発端
本山に行った時のことだった。
「星花?どこだ」
拓は不意に星花がいないことに気づいた。
星史郎の部屋の前に行くと、中から星花のきゃっきゃ言う声が聞こえて、杞憂だとわかった。
「ちぇっ。気に入らねーな」
元の待機部屋に戻る。
突然拓は神器を構えて振りかぶった。
切れた髪が宙に舞う。誰かが一瞬姿を見せて消えた。
「お目つけ役か何か知らんが、邪魔くせー」
1人ではなく、複数人の気配。
一見、本山は人気のない静かな場所だが、実は気配を消した者たちが大勢いて、有事に備えている。
神器の力だろうか?拓にもそれがわかる。
それにしても、待たされすぎだ。今日は何の用事で呼ばれたんだ?
拓は痺れを切らしてもう一度星史郎の部屋の前まで行った。
きゃっきゃ、きゃっきゃ。
「?!」
あまりに星花がはしゃぎすぎだ。拓は障子戸を押し開いた。
ぎん!
無意識に構えた神器が刀と切り結ぶ。
「どういうことだ」
奥座敷に星花が横たわっているのが見える。
「星花を返せ」
星史郎は蔑んだ目で拓を見下ろしながら、刀をひいた。
「彼女はお鏡さまの祭りの巫女に選ばれた」
「何だよそれ」
「お鏡さまのご神託をおろして、神殿で暮らしてもらう」
魂が乗っ取られるのだ。以後何十年も会うことは叶わないだろう。
「俺は認めない」
拓は心底怒っていた。
「君には気の毒だと思うが、神器を持っているから細々としたおつとめについてもらう。星花がお役御免になったら会える日も来るはずだ」
「ふざけやがって!」
「私に楯突くのも構わない。死期が近づくだけだが」
「くそう」
なんとか出来ないのか?
シュッ。
星花の式神の黄色い鳥が、お札に姿を変えて星史郎に張り付いた。
「ぐうう」
どういうことだ?星史郎が星花の式神如きで動きが封じられるなんて?
拓は奥座敷に駆け込んだ。
しびれ薬が効き目が切れてきたらしく、星花が朧げに目を開いている。
「星花、大丈夫か?」
「あの、ひと、せいしろう、ない……」
やっとのことでそれだけ言う。
「星花さま、拓さま。あるじが戻りました」
小間使いの声がして、本物の星史郎が姿を現した。
「すまん。手こずっている間に間者に式神を乗っ取られた」
「大勢いるのになんでそんな間抜けなことになったんだよ!」
拓が怒気を露わにして聞いた。
「ここの者は誰もあるじに逆らえなくしてある。中核を一番に狙われたら手も足も出なくてな」
「ばっかじゃねーの」
「まあ、そう、言うな」
星史郎も心中穏やかではなかった。
星史郎のお札を複数枚貼って、間者を座敷牢へ放り込んだ。
ピイ。
星花の式神は小鳥に戻り、星花のそばについて離れなくなった。
回復した星花は、拓と共に次の仕事の話を聞いた。
「お鏡さまという祭りに潜入して、巫女を助けてやってほしい」
「お鏡さま?やだね。俺は」
拓がむすっとして言った。
「先ほどの間者と関係があるのですか?」
星花が星史郎に聞いた。
「あちこちの巫女候補を集めてる輩がいてな」
「それで……」
お鏡さま祭りは、祭り自体秘密裏に行なわれる。
いつもならスムーズに巫女が決まるはずだが、何か手違いがあったらしく、あちこちを騒がしているのだ。
「私が間者に攫われたふりをして潜入しましょうか?」
「できるか?」
「やってみます」
「しょうがないなぁ」
拓は渋々同意した。