第四話 戦場
シュヴァルツ大尉とバウムガルトナー少尉を乗せたケッテンクラートは徐々に山道へと突入した。
身長ほどの崖下の土の道を木の根っこに揺られながら進んでいく。
「もうすぐです、この先に私達の第206歩兵連隊の第20歩兵大隊指揮官の少佐がいます。
この先の廃村で野営していまして、そこで作戦指揮を執っているんですよ」
「ほう少佐か、どんな人なんだ?」
「女の人です、部下から信頼されている人ですよ。
常に毅然としており、どんな時でも堂々としていて感情論を排した冷静な判断や、傲慢に振る舞わず、兵士には平等に接してくれる人ですよ」
そのうち山道を抜けると見晴らしの良い場所へと出た。
眼下には強い風が吹けば灰燼になってしまうかと思われるほど廃れた荒屋が点在している。
その廃屋に紛れて自然に擬態している深緑色のテントがいつくか張ってある。
「あそこです、急ぎましょう」
そう言うとエンジン音を響かせて半装軌車は動き始めた。
下って野営地に来てみると伸び放題だった雑草や木は切り倒されたのか、思いの外開けていた。
2人はケッテンクラートに乗ったまま進み、そしてある1つのテントの前で止まった。
「この中に、大隊指揮官の少佐がいます。ご挨拶でも、私は外で待っていますから」
「お、おう…(大丈夫かなぁ…クソ上司みたいなやつだったらどうしよう…ていうかそもそも目上の女と話すのが苦手…)」
テントの外にはボルトアクションライフルを抱えた青年の兵士が突っ立っている。
(この2人の兵が抱えているのはKar98kか…たしかドイツ軍の小銃だったか)
緊張した顔でぶつくさ心の中で言いながらその2人の兵に敬礼で迎えられてテントの入口へ、まるで暖簾のかかった居酒屋に入るかのように気安く入った。
「失礼しまーす…」
するといきなりシュヴァルツに落ち着いた口調の静かな怒号が飛んできた。
「おい君!大隊指揮官に向かって何という態度だ!
しっかり背筋を伸びして敬礼する所作を忘れたのかッ!頭に破片を食らって狂ったか!」
「ッ!?
は、はッ!申し訳ございません少佐ッ!」
突然の怒号に猫背の背中をピンと弓の弦のように張り敬礼をする。
(つい怒鳴られると脊髄反射で見が引き締まっちゃうんだよなぁ…ブラック企業で調教された賜だぜ全く…)
シュヴァルツは敬礼する際、初めて少佐をお目にかけた。
クラウンブレイドのハーフアップにしている腰辺りまである薄い金髪のロングヘア、黄色い目。
まだ若そうだが威厳があり、表情はどこか気難しそうで内面が読めない。
女の子らしいが、身長が高いらしく170cmはあるであろう、すらっとした身体を木製の質素な椅子に置いている。
少佐を表す襟章、肩章、袖章のついたフィールドグレーのM40野戦服。
黒逸第三帝国の帽章と党旗の刺繍が天張りに入った制帽。
彼女は直接戦闘は行わないのだろうか、装備は肩がけのマップケースを提げているだけである。
二級騎士勲章を第2ボタンに、一級騎士勲章を左胸に、そして帝国騎士勲章を首元をつけていることから相当な実力者であることは容易に想像がついたし、それに見合うだけの雰囲気も纏っていた。
「第20歩兵大隊、第54歩兵中隊指揮官、ヒルデガルト・シュヴァルツ大尉、只今帰還しました」
「…帰ってきたか…頭は大丈夫か?記憶はしっかりしているのか?
私を誰だか覚えているか?」
「え、えっと…」
額から滲み出る汗を素早く拭い答える。
「名前とかあんまり思い出せません、さんざんお世話になったというのに…あぁ不覚…」
やや芝居がかった演技で言うと彼女はすぐに教えてくれた。
「そうか、やはり後遺症が残ったか。
私の名前はアーデルハイト・マリー・フォン・クロイツ。
黒逸第三帝国皇帝の娘であり、皇帝と妃との間に生まれた次女だ」
「ゑ?」
思わず聞き返してしまった。
さらっととんでもない情報が脳を急襲した。
「ん?今なんて?もしかして王族?」
「そうだ、皇帝と妃との間に生まれた次女だ。
上には長女の姉がいる」
「王族?」
「おい!私に対してタメ口をきくな!」
シュヴァルツは今、眼の前にしている人物が王族だと聞いて緩い表情をできなくなってしまった。
(何ということだ…ッ!この国の王族…っ!?
しかも皇帝と妃の子どもが俺の眼の前に…ッ!!)
シュヴァルツは驚きを隠せていなかった。
わかりやすく驚嘆していると、率直な疑問をぶつけた。
「王家の人間がなぜ戦線に…?しかも跡継ぎのうちの1人を…!いつ死にかもわからない戦場に…!」
「そうか、私の事情もすっかり忘れたか」
するとアーデルハイトは顔をうつむかせ暗い顔をして答えた。
「自国の芸術や文化に保守的で過去に鎖国政策を実施し産業、技術、経済を低下させ黒逸第三帝国を没落国家にしたのはたしかに我が皇帝家、クロイツ家だ。
その政策に不満を持った結束党が勢力を獲得しながら国の全権を掌握し一党独裁体制を確立させると私の父、アダルヘルム・フォン・クロイツ5世の地位や権力は縮小していった。
今は結束党によって妃と姉ともに首都、ハイフェンブルグ外れの小さな館に幽閉されている。
…反帝政の立場の結束党はいずれ家族を殺すだろう、そうなる前に早く…なんとか武功を立てて王室の権力と影響力を取りもどさなくては…そのため私は自分の意志で戦場に立っているんだ…ッ!!
だから私は君が帰ってきたとき、正直がっかりした、私の足を引っ張る無能のお前がッ!私の隊に戻ってきたことにッ!!」
アーデルハイトは突然、暗い顔を変化させ鋭い視線を向けた。
シュヴァルツは背中に冷たい鋭利な刃物を突きつけられたようにビクッとさせると、さっきまでかいていた冷や汗の量が増えたのがわかる。
「む、無能…?この俺が…ッ!?」
「そうだヒルデガルト・シュヴァルツ大尉ッ!!君はドクズだッ!!
軍費の横領で私腹を肥やし無茶な指揮で部下を殺し、日常茶飯事の暴言暴力で部下たちには恐れられ、上官からは嫌われて『無能』『愚将』と呼ばれていた事を後遺症のせいで忘れたとは言わせないぞッ!!君がいるせいで私の指揮にも悪影響を及ぼしたッ!!君の補佐官のバウムガルトナーには対しては特にひどかったぞッ!!お前が意識を取り戻したと聞いて彼女は恐怖で昏倒したんだッ!!」
驚愕した。
宅朗はてっきりこの身体の主のシュヴァルツ大尉の事を『バウムガルトナーに暴力を振るう大尉』程度の人物だと認識、いや思い込んでいた。
しかしその実態は、想像を遥かに超える酷さだった。
「そ、そんな…ッ…まさか…ッ…!
俺…いやシュヴァルツ大尉はそんなに酷い奴だったのか…ッ!鬼のような、獣のような…ッ!!畜生みたいな神経の持ち主だったのか俺はッ!!」
「何を訳のわからないことを言っているッ!!すべて君の所業だぞッ!まるで他人のやったことのように言うのはやめろッ!!」
実際、他人のやった事だった。
もちろん宅朗はそんな人物ではない。
転生先のシュヴァルツ大尉という人間が帝国最悪の愚将だったというのだけなのだ。
(俺はそんなゲロの匂いが香るクソ上司同類の愚将に転生しちまっていたのかァッ?クソッ…!なんで異世界でも現実世界とおんなじ事言われなきゃなんねーんだよッ!!またかッ!また不当に怒られなきゃなんねーんのかよッ!!)
置かれた不遇の立場に怒り心頭だった宅朗だったが、やがて心を落ち着かせ数回深呼吸をすると、密かにほくそ笑んで偉そうに座るアーデルハイト少佐へ歩み寄って椅子の背もたれに片手をついて顔をお互いの吐息が感じられる距離にまで近づけた。
「だったら変わるぜ、俺は。
今の俺は軍人だ、日本じゃなんの役にも立たなかった才能で変わってやる、成り上がってやる。
シュヴァルツ大尉が無能だが愚将だが知らないが、もう二度とそんな言葉吐かせねぇ。
バウムガルトナーは守るし、アーデルハイト少佐、お前の戦う動機は素直に尊敬する、だから次からはお前の軍歴に傷をつけないように立ち回るから、もう少し見ててくれ」
不敵に笑ったシュヴァルツは少しズレた制帽をかぶり直し背中を向けてそのままテントから去っていた。
1人残されたアーデルハイト少佐は呆気にとられた表情はそのままに呟いた。
「…なんか…人が変わったみたいだな…以前の大尉はもっと猿みたく食ってかかるような態度だったが。
というかあいつ今、私に対して敬語を忘れたなッ!
…仕方ないか、あいつにゃ何度注意しても敬語が使えない、そりゃあそうだ学校に通ったこともないんだから」
テントから出たシュヴァルツは外で待機していたバウムガルトナーに声をかけた。
「あ…おかえりなさい…あの…その………」
どうやらテントの中での会話を聞いていたようだ。 やけに恭しく、へりくだった態度で見上げてくる。
シュヴァルツ大尉はポンポンとヘルメットの上からそっと頭を叩くと微笑んだ。
「安心しろ、シュヴァルツは変わったんだ、文字通り、そのまんまの意味でな。
バウムガルトナー、これから頼むぞ」
するとバウムガルトナーは徐々に瞳をうるわせて、そしてそれをごまかすかのように笑顔を見せてくれた。
「…はいっ!」
帝国最悪の愚将に転生した宅朗の物語はまだまだ始まったばっかりだ。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




