13 破壊的な雨 ー真吾ー
「なんですって!?」
真吾はスマホを取り落としそうになった。
仕事も一段落ついて、今日は早く帰ろうとしていた矢先だった。知らない番号からプライベートのスマホの方に電話が入ったのは。
ただ、固定電話のナンバーだったので、警戒しながらも出てみると北警察署からだった。
凪紗が強盗団のグループの一員として逮捕された、というのだ。
「な・・・何かの間違いではないですか? うちの娘に限って、そんな・・・。」
「逮捕された少女のスマホから身元が判明したのですが、北署までおいでくださいませんか? 一応、本人かどうかの確認をしていただきたいのです。本人が一切黙秘していますので。」
中学生になった頃から、真吾には凪紗が何を考えているのか、少しずつ分からなくなり始めていた。
「お父さん、これカワイイ♪」とスマホでゲームキャラのイラストを見せてくることもあれば、むすっとしたまま口も利いてくれないこともある。
思春期なんだろう。と真吾はそっと距離を取りながら、その実、扱いに困ってもいた。
妻の海鈴に相談したいが、シフトがズレていて、家で合う時間があまりない。疲れた顔で帰ってきた海鈴に、あまりはっきりしない話をするのも憚られた。
そうして中学2年生になった凪紗を、真吾は把握できなくなってしまっている。
「そ・・・その子と話させてもらえますか。」
「今は取り調べ室にいます。とにかく、まずは北署まで来てください。」
真吾は部下に事情を告げ、会社から直接社有車で北警察署に向かった。雨が降り始めている。
別人であってくれ、間違いであってくれ、と祈るような気持ちで車を走らせる。
しかし・・・。
もし別人だとしたら・・・、その少女はなぜ、凪紗のスマホを持っているのだ?
その理由を想像する方が、むしろ怖い。臓器が尻から抜け落ちそうな恐怖が、真吾を背中から鷲掴みにしようとしてくる。
真吾はなるべく、何も考えないようにしながらハンドルを握りしめた。・・・が。
頼む! 頼む! 頼む——!
なんでもいいから、生きていてくれ——!!
理由、は言葉にならないまま、真吾はいつしかそんなことを念じてハンドルを握っていた。
会社を出る時に降り始めた雨は、突然大粒になって激しくなり、ワイパーが追いつかないほどの降りになった。
フロントガラスが割れるのではないかと思われるような、礫のような雨がはじけて視界を遮る。
最近珍しくはなくなった気象現象ではあるが、そのまま走行するのは危険だ。それは真吾も知っている。
普段なら道路の左端によってハザードランプを点けて止まるのだが、今は心に余裕がなかった。
一刻も早く、警察署に着きたい!
あっ、と路肩にハザードランプを見つけたときには、ブレーキの間に合う距離ではなかった。
自動ブレーキが働き、真吾自身も思わず力一杯踏み込んだブレーキはかえって車の制動を失わしめ、真吾の意識ではスローモーションのように車は相手の車に吸い寄せられていった。
真吾の車の左前方と相手の車の右後方がぶつかったらしい。
手酷い衝撃の後、真吾のハイブリッドカーは止まっていた車の右脇を回転しながら滑ってゆき、1回転半して逆向きに車線の中央に止まった。
なんてことだ! よりによって、こんな時に——。
真吾は目を閉じてうめきながらヘッドレストに頭の後ろをぶつけた。なんてことだ! 何をやってるんだ、オレは!
真吾が再び目を開けた時、フロントガラスの向こうにヘッドライトが見えた。
真吾の意識はそこで途切れてしまった。