12 インシャラー ームワイー
オレたちは運がいい。
この国の政府がしっかりしていてくれたおかげで、こうしたシェルターに入ることもできる。政府に力がなかったり、権力者が自分たちが入るシェルターしか作らないような地域では、一般の人々などは為すすべもなく苛烈な気象の中で死んでゆくしかない。と、全体を知るジェームスはそんなふうに言っていた。
国連の力は弱まっている。
この国だって、国民全てにシェルターがゆきわたるには、あと何年かかるか分からないという。
オレたちは運がいい。
たまたまアッパークラスの多い地域のそばにキャンプが有ったため、避難民用のシェルターも同時に建設されることになった。
どうやらこのプロジェクト、政府のプロパガンダでもあるらしい。
政府は最下層の国民だって見捨てませんよ——。
見せ物小屋の「かわいそうな子どもたち」だ。
実際には、全国民用のシェルターを建設することなんて財政的に無理だろう。と、多少は情報の入ってくるムワイには分かる。
オレたちは運がいい。
多少うしろめたさを感じぬでもないムワイだが、これも神の思し召し——だ。
* * *
ムワイが避難民用シェルターに入ることができてから、また4年が経った。
気候はいよいよ苛烈になり、「いい気候」の季節はどんどん短くなってきた。ムワイが子どもの頃見知っていたような気候は、もうどこにも見当たらない。
気候は、地球は・・・、まるでもう人類を見限ったかのようだ。
気候シェルターの建設は、遅々として進まない。
その間、多くの国民が命を落とした、とムワイは聞いた。まだシェルターに入ることのできない人たちは、この気候の「外」でどうやって暮らしているのだろう。
この国は食料を生産できるような耕地はほとんどない。鉱物資源を売って、その金で穀物などを輸入するしかない。
食料が手に入るかどうかは、穀物生産地域の気象に左右された。生産が少なければ、そういう地域は自国用に使用するため、輸出を減らしてしまう。食糧の値段は高騰した。
そもそも、気候変動によって食物の生産量は年々減っているのだ。
新たな感染症が発生し、それがシェルターの中で一気に拡まってシェルターごと封鎖されたところがある——と、ムワイはSNSで知った。
政府は何も言わない。
過密な人口密度でシェルターに集まってしまったことが、感染症に対しては脆弱な状況を生んでしまったということだろう。
シェルターに食糧や生活物資を届けるために、人は出入りする。彼らが完全に陰性であることなど、誰も保証できない。
シェルターは洪水や日中の高温、砂嵐などの気象災害からは守ってくれるが、感染症に対してはむしろリスクでしかなかった。
「あちらを取れば、こちらがこぼれ落ちる。予算も年々少なくなってゆく・・・。もう、できることがなくなってきた。」
本国に帰ることになったと挨拶に来たジェームスが、敗北感を漂わせた顔でムワイに言った。
「君のおかげでオレたちは家族でここに入ることができた。感謝してるよ、ジェームス。」
ムワイが言える励ましの言葉はそれくらいだった。
「元気でな。」
この先どうなるのだろう?
学校から帰ってきて、今日習ったことを熱心に話してくれる娘のジュディの笑顔を見ながら、ムワイの胸にふと不安がよぎる。
しかし考えてもどうしようもない。今のムワイにできることなど、何もないのだ。
考えたって仕方がない。
大丈夫。きっと、なるようになるさ。