だけ、岩の穴から魔物が出てくるところを見たことがある。

 その時は大人たちに促されて森の陰へと逃げたから、あまり長くは見られなかったが、そいつらは大きな何本もの触手を動かし、絶え間ない咆哮をあげながら草を千切り、岩をまたいでいった。


 ただ、ギダにはそれは恐ろしいというより、何か魅力的にさえ見えてしまった。少年の持つちからへの憧れがそうさせたのかもしれない。

 ギダはすぐにその感情を追い払った。おれは今、もしかしたら魔に憑かれかけてしまったのだろうか?


  *   *   *


 ギダが2度目に魔物を目撃したのは、8歳になって初めの満月を迎えた翌日だった。8歳といえばもう立派な少年だ。成人年齢まで半分を過ぎたことになる。

 その日も夜明け前から部族の大人に混じって、採集の仕事に森の端までやってきていた。


 久しぶりの凪だ。


 風も柔らかで、空にも雲があり、日射しもキツくない。気温もそれほど高くないから、うまくすれば昼近くまで草原での恵みを採集できるかもしれない。

 風で落ちた木の実やハザの実、キルクの葉などをできる限り集めて持ち帰らなければならない。

 次に凪がやってくるのがいつか分からないのだから。収穫が少なければ、次の凪まで腹が減ることになる。

 ギダたち部族の人間が腹いっぱい食べられるのは、狩人たちが運よく獣を仕留めた時か、凪の日くらいのものなのだ。


 ギダは木登りが上手かった。

 縄を木の幹に回し、その端を両手で持ってひょいひょいと高所まで登ってゆく。そうして枝の先に残っているまだ熟し切らない木の実をもいで、下に落とすのだ。

 もちろん、風で落ちた実は全部拾うのだが、次の凪までの予備として未熟の実も収穫して持って帰る。

 こういう木登りの仕事は、体重の軽いギダみたいな子どもの仕事だった。


 木の上からは、あのつるつるした魔物の岩がよく見える。魔物の岩にはいくつもの眼があった。あの眼はギダたちを見ているのだろうか?

 ギダが木の実を採りながらそっちをチラチラ見ていると、魔物の岩に大きな穴が開くのが見えた。

「穴が開いた!」

 ギダが叫んで縄を幹に回し、一気に滑り降りるように地上に向かう。


 皆がてんでに木の陰や岩の陰に身を潜めた。

 ギダも地面に到着すると、素早く手近な岩陰に入った。が、そのまま岩を回り込んで反対側からそっと覗いてみる。

 穴からあの巨大な蟲のようなものが出てくるのが見えた。その咆哮がここまで聞こえてくる。どんな獣の声とも違う、奇妙な咆哮が——。


 部族の大人たちは皆、その声を聞いて身を縮めた。



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