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ホモ・ノウム  作者: Aju
10/50

10 水と食料 ームワイー

 地獄のような太陽が照りつける灼熱の砂の上で、ムワイはトラックがくるのを待っていた。砂塵はまだ見えない。

 今日は来る。きっと来るはずだ。

 食料を運ぶトラックである。1週間に1度、食料などの支援物資を載せてこの避難民キャンプにやってくる。

 それが2日も遅れているのだ。モバイル端末にも連絡が入ってこない。毎日来るはずの給水車も、ここ2日姿を見せない。

 何かあったのだろうか?


 ムワイは国連機関の現地採用職員だ。

 職員、といっても支援物資を現地で配る時に混乱が起きないように人々を誘導したりしながら物資を配る人員で、文字が書けて多少計算ができ、英語が話せれば採用される——というだけの同じ避難民である。

 給与は雀の涙だったが、自分の配給分の水と食料は確実に確保されている——というのがありがたかった。

 ムワイには妻と娘が1人いる。その分の食料と水が確実に確保されているのは助かるが、しかしこんなふうにその支援のトラックが連絡もなく遅れたりすれば、矢面に立つのはムワイたち「現地採用職員」である。


 気候変動の被害は、弱いアフリカの地からまず人間に襲いかかった。原因を作ったのはムワイたちではない。今、善人ぶって「支援」をしてくる「先進国」の連中である。

 そのことに怒りを抱いて、テロ組織などに身を投じる者もいるようだったが、(多分にメシが食えるという理由もあるのだろう)ムワイはその感情に流されないように注意深く自分の気持ちをコントロールしていた。

 今、怒りに任せて動いたところで、事態は何も改善しない。

 全ては神の思し召すままに(インシャラー)——だ。


 だがそれにしても、水が2日も来ないなんて・・・。

 最初このキャンプができた頃には、3㎞ほど離れた町の井戸はまだ水が出ていた。そこで不足する分を補うために、キャンプには給水車が3日に1度ほど来ていたのだが、今ではその町の井戸も枯れてしまい、町のもとからの住民でさえ、このキャンプで支援物資と水を受け取る生活になってしまっている。

 水は20㎞以上離れたところから、毎日給水車で運ばれてくる。それをそれぞれの家族の人数分だけポリタンクに入れてテントに持ち帰る。それだけがこのキャンプの住民の生命線だった。

 2日も水が来なくては、いくら節約していても3日目には死人が出るぞ。


「暴動が起きるんじゃないか? オレたちでは抑えきれん。」

 同じ町の幼なじみのジオンゴが、深刻な顔でムワイに言ってきた。

「やっぱり何も連絡がないか?」

「ないな。こいつは何も言わん。」

 ムワイはモバイル端末を振って見せる。

 いったい何がどうなっているんだろう?


「あっ!」

とジオンゴが声を上げた。

 遠くに車が巻き上げるらしい砂塵が見える。・・・が、トラックのそれではない。小さ過ぎる。

 ムワイは嫌な想像が頭をよぎる。武装勢力の車かもしれない。


 ムワイたち現地職員には、一応武器が渡されてはいる。しかしそれは護身用のピストル1丁とわずかな弾丸だけで、とてもじゃないが武装勢力と戦えるような武器ではない。

 襲われればひとたまりもないが、しかし・・・。襲ったところで彼らが得るものもないはずだが・・・。


 しかしそれは、ムワイの杞憂だった。近づくにつれ車のボンネットに描かれた国連のマークが見えてきた。

 しかし・・・。なぜランドクルーザー1台?


「申し訳ない。よく平穏を保っていてくれた。」

 そう言って車から降りてきたのは、ムワイと違って正式な職員のジェームスだった。

「途中の中継基地が武装勢力に襲われて、安全が確保できるまで動けなかったんだ。基地局も破壊されてしまったから、連絡を取ることもできなかった。」

 そう言ってムワイとジオンゴの肩を掴んだ。

「よく平穏を保っててくれたよ。」


「ここの住民はお行儀がいいんだ。」

 ジオンゴが軽く返す。

「この後、トラックが来る。給水車2台と、食料のトラック2台だ。30分くらいで着くはずだ。私は先ぶれの連絡要員で、ついでに緊急用の水を持ってきた。緊急を要する人のための飲み水だ。」


 ムワイは腰のベルトからピストルを取り出し、空に向けて高く掲げて大声を出した。

「水と食料はこの後30分ほどでトラックがくる。ジェームスがここに持ってきたのは緊急用の水だ。ミルクの必要な赤ん坊と弱っている人の家族を見つけて連れてきてくれ!」


 このキャンプには3000人ほどの人間が身を寄せ合っている。ある意味、その程度の人数だから治安が保てている。と言ってもいいかもしれない。

 初めに拠り所となった町が小さかったから、この程度の人数しか引き受けられなかったのだ。その町の井戸も、既に枯れて3ヶ月になる。

 雨季がやってくれば戻るかもしれないが、その雨季がやってくるかどうかも近頃は怪しい。


「ジェームス。雨水を貯めるタンクを手に入れられないか?」

「浄化装置がなければ病人が出るぞ? それが簡単に手に入らないんだ。ムワイ。」

「ペットボトルと砂と石で作る。学校で習ったやり方だ。」

「・・・・・・」


 ジェームスはしばらく黙ってから、「これはまだ交渉中だが」と前置きしてムワイに言った。

「このキャンプをもっと川の近くに移動させようと思っている。水が出ない場所に置いておいて、また今回みたいなことがあっても困る。」

「川の近くは、金持ちどもに独占されているだろう?」

「だから、交渉中なんだ。」


 トラックがやってくると、ムワイたちは忙しくなった。



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