第四十八話 報復する怪物
シントラーが大尉へ向けナイフを振りかざした瞬間、屋上へつながるドアが勢いよく開き少女が飛び出してきた。
「大尉ッ!目をつむってください!」
その声はバウムガルトナーだった。持っていたのはガラス製の爆弾。それを地面に投げつけると真っ白な閃光と発煙が辺りを包み闇を払った。
「2H型閃光発煙弾です!大尉!こちらに!」
光の中を大尉を抱えて抜け出したバウムガルトナーはそのまま建物の中の階段へとつながるドアへ戻っていった。
「少尉…どうしてここに…ッ!」
「大尉と曹長が抜け出すのを見ていつもみたいに監視していたんですよ。やっぱりそうだ…大尉!あの子味方じゃない!」
建物を出ると少尉は大尉を背中に背負って路上へ逃げ出した。
「大尉!なにか言われませんでしたか?」
「…二人でどこか遠い地で暮らそうって…それで入党を勧められた。断ったが…」
走っていると背後からエンジンの音が迫ってくる。振り向くとヘッドライトをつけ、天蓋を全て格納したキューベルワーゲンを走らせるシントラーが見えた。
彼女は助手席や後部座席に大量の兵器を積み運転していたかと思うとパンツァーファウストを片手で取り出して逃げる二人に向けて撃ってきた。
少尉は急いで進路を変え路地裏へ逃げ込んで着弾の衝撃を免れる。
目標を外れた砲弾は無人の家屋に突っ込んで炸裂した。
「…彼女は大尉を殺そうとしています!間違いない、彼女は結束党から送られてきた刺客です!」
「刺客…?何が目的で…」
「勧誘…それを拒んだ場合の暗殺、大尉、あなたは入党を断った。これからが厳しくなりますよ…ッ!」
次々と放たれる弾頭を避けつつ近くの廃屋へと駆け込んだ。凄まじい爆炎と硝煙が広がり衝撃で建物一帯が揺れる。
流石にその異変に気づき続々と目を覚まし始める兵士たち。
「なんだなんだ?戦闘か?」
「いいや、司令部からの連絡があってな、どうやら演習をやってるらしい。寝ようぜ、明日も早いし」
シントラーの猛攻は止まらない。
「パンツァーファウストがだめならシュレックだ」
足を車のフロントに足を載せて身体を固定し
パンツァーシュレックの長い砲身を足の間に置き弾頭を撃った。
雷鳴のような砲声がバウムガルトナーたちが隠れていた民家を木っ端微塵に破壊する。
「ゲホッゲホ…!大尉…!大丈夫ですか…!?」
「…何もわからない…頭がぼ〜っとする…」
土煙の中からモワッと現れたのはStG44突撃銃を持ったシントラーだった。
「さっさとどいてください。それともまとめて殺されたいのですか…?」
「…大尉へ偽物の好意を寄せていたあなたに…私が負けるわけがない」
「…大尉への好意は本物だよ」
「えっ…ホント?」
「大尉!騙されないでください!」
冷たい銃口を座り込むバウムガルトナーへと向ける。
「惚気は終いです、さっさとおっ死ね非国民」
少尉は横たわる大尉の身体をギュッと抱きしめて眼を瞑った。
だがその時、まぶたの裏で人の気配がした。
ゆっくりとまぶたを開ける。目の前に立つ大きな背中、その人物はシントラーが向けていた銃身を掴んで立っていた。
「私の部下に何か用事か」
クラウンブレイドのハーフアップにまとめ上げた金髪のロングヘアがなびいた。
「あ、アーデルハイト少佐…ッ!!一体なぜここに…!」
「あぁ、うるさい目覚ましのせいで起きてしまってな、それを止めに来ただけだ」
二人の上官であるアーデルハイトが直接危機に駆けつけてくれたのだ。
バウムガルトナーはあまりの嬉しさに頬に涙を流してしまう。
「…シュヴァルツは重症そうだな」
「はい、シントラーに殺鼠剤と除草剤を飲まされて…」
「それはまずいな、だが近くの野戦病院は傷痍専門だからなぁ。仕方がない、ここから1キロ先に飛行場がある、そこの航空機でハイフェンブルグの帝国病院に運んでもらえ」
「しかし少佐は…!」
シントラーは不機嫌そうに会話に挟まってくる。
「…どいてくれませんか?どんどん肉の壁が分厚くなっていくの不愉快です」
「…さっさと行け、バウムガルトナー。2度も家族を目の前で殺されるのは懲り懲りなんだ。私が時間を稼ぐ」
バウムガルトナーはまた大尉を背負って走り出した。
「逃がすか」
銃口の向きをすっと変えて少尉を狙うがアーデルハイトが彼女の銃口を掴んで押し出すと銃床がシントラーの顎に当たった。
数歩後ずさると顎を気にする素振りもなく顔をあげた。
「君の相手は私だ、喧嘩しようか」
「いいですよ、戦争しましょう。勝ったほうが無敵の正義様で負けた方は大悪党ってことでいいですね?」
戦争で荒廃した街に湿気が漂い始めた。やがて月明かりが曇天に遮られ始めた。
重ったい雲から凍るような雨粒が墜落してきた。
一生懸命に走るバウムガルトナー。白い吐息を漏らしながらバケツをひっくり返したような雨の帳を抜けていく。
「大丈夫ですから…大尉は私が助けますから…」
必死になると足もとの段差に気づけずそのまま転んでしまう。両手を擦りむいたがにじみ出る血を水たまりで雑に流すと再び重い足を動かして走り出した。
「凄い雨だなぁ、止むか?」
「無理だろう」
平原にぽつんと建つ小屋の明るい部屋の中で雑談する兵士たち、そんな彼らのもとにノックがかかった。
「来客だ、私が出よう」
一人が扉を開けるとそこには少女兵を背負ったバウムガルトナーが息を荒くして立っていた。
「すいません…っ…航空隊の基地はここですか?急患なんですけど…帝国病院までお願いします」
兵士たちが彼女の勇姿を見て快く承諾したことは言うまでも無い。
一機のユンカースのJu 88爆撃機が雨を裂いて飛行する。疲れ切った少尉と大尉を乗せて。
「この爆撃機は戦闘機を振り切ることをコンセプトに作られているんですよ、このまま会敵しなければ一時間で着きますね」
「制空権はとっていますから安心してくださいー。敵機がもし来ても機首砲架で一網打尽ですねー」
正操縦手と副操縦手の兵士が操縦室付近の通路で横になっていた大尉とそばにいる少尉に優しく語りかけてくれた。
語りかけてくれたのは操縦手だけではなかった。通路にいて通信機器をいじっていた通信兵も雑談を持ち込む。
「私は航法士兼通信兵のカールです、よろしくお願いします。話は聞いてますよ、何やら大尉が襲撃されているとかなんとか…」
「そうなんです。結束党からの刺客で…」
「やけに気に入られているみたいでしたしねー。私もねー結束党嫌いなんですよーあの独裁的なやり方が気に食わない、彼女が生きていることで党が不利益を被るんでしたら喜んで手助けますよー」
「ありがとうございます…っ!
大尉!もうすぐの辛抱ですからね…!頑張ってください!」
少尉はシュヴァルツの冷たくなっている手をギュッと握りしめた。
通信兵のカールがヘッドホンをつけて無線機をとる。
「こちらカール、後ろの上方砲架の砲手、聞こえますか?、異状がないか報告しろ…砲手?おい聞こえるか?クルトっ!応答しろクルトっ!!」
カール通信兵の態度に異変を感じ取った操縦手は振り返った。
「どうした?」
「機体の砲架からの応答が消えた!何があったんですよ!」
「カール!持ち場を離れるなッ!!」
彼がそのまま通路を通って後ろまで確認しに行った。
だが彼は行ったっきり戻って来なかった。
機内は防風ガラスに雨粒が激しく打ち付ける音でいっぱいだ。
「カール?カール!なんだ…!なにかおかしい!着陸しよう!機首を下げるぞ!」
そう言って操縦桿を押し機体を前に傾けた時、ゴロゴロと通路奥からボウリングが転がってくるような重い音が機体に響き渡る。通路奥の闇から現れたのはカールの生気の抜けた顔を浮かべている生首だった。
「きゃあっ!」
思わずバウムガルトナーが悲鳴をあげると奥からピチャピチャと音を立たせながら誰かが歩いてきた。
「酷いです…シュヴァルツ大尉…私を置いて逃げるなんて…全く酷いですねぇ。あーあ、どんなふうに殺してやりましょうか。首締め、溺死、凌遅刑。ファラリス、ギロチン、タイヤネックレス…」
現れたのは片手にナイフを持ったシントラーだった。
全身が返り血で真っ赤に染まっており静かな狂人とも言えるような容貌だった。
「機体の尾輪に掴まっていなかったらここまで来られなかった、一人、二人…あと大尉と悪い虫だけですね」
ひたひたと忍び寄るシントラー、バウムガルトナーは大尉に覆いかぶさってかばうが、そんな心やさしい彼女をどかしたのはまさかの人物の手だった。
「…大尉…?」
シュヴァルツがバウムガルトナーを押しのけて立ち上がったのだ。
「…これ以上俺の前で人を殺すな、殺すなら俺だけにしろ。といっても…俺は拳で抵抗するが…」
「大尉!安静にしてください!ここは私が…」
「お前が死んだら俺の生きる意味がなくなるだろ…それに俺を運んで疲れただろ…俺はだいぶ良くなった、ネズミと雑草の気分がわかったし、無力ってのは…この時代において罪なんだって教わった…来いよ、シントラー、お前の党と関わるとろくなことにならない。この入党騒動に終止符を打つぞ」
弱々しく拳を構えた大尉を嘲るようにシントラーは微笑んだ。
果てしない逃走劇、逃亡者と追跡者の戦いが始まる。
評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




