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ホモ・ノウム  作者: Aju
19/50

19 精霊の贈り物 ーギダー

「ギダ!」

 精霊ははっきりとギダの名前を呼んだのだ。その白い顔を輝かせて。


「マナハ!」

 ギダも顔中を笑顔にして精霊の名を呼んだ。


 精霊はそれを聞くと、嬉しそうにギダの近くに走り寄ってきてもう一度ギダの名を呼んだ。ギダは嬉しくなった。

 この美しい精霊にとってギダが特別な存在である、ということが、名前を呼んで駆け寄ってくれるというこの一事で伝わってくる。


 精霊はまた歌うような響きで何かを言ったが、ギダには意味は分からない。ただ、そのちょっと心配そうな、ちょっと不思議そうな表情からも、精霊がギダのことを特別な存在として見ていてくれることが伝わってきた。


 精霊は腰のあたりを手でまさぐっていたが、やがて魔術のように赤い何かを取り出して見せた。

 それをギダに見せながら、しゃがんでギダと目線の高さを合わせる。きらきらした瞳だ。

「*♪ ○〜))・@”ω〜」

 精霊は歌うように何かを言うと、ギダの手をとって、その手のひらの上にその赤い何かを置いた。

 それはガサガサと乾いた感じの何かだった。


 それから精霊は、ギダの手に乗せた赤い何かを指差してゆっくりと発音した。

「○ 〜 ))。」

 どうやら、この赤いものの名前を教えようとしているらしい。


 それから精霊はまた腰のあたりに手をやって、魔法のようにもう1つ同じ赤いものを出現させた。

 ギダは目をぱちくりする。

 精霊の魔法だ!

 羽のような白い精霊の服から、突然赤い何かが現れる。

 おれは今、精霊の魔法を見ているんだ!

 そう思ったらギダは、自分がどれほど特別な時間を過ごしているか、どれほど特別な機会に恵まれているか、そのことを思わずにはいられない。


 ギダは最高に幸せな気持ちになりながらも、ちょっとだけ不安になって、少しだけ後ろをふり返った。

 大丈夫だ。岩の陰になる部分にいるから、大人たちには見えていないはずだ。


 精霊はその赤いものをギダに見せてから、ギザギザになったところを摘んで両手で引っ張った。

 その赤いガサガサしたものは2つに割れ、中からハザの実のような色をした丸いものが現れた。

 その丸いものを見せて、精霊はもう一度

「○ 〜 ))。」と発音してみせた。

 それからそれを口に持っていって、美味しそうに、はむっ、と食べてみせる。


 これは!

 何かの実なのか?

 この赤いガサガサしたところは皮なのか!

 精霊は、ギダが見たこともない食べられる実を教えてくれようとしているのか!

 さっきのは、この実の名前なんだ。


 ギダは真似して発音してみることにした。

「○ 〜 ))。 これで合ってるか?」

 精霊が、にこっと笑う。


 やった! 精霊の言葉を1つ覚えたぞ!


 ギダはさらに、精霊がやったようにして○〜))の皮を剥いた。

 中から出てきたのは、少しザラザラした柔らかそうな実だった。色はハザの実によく似ているが、手触りは全く違う。樹木の皮にも似ているが、それよりもずっと柔らかく、力を入れすぎると壊れてしまいそうな儚さがあった。

 ギダがこれまで触ったことのあるどんなものとも違っていた。


 ギダは精霊の真似をして、それを口に持ってゆき、半分だけ歯で噛み砕いた。

 そう、噛みちぎる、と言うより噛み砕くという方が近い感覚だった。

 それはギダが想像したとおり、とても脆く、噛むともろもろと口の中で崩れてゆき、しかもすぐに溶けてゆく。

 そして! 甘い!

 ギダがこれまで食べたことのあるどんな木の実とも違う、特別な甘さだった。強いて言えば、めったに手に入らないカネレの樹皮に似た甘さ、と言えるかもしれない。


「おいひ〜い!」

 ギダは思わず、口に含んだままで声を上げてしまった。


 それを聞くと精霊はもっと嬉しそうな顔をして、腰のあたりから次々にその木の実を出現させ、ギダが両手に持ちきれないくらい手に乗せてくれた。

 そしてまた歌うように何かを言う。

 その中に「ギダ」という発音が混じっていた。


 これ、全部くれるっていうことかな?


 精霊はギダを見て、にこにこと笑っている。

 おれにくれるのか、これ——。


「ありがとう。」

 ギダがそう言った時には、精霊は遠くの空を見上げていた。不安そうな表情。

 遠雷が聞こえている。


 ただのカミナリだよ。遠いからまだ大丈夫。怖くないよ?

 ギダはそう思ったが、精霊はまた歌うような響きの言葉で何かを言い、立ち上がって魔物の岩の方に歩き始めた。

 それから、つと立ち止まってふり返り、歌うように何かを言ってギダに向かって手を振ってみせた。

 たぶん、また会おうという意味だろう。

 ギダは木の実を抱えたまま、笑顔でそれに応えた。



 精霊にもらった不思議な木の実を袋に入れながら、さて、とギダは思う。

 これをこのまま持ち帰っても、袋の中身を見せる時になんて言おう?

 精霊にもらったなんて言っても信じてもらえないだろうし、まして魔物の岩の近くで、なんて言ったらこっぴどく叱られるに決まっている。


 少し考えた末、ギダはこの木の実を小さい袋に入れて手近な木のウロに隠しておくことにした。

 嵐でも大丈夫そうな高さのウロに袋を押し込んで、落ち葉で隠している時に、不意に背中の方で大人の声がした。


「何をやってるんだ、ギダ?」



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