終わりと始まり
3月。多くの学生が進学先を確定する中で、俺は浪人が決まった。そして、4月に。
「……あ」
ふと顔を上げると、視界に映るのは、真っ白な壁だった。
見慣れた自室の天井ではない。
ここは――
「目が覚めたか?」
「え……?」
突然、声をかけられて。その方向を見やれば、そこには見知らぬ男が座っていた。
背が高く、肩幅の広い男だ。スーツを着ているからサラリーマンだろうか。
年齢は三十代前半くらいで、俺よりも少し年上に見える。どこか気難しそうな顔をしていて、表情からは感情を読み取れない。
そんな男の姿を見て、俺は思わず目を見開く。
何故なら、彼は……
「お前はトラックに轢かれて死んだんだ。覚えてるか?」
そう言って男は俺に向かって手を差し伸べてきた。
だから、俺はその手を掴んで立ち上がる。
すると男は、口を開く。
「俺は神だ」
「…………」
いや、いきなり何を言い出すのかこの人は? あまりに突拍子もない話だったので、俺は一瞬だけ言葉を失った。
しかしすぐに我に返る。
「えっと……すいません。ちょっと言っている意味がよく分からないんですけど……」
「まぁ、そういう反応になるだろうな」
「あの……あなたは何なんですか?それにここってどこなんですか?」
俺は疑問を口にする。すると神を名乗る男は、淡々とした口調で言う。
「まず最初に説明しておこう。俺は神だ。名前は佐藤洋という。年齢も30歳で間違いない。職業は教師をしている。ちなみに今は学校にいる時間だ」
「……」
本当に何を言っているんだろうか、この人……。
さっきから俺のことを見ているようで見ていないような気がするのは、俺の被害妄想なのか? でも、とりあえず会話はできるみたいだし、色々聞いてみようかな……。
「じゃあ、先生。いくつか質問をしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
「それでは早速……どうして俺はここにいるんですか?」
「それは君が死んだからだ」
「死んだらここに来るんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、どうして俺は死んだんですか?」
「君が信号を無視したからだよ」
「信号を無視した……?」
そう言われてもピンと来なかった。
確かに横断歩道を渡る途中でトラックにはねられた記憶はあるけれど、信号を無視して車に轢かれたとは思えなかったのだ。
だって俺の記憶の中で、信号無視をした覚えはないのだから。
「君は赤信号を渡ろうとしたんだよ。それで車と衝突したんだ」
「そ、そうなんですか……」
「それから君は病院に運ばれたんだけど、そこで心臓が止まってしまったんだ」
「えっ!?」
ということは、やっぱり俺は死んだのか? まだ実感がないけど……。
「でも、俺は死んでしまったんですよね?なのにこうして意識があるなんて不思議です。一体どうなっているんですか?」
「魂は肉体を離れ、一時的にこの場所に留まることができるんだ。そしてしばらくしたら再び肉体に戻ることになる。いわゆる幽体離脱のような状態になっているわけだな」
「へぇーそうなんですか……」
つまり今の俺は霊みたいなものということらしい。
しかし不思議な感覚だった。自分の身体に触れてみると、ちゃんと触れる。足もあるし、手も動く。まるで幽霊になったとは思えないほど普通なのだ。
「ところで先生。俺はこれからどうなるんですか?」
「どうなると思う?」
「う~ん……」
俺は腕を組んで考える。
「天国に行くとか地獄に行くとかですか?」
「その通りだ。ただし、君の行く先は普通の人間とは違う場所だがな」
「違う場所?」
「ああ。君には別の世界に転生してもらう」……はい? 今、この人は何と言った? 別世界だと……?
「えっと……どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ。君には異世界に行ってもらう」
「いやいや!ちょっと待ってくださいよ!」
俺は慌てて反論する。
「いきなりそんなこと言われても困りますよ!ていうか、そもそも何でそんなことをする必要があるんですか!?」
「君を死なすためだ」
「……はい?」
神を名乗る男の言葉を聞いて、俺はポカンとした表情を浮かべた。
「俺を……殺す?」
「そうだ。君を殺すために、わざわざこの場に呼んだんだ」
「えっと……どうして俺を殺そうとしているんですか?」
「それは、君が『勇者』として召喚される可能性があるからだ」
「勇者……?何のことですか?」
「……やはり知らないようだな」
「え?」
神を名乗る男は深い溜息を吐いた。
「まぁ、それも当然か。本来ならば知るはずのないことだし……」
「……」
「いいだろう。教えてやる」
神を自称する男は、真剣な眼差しで語り始めた。
「この世界の遥か遠くに魔王がいる。奴はとても強大な力を持っており、魔物を率いて人類に危害を加えているんだ。しかも厄介なことに、魔王は自分の配下の者たちを次々と生み出している」
「魔王……」
「そうだ。そして現在確認されているだけでも、既に多くの魔族が生み出されており、その中にはS級クラスの力を持つ者も複数存在している」
「……」
Sランク……? そんなに危険な存在なのか……?
「魔王の力は凄まじく、このまま放置しておけば人類の滅亡は免れないだろう。だからこそ我々は対抗手段を考えた」
「それが……?」
「そう、それが勇者だ。我々が生み出した特別な能力を持つ人間のことだ」
「特別な能力?」
「そうだ。例えばある者は炎を操る魔法が使えたり、またある者は何もない空間から剣を取り出したりする。そういった能力を使うことができるのが、我々の作り出した勇者なんだ」
「……」
俺は無言になるしかなかった。