第六話 ミリオタ、本領発揮 その2
シュヴァルツ大尉やバウムガルトナー大尉、アーデルハイト少佐たちのいる前線よりも安全な後方の森のなか。
森の中の土地に20m程の高さのコンクリート製のトーチカがそびえていた。
綺麗に並んだ銃眼、四角い暗い灰色をした建物の壁には苔や蔦が這い、ところどころひび割れて破損している。
経年劣化を感じざるにはいられない古そうな建物だった。
コの字型の左右の棟を繋ぐコンクリートの渡り廊下側がどうやら正面らしく、廊下の側面の中央に黒逸第三帝国、結束党党旗の一本の剣とその左右に剣にしっぽを絡めた対称の銀の蛇が彫られていた。
すると急遽、キューベルワーゲンと呼ばれるジープが1人の将校を乗せてその正面前へと停車した。
その人物は素早く降車して建物内に駆け込み、コンクリートの廊下を照らす電灯の光を浴びながら一つの部屋へとやってきた。
書類を留めたボードを携えた将校は木製のドアをコンコンと叩く。
「ギーゼラ・ベッケンバウアー司令官、第1装甲軍団の師団の連隊から電報があります。
それをお伝えすべく参らせていただきました」
するの扉越しにくぐもった若い女の「入れ」という声が聞こえた。
ドアノブをひねって軋む扉を開くとそこには1人の少女が質素な執務机に座っていた。
窓一つない部屋には党旗が壁に掲げられ、床には冷たいコンクリートを誤魔化すかのように赤いカーペットが敷かれている。
仄暗い電灯の浮かび上がるのは大将を表す階級の襟章、肩章、袖章入りのフィールドグレーの野戦服。
軍帽のパイピングや顎紐、ボタンや刺繍帽章が金色なのは将官だからだろう。
黒逸第三帝国の帽章と党旗が刺繍された制帽と前髪を束ねて上げたデコ出しのポンパドールの茶髪が特徴の少女は机に座ったままタバコを加えて離さない。
丸メガネのレンズの奥からは鋭い視線が飛んでくる。
顔の左頬から側頭部にかけてまで刀傷があり、傷の先にある左耳はぱっくり裂けていた。
「なんの用だ?ウチは今忙しいんだ」
「そんな風には見えませんけど…」
「黙れ!ウチが忙しいといえば忙しいんだ!」
若い少女兵は椅子に座ったままタバコをトントンとつついて灰を灰皿に落とす
身長は160cmほどしかないように見えるがピッタリ二十歳なので喫煙はセーフだ。
「…国家黒十字軍最高総司令部の総司令官なのですから、あまり無茶は言わないでください」
「…ケッ、うるせぇなぁ、タバコが不味くなったぜ。
んでその要件って何だよ」
「はい、既存の『シュプリューレーゲン作戦』の変更を現場指揮官から提案されました。
これがその内容をまとめた書類です、どうぞ…」
将校はボードから外した一枚の書類をベッケンバウアーの座る机の上へとの差し出した。
しかし彼女は受け取らなかった。
「んなもん今更変えられるか、突っぱねとけ」
「いやしかし、一度ご覧になったほうが良いかと。
新しい視点が伺えますよ?司令官」
するとベッケンバウアーは突然キレた。
「黙れッ!!このウチを誰だと思っていやがるッ!!
陸軍司令部、海軍司令部、空軍司令部を纏めた国家黒十字軍最高総司令部の総司令官、ギーゼラ・ベッケンバウアーだぞッ!!
せっかく実行前の作戦に今更手ェ加える時間なんかあるかァァーーッ!!
わざわざ前線の総統大本営まで出向いてやってるんだッ!あんま不孝な態度だと砲弾に詰め込んで撃ち出すぞゴルァッ!!んなこんな紙クズ突っぱねとけッ!!おいッ!!」
「いいえ突っぱねません、現場指揮官の要望をしっかり飲み込んで向き合うのが上巻の役目ですから。
私にはその権利があるんです」
「だ・ま・れッ!!突っぱねろッ!これは義務だ!義務をこなせない人間が権利を主張するんじゃないッ!!」
机を思いっきりぶっ叩き頑なに受け入れを拒否するベッケンバウアー。
しかし将校は冷静そうに真っ直ぐ彼女の鋭い視線を放つ目を見つめて言う。
「よくご覧になってみてください。
無茶な変更でしたらすでに私が黙殺しています。
ここまで持ってきたのはこの変更内容に妙にリアリティがあり、変更後も難なく実行できる条件が揃っていると思ったからです。
つまり、この内容に変更しても問題はない。
ぜひ、一度だけでもいいので目を通してみてはいかがでしょう」
その一言が決め手となり司令官はようやく怠そうに紙飲み込んで文字に目を通す。
この異世界の言語で綴られた書類をしばらく難しそうな顔で眺めていると、少々悔しそうに紙をくしゃくしゃにまとめて将校へ向けて投げつけた。
「…納得していただけませんでしたか」
悲しそうにうつむく将校。
「誰だ、その連絡を寄越したやつは」
「…はい、第1装甲師団、第206歩兵連隊の第20歩兵大隊を指揮するアーデルハイト・マリー・フォン・クロイツ少佐から。
この内容を編み出したのはその大隊の中隊長のシュヴァルツ大尉です」
「あぁ、王室の娘とあの『ド無能』か。
…それ本当か?」
「どういうことです?」
「…いや、そんなはずはない。
あの『無能』が…この作戦を…?」
机に肘を付き、頭を抱えたベッケンバウアー。
将校はやや不思議そうに伺う。
「それは一体どういう…?」
「…この作戦は合理的で実現可能だ。
制空権もしっかり確保できているから近くの航空基地からすぐ出撃させることもできる。
この作戦なら正面での戦闘ではなく、安全な背後からの攻撃も可能、この作戦内容の変更は一応許可できるだけの説得力がある」
「おお…ッ!それでは、変更内容に賛成なんですね!」
「そうだ…だが…こんな内容を…あのシュヴァルツ大尉が立案できるとは…ありえない。
奴は軍内部でも悪名を轟かせたあの愚将だぞ、一体どういった風の吹き回しだ?」
シュヴァルツ大尉の無能具合はすでに軍全体に広まっており、それは軍の総司令官のベッケンバウアーの耳にも届いていた。
そんな愚将からの案が合理的で、安全なものだったことに彼女は混乱しているのだ、
あんな愚将からのこんなに案が出るはずがない、と。
「…この案で作戦を進めてみよう。
既存の作戦よりも安全で被害も抑えられる、士気も保たれるだろう。
少し悔しいが、作戦参謀と話し合って結束党総統に承諾してもらう」
「…わかりました、それでは私はまだ残した軍務があるのでお暇させていただきます、では…」
将校はベッケンバウアーにきれいな敬礼を済ますと、その部屋から去っていった。
「…クソッ…悔しいが突っぱねて終いにするにゃ惜しい内容だったな。
そういや奴は最近療養から復帰して病み上がりだったか。
ハハハ、皮肉かな?頭やられたほうが優秀になれたなシュヴァルツ」
嫌味ったらしく独り言をつぶやきながら短くなったタバコの火種を灰皿に擦り付けて火を消した。
最後に立ち昇った灰色の流煙が空中にブワッと霧散して消える。
なんとかシュヴァルツ大尉の提言は承認一歩手前までやってこれた。
実行に移されるまでもう少しだろう。
その作戦が成功するか、その行方はまだ、わからない。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




