第六十七話 反逆者、蠢動
数日後、日を跨いだベックとクラウスナーは手紙で指定されたカフェテリアへと足を運んだ。
平日の朝方でさほど客入りも多くない。しばらく路上の街灯の後ろに立って店内の様子を観察していた。
「クラウスナーの予想なら軍服を着た人間が入ってくるはずだ、それが確認できたらあとから入店しよう」
「先に入って待ってたほうがいいんじゃない?」
「あの手紙がもし秘密警察の罠で私達を殺しに来たのだったらどうする!逃げられんぞ」
もうすぐ時間だ。二人は怪しまれないように店を観察していた。するとそこに二人の軍人が店に入っていくのが見えた。
「おい!軍人が来た!二人だ、陸軍の野戦服を着ていたぞ」
「ほんと?その人たちからかもしれない、早く入ろう」
あとを追うように入店した二人は店員の挨拶も無視してそそくさと店内の隅の席へ向かった。
「やぁはじめましてだな」
ガラス越しの町並みを眺めていた彼女は笑って顔を来客に向けた。
「俺は国家黒十字軍陸軍の中隊指揮官、シュヴァルツ大尉だ、隣にいるのは俺の部下の部下、リーブフント准尉、基本喋らんからこいつにゃ話さなくていい、護衛として連れてきただけだからな」
シュヴァルツ大尉に勧められ二人は席につく。
「シュヴァルツ大尉…まさか…お前が…」
「お、俺の事知ってるのか?」
「新聞の記事で見たことある。たしか敗将から名将ヘ成り上がった人間…巷じゃ英雄の名で知られている」
「はは、人殺しが英雄か、おめでたい連中だこと」
「そんなお前がどうして…」
「おっと、事情はあとだ。まずはお前たちから自己紹介をしてくれ」
席についた二人は羽織っていた外套を膝の上でたたむと自己紹介を始めた。
「ルイーズ・テオドール・ベック、元陸軍参謀総長だ。私はヘルダーリンの軍の運用方法や外交に懐疑的でな、それで度々衝突していたが二年前ベッケンバウアー総司令官により退役させられた。
『黒い聖歌隊』と言う反ヘルダーリングループの中心人物として活動している」
「私はヴァルキュリア・フォン・クラウスナー。この手紙あんたが書いたの?なんで私達に接触しようと考えたの?」
大尉は笑っていた。
「そうだ。総統の暗殺、お前たちにとっては目的なんだろうが俺からしたらそれはただの手段だ。それだけは言っておこう。
お前たちの団体のことは新聞で知った、お前たちが発行している新聞が時々前線に流れてくるからな。まぁ見ての通り俺たちは軍人だ、常に前線で指揮をして兵を導かなきゃならない、そこで帝都で自由に動き回れるお前たちのような組織との関係を結ぶことが必要だと考えた」
大尉の説明に二人は顔をしかめた。
「たしかに私達の組織には軍の将校や政治家、文化人や学生が在籍している、だが前線で戦っていてしかも大衆から支持されている人間からこんなことを持ちかけられるとは思わなかった。あんたの行為はそんな大衆を裏切る行為だけど、それは理解してる?」
「いや理解してないぜ、してたらこんなことができるか。それにすでに俺はいくつか行動をおこしてる、覚悟はすでにできてるぜ」
「それで…お前は私たちに何を求めてきたんだ?」
張り詰めた空気が流れる。ベックの問いに答える前に大尉は店員を呼んで温かいコーヒーを四人分頼んだ。大尉が淀んだ空気の流れるこの場を和ませようとするはからいは見事に功を奏し、相手の二人は会話に余裕が生まれてきた。
「美味しいな、この店は大尉が選んだのか?」
「そうさ、とある作戦で俺が敵将の首級を上げてな、特別に3日だけ休みをもらったんだ、そのときに見つけた」
体も温まったところで大尉は彼女たちにいくつかの提案をした。
「お前たちに求めるのはただ一つ、総統の死後に新政府樹立を立案、ベックを国家元首に就任させて北ナ連と停戦交渉を行って講和をすること。それだけでいい。できるだろう?元参謀総長だ、抵抗勢力から支持されている。殺したあとに総統の悪行をお前が晒しだしてしまえば群衆も納得するだろう。そもそも総統と戦争を支持しているのは一部の人間だけで大抵は厭戦気分なはずだ、案外、すんなり事は進むさ」
その提案に彼女たちは乗り気だった。総統を殺して新政府を樹立させて講和を結ぶ。それが『黒い聖歌隊』としての目的と一致していたからだ。
「あぁいいさ、そのために私達は準備してきた、まさに渡りに船だ。乗った乗った、お前を歓迎する、ぜひ入団して…」
そのときたい言葉を遮るように「それは断る」と言った。
「総統の暗殺は俺がやるんだ、もし暗殺犯が俺だとバレたときにお前の組織の一員だと分かればお前たちのメンバーもまとめて始末されるだろう、だから入団は拒否する。あくまで利害で結ばれた協力関係だ、俺とお前たちとの団結が目的じゃない。お前たちには総統暗殺後の国の運営を任せる為にこの話を持ち込んだだけだ」
お前たちを巻き込みたくない、それが大尉の本音だった。
「あんたがやるの?総統の暗殺を?」
ゆっくりとコーヒーを全て飲み干し終えた大尉はカップを置いてクラウスナーの疑問に対して答えた。
「あぁ、どんな武器があろうともどんな殺しのプロがいようと総統は殺せない、死んだとしても奴は思想となって亡霊のように後世をさまよい新たな総統を産んでゆくだけさ。
奴を夢を終わらせることができるのは俺の夢だけだ」
二人に向けられたその眼差しに気圧されて思わず背もたれに背をくっつけた。
「そこまで言うなら頼んだ」とベックは彼女の言葉を信用してテーブルの上で硬い握手を交わした。
しかしいきなり暗殺計画は暗礁に乗り上げ始めた。
「しかし…総統に近づける機会はもう殆ど無いかもしれない」
「詳しく」
「実は…2日前に総統は街頭演説中に暗殺されかけた。犯人は一人の青年、そのときは護衛が前に出て凶弾を防いだらしいが彼は殉死。それから後の日程の党大会や視察は軒並み中止、本人も総統官邸や党本部に篭りがちになって移動も秘密裏に行われることになった。だから総統を目の前にできる機会が少なくなったんだ」
「ほーん、でも外に出ずに生きるってなかなか難しいぞ、俺が言うんだから間違いない。必ず接触できる機会があるはずだ」
自信たっぷりといった様子でニヤけるシュヴァルツ。二人はどういうことかと顔を向き合わせて首をかしげた。
その一方、カーテンを締め切った総統官邸の執務室の椅子に座っていた総統はベッケンバウアー総司令官を呼びつけていた。
「申し訳ございません総統閣下、シュヴァルツに差し向けた暗殺部隊は事実上壊滅しました…。なんの戦果も挙げられませんでした」
「畜生め、やはり押し退けたか。あの野郎…大っ嫌いだ」
だがヘルダーリン総統はまだ余裕そうな笑みを浮かべた。
「まぁいいさ。もうすぐだ…もうすぐ黒逸軍が北ナ連の本国へと進攻できる、とどのつまり旧国境を越境できるのだ。我が軍の破竹の勢いを止められるものはもはやない、この勢いに乗り北ナ連ヘの侵攻作戦を立案しよう」
総統の野望は未だに燃え尽きていなかった。彼女は意気揚々と夢を語る。
「劣等人種が住む北ナ連の広大な土地から奴らを放逐し、そこに我々の植民地を設ける、優秀な我々が管理すれば争いは起こらず大陸に恒久の平和が訪れる。それこそ黒逸帝国による永遠の理想郷、国家郷の建設!誇り高きヘルダーリン家の人間として必ず父の夢を実現しなければならない!」
そして立ち上がって総司令官に向け腕を伸ばして指令した。
「午後より官邸の地下壕に高官を集めて図上演習だ」
「図上演習…!ついにあれらを使うのですね…!!」
「そうだ!いよいよだ!3ヶ月の年月をかけて射撃陣地を構築してくれた!専用線路も敷設し終えている。あとは砲弾と炸薬を詰めて撃つのみだ!
重砲部隊を展開させて撃たせてやろう!敵国の都市区画ごと吹き飛ばしてやろうッ!!雷鳴のような砲声を聞かせてくれ!グスタフ!ドーラッ!!」
総統は高らかに叫んだ。
前線に敷設された無数の専用線路の上に鎮座する巨大な鋼鉄の列車砲が大木のような砲身を横たわらせて静かに眠っている。
そばに並ぶ砲弾輸送のための専用の貨物列車や列車砲を牽引してきた電気式ディーゼル機関車なんかと比べるとその巨大さがはっきりとわかる。
前代未聞の80cm列車砲が目覚め火を吹く時はそう遠くないだろう。
熾烈極める戦争はついに終局を目指して突貫し始めたのだ。
「じゃあまたな、盟友。実行日は戦況を見てから俺から手紙で伝える」
「あぁ、お前も戦死しないよう頑張ってくれ」
ベックとシュヴァルツはそう言って抱き合うと解散して別々の方向の道を歩み始めた。
帝都は一見華やかそうに見えるがふと裏路地を覗くと戦争で家をなくして浮浪者となった家族や死にかけの老人がうなだれている。
ベックとクラウスナーは帝都の本当の姿を知っている。だからこそ大尉と出会ってより一層決意を固くした。
「この国を変えよう、絶対に」
「もちろんよ、そのためにここまでやってきた」
二人の反逆者は雑踏の中に消えていった。もう一方の反逆者も心持ちは同じだ。
「さぁリーブフント、お前と二人きりっていうのも久々だなぁ、なんか食いたいものあるか?奢るぜ」
「…肉」
「んじゃソーセージでも買うか」
前線へと戻る前に帝都をたっぷりと堪能するべく歩みを進めるのであった。
第五章 完。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




