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第八十三話 成れ果ての国

戦争は終わった。それを感じ取ると皆安堵して胸を撫で下ろした。


「やったぜ、これで俺たちも帰れるぜ」


「あぁ〜、やっと酒が飲める」


「俺は女だ、早く帰りたい」


混ざりあった二色の軍服が入り乱れている。たわいもない雑談を交わし合い、中にはすでに親友と呼べるまでに絆を深めていたものもいた。


「…心の底からは戦いたかった人なんていなかったんですね」


そう漏らすバウムガルトナーにアーデルハイトは答える。


「当たり前だろう、誰も彼もが平和を望んでいるんだ」


「……そうですね、私も同じ気持ちです」


二人は握手を交わした。


「ありがとう、君のおかげだ」


「いや、私は何もしていません。全てはシュヴァルツ大尉のお力です。…なんだかどっと疲れましたね」


「そうだな、少し休むとするよ」


こうして、世界を巻き込んだ長い戦争は終結した。

約6年にも及んだ総力戦は犠牲者数実に400万人以上という途方もない数字を叩き出した。

この戦争はのちにこう呼ばれることとなる、「史上最悪の戦争」と。


終戦を迎えて数週間後、アーデルハイトたちはようやく祖国へ帰還した。


輸送機から降りると懐かしき母国の匂いが彼女を出迎える。飛行場には大勢の国民たちが戦地帰りの兵士たちを手旗を振って待っていた。


街頭には連日流れている終戦のニュースがラジオからひっきりなしに流れていた。


「昨日午後5時、我が国と北ナ連との間で休戦協定が締結されました。これにより長らく続いた戦争は終結し、両国の国交正常化に向けて動き出すこととなります」


白黒の映像と音声に路上の市民たちは釘付けとなっていた。


「また、今回の戦争で多大な犠牲を出した国家黒十字軍は解体され、新たに黒十字党が結成されることとなりました。結束党総統であったヘルダーリン総統の死により、後継者争いが勃発していますが、現在は暫定的にベック元参謀総長が総統代理として組織を取り仕切っているとのことです。彼女によって設立された臨時政府は今日、総統と同じタイミングで暗殺されたココーシナ総書記の党と国葬を執り行うとの声明を発表し……」


兵士たちは報道員のマイクを奪い取り叫んだ。


「我々は帰ってきたぞ!!この国を、家族を守るために戦ったんだ!!」


「私たちは帰って来れたんだ!!」


「…えー…このように帝都では…いや、帝政が崩壊した黒逸国の首都ではこのように帰還兵で溢れ…」


背後に映り込んでいたバウムガルトナーとリーブフント、そしてアーデルハイトは人混みの中キョロキョロと周りを見渡している。


「少佐、どうしました?早く行きましょう」


バウムガルトナーが急かす。


「待ってくれ、もししたらシュヴァルツがいるかもしれないぞ」


アーデルハイトは駆け足でシュヴァルツを探す。


「……いないな、今回の主役だというのに」


「主役だからこそ表に出られないんでしょう、それにしても生きているようで安心しました。でなきゃこのような結果にはなりませんでしたからね」


しばらく遁走していると次第に熱気に溢れた広場を離れて人気のない裏路地へとたどり着いた。そこを抜けると町並みを一望できる高台に出た。


「……いた」


柵に手を乗せて景色を見つめている少女、なびく黒髪、使い古された軍服、振り返ると見慣れた笑顔で名を呼んだ。


「待ったぞ、バウムガルトナー」


「シュヴァルツ大尉!」


「久しぶりだな」


「あぁ、本当に……よく生きていてくれました…」


「まぁな、いろいろあったさ。とりあえずお前たちの顔が見たくてここまで来たんだ」


「私たちの顔を見たかった?」


「あぁ、お前たちだけじゃない。仲間たちの顔も見られて嬉しいぞ。それ、にっ!」


そう言うと軍帽を勢いよく空へと放り投げた。


「俺はもう大尉じゃない、敬語はやめてくれ」


「えっ…?」


「今日からはただのヒルデガルト・シュヴァルツだ」


「大尉……じゃなくてシュヴァルツ……あなたまさか!?」


「そうだ、全部終わらせてきた。退役したんだ」


「そんな、いくらなんでも無茶すぎますよ、せっかく手に入れた地位を捨てるなんて」


「いいんだ、こんな軍歴、戦後じゃ必要ない、お前と生きていくときにも、な」


バウムガルトナーはどこかに寂しそうな顔を浮かべたが、すぐにいつもの優しい表情に戻った。


「それに見ろ!これを!」


そう言って荷物のカバンを開けて見せた。三人が覗き込むとそこには総統閣下の軍服や勲章、それに金時計が入っていた。


「これって、確か」


「あぁ、総統が身につけていたものだ。遺体と山荘からパクってきた。これは戦後ぜっったい売れるぞ、博物館になんか寄付しない、一部のコレクターに売りつけてやるんだ。んで稼いだ金で遠い場所に家を建てよう。みんなで暮らすんだ」


「シュヴァルツ……」


バウムガルトナーは嬉しさのあまりシュヴァルツに飛びついた。


「……ありがとう」


照れ臭さが隠せずに耳が赤くなる感覚を感じた。


「なんだよ、泣くなって。これからはずっと一緒なんだ。笑って過ごそう」


幸せそうな二人を見てアーデルハイトとリーブフントは目を合わせて笑った。


「……やれやれ、惚気(のろけ)話には付き合いきれないねぇ」


「……」


二人はそのまま歩き出した。


「おぉ〜い、置いていくぞ〜」


遠くから声が聞こえてくる。その先には手を振っている二人の姿が見えた。


「まったく、世話の焼ける奴らだよ。」


アーデルハイトとリーブフントは再び笑い合うと幸せ者の二人を呼んだ。


「はやくしろ、はぐれちまうだろう」


「ちょっと待ってくださいよ〜」


「ほら、行くぞ」


こうして、四人は新たな生活へ向けて歩み始めた。


『黒十字党』その党は総統ベックを筆頭とし、国のために戦い続けた兵士たちと新しく募集した官僚たちで構成されている。


結束党の党本部を改造して建てられた新しい本部にて、執務室の座に座っていたのはベックだった。


「はい、戦後処理はまだ問題だらけ。現在臨時政府として国の運営は今の所好調よ。んで、これが仕事量」


秘書として大量の資料を机においたクラウスナーはため息をつく。


「やること多いなぁ……」


「あんた宰相でしょ?しっかりやんなさいよ。私だって忙しいんだから」


「わかってますぅ、でも疲れたんですぅ」


「あのねぇ……」


「あ、そうだ喉乾いた」


机の呼び鈴をチンと鳴らすと扉が開きそこから銀の丸メガネの少女が入ってきた。


「ベッケンバウアー総司令官…いや、元総司令官、紅茶」


「…さっき飲んだだろ、糖尿病になるぜ」


「動きたくないだけだろ、戦犯として殺されないだけありがたいと思ってくれよ、ここにお前を支持する人間はいない、これからはいろんな政党の人間を交えて政治を行うんだ。ここで私の信頼を勝ち取らないと政権なんて取れないぞ」


「わかったよ、入れてくりゃあいいんでしょ」


「あと、私はもう元参謀総長じゃない。お前と同じ一介の政治家だ」


「はいはい、チッ…誰が好き好んで貴様の茶汲みなんかしなきゃならねぇんだ…」


「捕虜殺害女ー!」


「わぁかったよ!口のきき方に気をつけまーすっ!!」


ベックに言い負かされたベッケンバウアーはそのまま部屋を出た。


「相変わらず仲良いね」


「良くないぜ、これからじっくりこき下ろしてやる。……まぁ、あいつはあれくらい言わないと動かないからな」


古い党旗が撤廃された清廉潔白な本部の一室でベックは窓から空を見上げていた。


「……時代が一つ、終わったな。これから生きていけるか不安だ」


「何?死ぬ気?」


「そんな馬鹿な選択肢は取らないよ、職務を全うするまではね」


「じゃあ、生きてくしかないじゃん」


「そうだな、生きていくさ。そしていつか……この国がもっと良くなっていくよう頑張るさ」


すべての幕が降りようとしていた。戦意高揚、国威発揚のポスターやヘルダーリン著作の本は一箇所にまとめられ火が放たれた。建てられた総統の銅像も市民により撤去され、生首が掲げられた。


時代を一つ築きあげたヘルダーリン、彼女と父が残した残骸は黒煙となって晴天に登っていく。


数カ月後、秋が来た。軍服を脱ぎ黒服で統一した三人が戦没者墓地へと足を運んでいた。辺りを埋め尽くすのは十字架の群れ。


「すごい数だね……」


「あぁ、これだけの命が散ったんだ」


「……」


シュヴァルツは無言で花束を慰霊碑の前に置いた。


「こんなにも命が失われていったんだ。俺たちの知らないところでも、たくさん、数え切れないほどに」


「戦争は人の心を狂わせる」


バウムガルトナーがポツリと呟いた。


「確かにな、あの時の俺もそうだった。もしかしたらこの地面の下にいるかと思うと…でもこれだけ死人が多けりゃむしろ楽しそうだよな」


「そうだね、きっと皆あの世で楽しくやってるよね」


「あぁ、生き残った俺たちは死んでいった者たちの遺志を継ぐ義務がある、それがどんなものであれ」


「そうだね、私は戦うことしかできないけど……せめて、平和になった後の世界を少しでも良くできるように努力するよ。…リーブフント、喋れる?」


「…うん、もうだいぶ庶民食になれた、お野菜も食える」


「そ、良かった」


枯れ木に囲まれた墓石の前で三人は手を合わせた。


「……行こうか、もうやることは終わったし」


「うん」


踵を返して歩き出した。


「しかし存外さっぱりした結末だな、まぁこんなもんか。あんな戦争のあとだというのにもう普通の日常みたいな雰囲気が…」


ふと足が止まる。それに合わせて二人も停止した。


「シュヴァルツ?どうしたの…?」


目線の先、十字架の前でうつむいていたのは日傘を指した喪服の少女だった。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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