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ホモ・ノウム  作者: Aju
14/50

14 障がい者枠 ー凪紗ー

 車椅子を押して凪紗なぎさはエレベーターから出た。ショッピングモールの階は人であふれている。

 居住スペース以外どこもかしこも混雑しているが、今は外の公園に行けるような季節ではない。

 それでも久しぶりの家族そろってのショッピングに、凪紗は少しウキウキしていた。

「お父さん。ショッピングモールに着いたよ。」

「ああ・・・ああ・・・。」

 今年75になる父親の真吾は、首をゆっくりと前後に動かした。


 店舗は華やかに飾り付けてあるが商品はあまり多くない。それは仕方ないと思う。

 父親の事故からちょうど30年。


 この30年間に起こった社会の変化には、凪紗のような若い世代ですらついていけていない。まして父親たちのような高齢者の世代はついてゆけない人が多かった。

 事故で半身不随となり、車椅子生活になった父親も50代半ばで認知の症状が出始めた。脳にもダメージを負っていたからもともと上手く話せなかったが、56歳頃から話す内容につじつまの合わないことが出てきていた。


 そんな父親の世話をメインにしていたのは母親だった。

 凪紗なぎさが少年院にいる間も、通信高校を卒業するまでも、懸命に一家を支えていたのは母親だった。

 その過労と心労が祟ったのか、母親は身体中に癌を患い、貧困の中でロクな治療も受けられないまま10年前に他界した。


 全て、凪紗のせいだ。自分がやらかした強盗事件で、家族の全てが壊れてしまった。

 もし時間を遡れるなら、14歳の自分をひっぱたきに行きたい。


   *   *   *


 あの頃、まだ中学生だった凪紗は年上の「仲間」との付き合いがあった。16歳や17歳の高校生を含む「仲間」とは塾で知り合った。

 凪紗は、勉強はデキる方の部類に入った。もちろん「仲間」も成績は上位クラスだ。話題は成績だけでなく、社会問題などにも及ぶ。いわゆる「意識高い系」でもある。


 初めは上級生の15歳の男子中学生に誘われて、その会合に参加した。

「お、加賀島のカノジョか?」

「違いますよ。環境問題に興味持ってる子なんで、連れてきてみただけっす。」

 頬を染めもせず即座に否定されて、凪紗はちょっと胸が疼いた。が、すぐにそのサークルの知的な会話の世界に引き込まれていった。


「わたしたちの生存環境を老人世代が食い潰してるってことですよね? いまだに。」

「そ。凪紗ちゃん、さっすがに頭いいなあ。」

「この社会構造を大きく変えるか、全く新しい技術を開発するかしなきゃ、僕らの世代は確実に飢えるよ。日本の食糧自給率は極端に低いんだから。」


 そんな会話をしているうちはまだよかった。

 しかし高校生の仲間の1人が持ち込んできた話に全員がのめり込んでいった時、凪紗もまたその空気の中に巻き込まれていったのだった。


 知り合いの大学生が、Co2を大量に吸収する装置の開発研究を進めている。これが実用化できれば、人類は温暖化を止められるし安価に資源を手に入れられるようになる。持続可能な経済成長が現実のものになる。研究はあと一歩のところまで来ているが、クラウドファンディングだけでは研究費が足りない。——というものだった。

 なんとかして資金集めに協力しよう。僕らもクラウドファンディングやビジネスを立ち上げよう。


 どうしてそんなふうにのめり込んでいったのか、今でもよく分からない。

 ただ、その時は、未来のためにも今やらなきゃならない、自分が生きてる間くらいは大丈夫と思っているような大人たちでは何もできない! そんなふうに皆、思い詰めていた。


 当然のことだが、子どもが立ち上げるビジネスなんて上手くいくわけがなかった。

 凪紗たちは、この研究のためにお金が集められなければ、わたしたちの未来がなくなる——という焦燥感に囚われていた。今から考えれば、絶対におかしいのに。

 そうして誰かが

「環境を食い潰した連中に拠出させよう。」

と言い出した。


 あとはニュースで報じられたとおりだ。

 押し入った高級住宅街の住宅で、高校生の1人が金属バットでお婆さんを殴り、お婆さんはそのまま死んでしまった。

 動転した「仲間」たちは、手近にあった金目の物だけを袋に押し込んでその場を逃げ出した。付近の防犯カメラには、逃げる凪紗たちの姿がはっきりと写っていて、凪紗たちはその日のうちに逮捕された。


 そして、凪紗の父親はその日、土砂降りの中で事故に遭った。



 凪紗ともう1人の中学生以外の「仲間」は、全員が逆送になった。10代前半であった凪紗とその子だけが、少年院に送られた。

 家裁の審判の席で、母親はずっと泣いていた。

「私たちの育て方が、間違っていました・・・。」

 のちに、あの研究話は詐欺だったと聞かされた。


 わたしは馬鹿だった。本当に馬鹿だった。

 それでも少年院から出るまで、わたしはまだ自分がどれほど愚かだったかをちゃんと理解してはいなかった。


   *   *   *


 凪紗が少年院から出てきた時、家はなくなっていた。

 父親が奮発して手に入れたシェルター付き住宅も、株式も預金も・・・。全て遺族への賠償金のために処分されていた。

 凪紗に課せられた割り当て分は一応それで完済できたが、父親の治療費が必要だった。母親も以前の職場には居られなくなり、もっと収入の低い職場に移らざるを得なくなっていた。

 そんな中で母親は身を粉にして働き、凪紗に通信高校を卒業させてくれたのだった。


 母親の葬儀の日、家族2人だけの葬儀の日、車椅子の上でぼうっとした表情をしている父親の隣で凪紗は子どもに戻ったみたいになってわんわんと泣いた。

「お母さん、ごめんなさい!」

「お母さん、ごめんなさい!」


 凪紗の30年だって、けっして楽なものではなかった。後悔と、罪の意識と、現実の生活苦に押しつぶされそうになりながら、それでもこれは自分への罰なのだ、と歯を食いしばって人生の重さに耐えてきた。


 そんな凪紗にも、神様はささやかな幸運を授けてくれたようだった。


 異常気象はもはや「異常」ではなく、通常になってしまい、日本政府は都市計画を根本から見直して、国民全員を収容できる気象シェルターシティを建設することを政策の目玉として打ち出した。

 これまでも民間のシェルターシティはいくつも有ったが、シェルター内で暮らすことを国民の権利として補償するための事業に本格的に乗り出したのである。


 その第一号が完成した時、高倍率の抽選が行われる中、凪紗は父親の「障がい者枠」でそこへの入居権を得たのである。

 それまでの貧困者住宅とは比べものにならない、快適な環境だった。


「凪紗には幸せになってほしいんだよ。」

 小学生の頃、父親が言っていた言葉をふいに思い出した。

「お父さん、ちゃんとなったよ。」

 そう呟いた途端、凪紗の目から涙があふれ出し、止まらなくなった。


 車椅子を押して涙を流している凪紗を見て、散歩途中の老人が声をかけてきた。

「大丈夫ですか?」

 凪紗は慌てて涙を拭う。

「あ、すみません。大丈夫です。ちょっと・・・その、父母への感謝を思っていたら・・・」

「そうですか。それは・・・。お父様とお母様は、良い子育てをされたんですねぇ。」


 老人はそれだけを言うと、また散歩に戻って歩いていった。



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